山田雑草園

山田ジギタリス

はめられた悪役令嬢はハメたヒロインの体を乗っ取りました

 侍従が扉を開けグレースは王太子の執務室に招き入れられた。


見慣れた執務室は地味ながら調度品は高級なもので揃えられている。


部屋の正面には大きな執務机があり、その前に茶色いソファーが置かれている。


ソファーには王太子のルドウィンと寄り添うように聖女モモコが並んで座っていた。


ルドウィンの表情は険しく、二人の後ろに立つ二人の側近達も同じように険しい顔をしていた。


その中で一人モモコだけが不安そうな表情だ。




 グレースは優雅にカーテシーをする。そのまま殿下たちの前まで進み立ち止まる。


立っているグレースにルドウィンは椅子すら勧めない。




『そうなのですね、そこまでの扱いなのですね』


 グレースは心の中でつぶやくが表情は変えない。




 おもむろにルドウィンが口を開いた。


「さて、なぜここに呼ばれたかわかるか」


「いえ……」


 だいたいの予想はつくが、グレースは敢えて分からないふりをする。


それがわかっているのか、ルドウィンは苦々し気に顔をしかめるが、声を荒げることなく続けた。




「先日、王宮内で聖女殿を突き落とした、それは覚えているか」


「それは、聖女様がぶつかってきてそのまま……」


 溜め息をつき殿下が話を続ける。


「残念だな、目撃者も多くいる。そなたが突き落としたのは確かだ」


「でも!」


「ここまで言われても認めないか!」


 今まで黙っていた側近で騎士のオーガスが叫ぶ。それを制して殿下が続ける。


「先ほど陛下とそなたの父上の公爵閣下との話し合いがありそなたの処分が決まった」


 ルドウィンはさらに続ける。


「そなたとの婚約は解消、そしてそなたは領地に戻り謹慎だ」


「そんな私の話を聞いてくださいませんか……」


「もう決まったことだ。残念だな、ここまでだとは思わなかった」




 ここまで一言もしゃべらなかったモモコはようやく何か言いかけて、そしてやめた。


 グレースにはモモコの様子が不自然に思えた。




 階段から落ちる前までの聖女はグレースを目の敵にしていた。


 会うたびにグレースに皮肉や当てつけを言い、一方殿下や側近に媚びを売る。


更に聖女なのに魔の者のような禍々しく不穏な雰囲気も纏っていた。


 


 それが、今日は別人のようにおとなしく。纏っている雰囲気も不穏ではない。むしろ穏やかで優しい雰囲気だ。


 グレースはモモコに声を掛けるそぶりしたが結局なにも言わなかった。




「以上だ、下がってくれ」




 王太子の言葉に応えグレースは部屋を出た。


部屋を出ると侍女のハンナが近寄ってきた。ハンナはなにも言わずグレースに寄り添う。二人は先導の兵士について廊下を歩いていく。




 いつからだろう?聖女が変わってしまったのは。グレースは思い返す。




 モモコは他の世界からこの国に来た。昔の文献にも異なる世界から来られた聖女の話が載っている。


そしてモモコはその文献の通りの奇跡を発現させた。その姿は伝説の聖女そのものだった。




 知らない世界で知らない人たちに囲まれたモモコに寄り添ったのはグレースだ。心を開いたモモコは明るく朗らかな娘だった。


一方、侯爵家令嬢で王太子の婚約者のグレースには対等に話してくれる友人がいなかった。


やがてモモコとグレースは友情を深めグレースにとっても初めて心開ける友人になった。


それがきっかけとなって二人は友人を増やしていった。




 それが変わったのは半年ほど前だった。高熱を出し床に伏せた彼女は戻ってきたら性格が一変していた。


まずグレースを目の敵にするようになった。あまりの変わりようにグレースは戸惑ったがなんとか仲直りしようとした。しかし、モモコはそれを無視し、そして王太子殿下だけでなく側近たちに色目を使いその心を虜にした。




 先日、階段から落ちたのはモモコに突き落とされたのだが、勢い余ったモモコも一緒に落ちてきた。その様子は、モモコも誰かに引っ張られるように見えた。そして今日の様子だ。何が起こっているのだろう。どうもモモコは三人いるように思える。




 考え事をしながら歩いていたせいか、気がついたらいつもと違う場所を歩いてていた。


『あれ、こちらでいいの?』


 付き添ってくれているハンナも不審に思ったのだろう。先導してくれている兵士に尋ねる。


「あの、いつもと違うように思えますが、こちらでよろしいのでしょうか」




振り返った兵士は女性でまだ若そうに見えた。


「こちらで間違いないよ」


 乱暴にそう言い手を振りおろすと目の前が真っ暗になった。




 一瞬のうちにグレースとハンナは暗い地下室に居た。


目の前には先導してくれた女性兵士がいる。


「なんでこんなところに、お前は何者だ」


 ハンナが誰何すいかすると、目の前で女性兵士の姿が変わった。


 


「魔族……」


 グレースがつぶやくと彼女は悪態をついた。


「ああもう、面倒!面倒!面倒! なんでこんなことしないとならないの、あの体を追い出されなければ王子を使ってあんたを殺せたのに」


 目の前の魔族の女は癇癪を起している。




「何を言ってるの?」


「だから、あの女の体を追い出されたの」


「まさかモモコが変ったのって」




 グレースが尋ねると魔族の女が答える。




「そうよ、あの娘に呪いをかけて乗っ取ったのよ」


 やはりそうか。高熱を出したのも呪いのせいか。


そしてそのときにモモコは乗っ取られていたのか。


「モモコはどこに」


「さあね、もうこの世にはいないと思うよ」


「そんな……ひどい」


「そんなことどうでもいいさ。あと少しでアンタをハメられたのに。誰だか知らないけどあたしを追い出しやがったのよ」


「なぜ、わたくしを?」


「魔王様を私のものにするにはね、あんたがいると邪魔なの」


 そう言うと魔族の女は呪文を唱え手には黒く禍々しい槍を出す。


私をかばってハンナが前に出る。


 


 その時、横から大きな音がして入り口の戸が開いた。


「まてぇ!」


 なぜここにルドウィンが。そしてモモコも側近たちも、騎士団長も部屋に入ってくる。




「あちゃ、もう追いついて来たか、死んでもらうわ」


 魔族の女の投げたやりがハンナの横をすり抜けそのままグレースの胸に刺さった。


 騎士団長が魔族の女に切りかかるが一瞬遅く、女はその場から消えた。


 ルドウィンとモモコがグレースのそばに寄る。モモコは治癒の奇跡を使おうとしてるようだがなかなか発動しない。




「だめだ、死ぬな!」


 ルドウィンが叫ぶ。


 なんでいまさら。裏切っておきながら死ぬななんて。おそすぎるのよ。


 


 グレースにはもう話すこともできない。


 モモコは奇跡を起こそうとおろおろしているが苦戦している。


『あなたも聖女ならば私の傷くらい治して見なさいよ』


 声に出せないが、グレースは心の中で淑女にふさわしくない悪たちをつく。


 ようやくモモコの身体から淡い光が流れ出したが何か違う。


グレースは意識を失う間際に誰かに強い力で引っ張られて、どこか別な場所に連れていかれたような気がした。


 


◆◆◆




 目が覚めるとグレースは明るい部屋に寝かされていた。


 顔を横に向けようとすると口は何か半透明なもので覆われその先は太い管が繋がっている。

手にも何か管が繋がっている。粗末なベッドの横にはなにか光る箱が置いてあり光の線が動いている。


見るものすべてがグレースの知らない物ばかり。


『ここはどこなの』


 そして身体は確かにあのとき胸を貫かれたのに、胸の痛みは感じない。

その代わり、頭に痛みがあるがそれも大したことはなかった。


 グレースが戸惑っていると、カーテンを開けて薄いピンクの衣装の知らない女性が入ってきた。

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