第50話 そして鳥籠へ

「ラピス様?」


 トールが怪訝そうな顔をしている。駄目だ、何かいわなきゃ。


「……あんた、何でここに引っ越ししようと思ったの?」


 苦し紛れにいう。でも、一応気になっていた事ではあった。

 トールは遂に聞かれたかと言いたげな顔になる。


「……それは」


 トールは言いづらい事を言うような、でもどこか楽しげな声音でいった。


「……あなたをこの部屋に監禁する為ですよ」

「……は?」


 わたしは一瞬何をいわれたのか、分からなかった。


「監禁って……人をどこかに閉じ込めたりして、自由を奪ったりする監禁?」

「その監禁です。本邸であなたの事を監禁なんてしたら、お父様に邪魔されますからね。あなたを監禁しようと思ったら、お父様の目の届かない別邸に連れてくるしかなかったんです」

「何でそんな事……」

「あなたが僕から二回も逃げようとするからです。僕だってこんな強硬手段、本当は取るつもりはなかったんですよ?」


 わたしはじわじわと理解が追いついてくると、焦りとこの先への不安感と何でトールはここまでするんだろうという疑問が湧いてきた。


「本邸で使用人に見張らせるだけじゃ飽きたらなかったの?」

「ええ、あなたは見張りだけでは逃げ出せてしまったでしょう?それだけで済ませてさしあげてる内に大人しくなってくれればよかったんですけど」


『あいつはラヴィニア様に関する事では、頭がイカれてると』


 お父様に言われた言葉を再び思い出す。


 いくらなんでも監禁はどうかしているとしか思えなかった。

 今目の前にいるトールは本当にわたしが知っているトールなの?


「……わたしが王都に行ってお父様に直談判する事は、あんたにとっても得になる事なのに」


 だってそうすれば、トールは自分の好きな人と結婚できるし、コンチネンタル領にとってもいい結果になる。悪い事なんてない、いい事づくめだ。


 だが、トールはわたしの発言に冷笑した。


「あなたがどうしてそう思うのかは分かりませんが、大きな勘違いをしているのは確かですね。僕にとっての幸運は、ラピス様ただ一人なのに。その事を分かっていただく為に、あなたに僕の気持ちを教え直す必要はありそうです」


 は?何をいっているの、トールは。

 いくらなんでも二枚舌すぎる。


『僕にとって幸せをくれる女性は、ずっと前からミツカさんだけですよ』

『私はあなたに酷い事をしたのに、そんな言葉いただく資格はありません』

『あの時の事で自分を責める必要なんて、ないですよ。僕はあなたを愛してますから』

『トーヴァ様……何でそんなに優しいんですか』

『……はは、そんな、キスしたくなるような事をいうのはやめてください。僕はまだあなたに手を出せるような資格はないのに』


  ……こんなやり取りを、学園のみんなのいる所でしていたのを、わたしは聞いた事がある。

 わたしだけがトールの幸運?ミツカの前でも同じ事を言った癖に、そちらの方がトールの本当の気持ちの癖に、よくいえたものだ。


「よく、そんな嘘っぱちがいえるわね。わたしはあんたがわたしを監禁しようと、必ず王都に行って、お父様にわたしとトールが離縁し、トールとミツカがまた婚約する為の交渉するわ。それがあんたにとってもわたしにとってもーーーー」

「……あなたはまだ、本気でそんな事が出来ると思っているんですね」


 わたしはびくりと体を揺らす。


「そしてそれがあなたの僕から逃げる事の心の支えになっているものですか?なら、今から折ってさしあげますよ」


 そういってトールは服の内を漁ると、手紙を取り出した。


「これはソティス家の当主様から、ラピス様に宛てられた手紙です」

「……は?」


 ソティス家の当主。つまりお父様だ。


「実は言ってませんでしたが、ソティス家の当主の元に、ミツカさんの親御さんの書状は届いていたんです。ラピス様が送られたという名目で、この書状をもって、僕と離婚し、僕とミツカを再び婚約させたいというメモつきでね。誰が届けたのかは不明ですが」

「……っ!」


 誰が届けたのか?そんなの、あの書状をもっていたサーシャしかいないだろう。

 サーシャ……わたしの事をあの場で見捨てて自分だけ逃げた癖に、そんな事をしていたのか。


 ……でも、お父様に書状が届いているのにも関わらず、トールとわたしが離縁していないという事は。


「書状を読んだ当主様は、本当にラピス様が送られたかは半信半疑だったようです。が、本当だった線も信じ、念のためと、ラピス様に宛てられた手紙です。これはあなたが送られた訳ではないでしょうが、あなたがこれを当主様に届けようとしたのは事実でしょうし、読んでみてください」


 わたしは嫌な予感がしつつも、手紙を受け取る。

 封は何故かもう切ってあった。


「……もしかして誰かもう読んだの?」

「ええ、失礼ながら、僕が一度読ませて頂きました」

「は?普通、人への手紙を読む?」

「当主様はラピス様を害する事をおっしゃる可能性もある方ですから。なので、ラピス様にとって害のある手紙なら、渡さない事も考えていました」


 一応善意でやっていたらしいが、正直余計なお世話だった。お父様がわたしに当たりが強いのは慣れている。


「その手紙はあなたは傷つく可能性はありますが、あなたにとって必要な手紙かと思い、渡させて頂きました」


 そういってトールはわたしのこれから先の反応を楽しむように笑った。


 ……これからのわたしにとって必要?会話の文脈的に嫌な予感しかしない。

 わたしは恐る恐る便箋を開き、手紙に目を通した。


『本来ならお前にこんな形で手紙を送るつもりはなかった。私にこうして手紙を書かせている事をまず恥ずべき事だときちんと自覚するように。だが、もし万が一、これが心当たりがない手紙なら、捨て置くように』

『本題に入る。私は無駄が嫌いなので率直にいわせてもらうが、お前とトーヴァを離婚させ、トーヴァとミツカ嬢を再び婚約させる事はあり得ない。例えお前が直接交渉にこようと、お前やトーヴァがそれを望もうと、もう決定事項だ。諦めろ』


「……そんな」


 心がボッキリと折れた音が聞こえた気がした。


 わたしは手紙から顔をあげ、トールをみつめる。恐らくわたしは今、相当酷い顔をしている事だろう。

 トールはわたしの顔をみて、優しげに笑った。


「これがあなたの向き合うべき現実ですよ、ラピス様」

 手紙をもっている手がブルブルと震える。

「わたしとトールは別れるべきなのに。そうに決まってるのに。お父様は分かってない、分かってないわ」

「分かってないのはラピス様の方ですよ」


 トールはわたしに近寄ると、抱きしめた。

 抵抗しようと思うのに、体中のどこにも力が入らない。


「もう僕とラピス様が夫婦だという事実は、あなたが何をしても変わらないんですよ。何もかも今さら遅いんです。だから僕と一緒にいると、そう誓ってくれませんか?」

「……っ!」


 トールの声が滅茶苦茶になった心に染みこんでいく。

 普段のわたしなら、嫌味の一つや二つ口から出てくる所なのに、今はトールの言葉にどう返したらいいか分からない。


「ラピス様……申し訳ございません。僕はきっと、あなたをまともには愛してあげられない」


 わたしは底へ沈みきっていたと思っていた心が、もうこれ以上ないぐらいに更にズタズタにされていくのを感じた。

 ……トールがわたしを愛さない?そんな事わたしは分かってたのに、どうして今さら傷つく必要があるの?トールが真に愛しているのはミツカなのは明白なのに。


「今だってラピス様を監禁して、あなたを僕のものにしたい欲望を満たすような男です。でも、そんな僕ですが、出来うる限りあなたを大切にしますから。だからお願いです」


 もう諦めてください、とトールは声にならない声で言い、跪くとわたしの手のひらにキスをした。


 わたしの心はもう、その言葉に従ってしまいそうな状態だった。

 従った先に待っているのは、好きな人とずっと一緒にいられるけど、その人は決してわたしを愛してくれないという、甘ったるい地獄である事を分かっていながら。

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