第46話 そして、朝
「んん、んん……」
目がぱっちりと覚めると同時に、トールの寝顔が目にはいる。
わたしはトールの腕に抱かれ、眠っていたようだった。
そうだ。わたしはここで昨夜トールと一線を越えたんだった。
いつの間にか白いネグリジェに着替えさせられていた。
誰がやったんだろう、使用人とかだったら、抱かれた後の姿を見られたのは嫌だなと思った。でも使用人以外だとしたらトールがやった事になる。それはそれで嫌だな。
手首の拘束はいつの間にか解けていた。わたしはそっと抜け出そうとした……のだが。
「ラピス様……?」
トールは起きたらしく、わたしを抱きしめてきた。
「あはは、ラピス様だ……起きて一番最初に見る人がラピス様だなんて、何て幸せなんだろう」
そういうトールは満面の笑みだった。
「……あっそ。わたしはあんたにいいようにされて、すっごくムカついてるけど?」
もうこんな事をするのはやめてほしいと心の底から思う。
他に好きな人がいると分かっているトールに無理矢理される行為なんて、好きな人としていたとしも、ただ空しいだけだった。
「そうですか?昨夜はラピス様にも楽しんでいただけたようにみえたのですが」
「……」
そうしてトールにしては珍しい意地の悪い笑顔で話す様子に殺意がわく。
トール、つまり好きな人相手だったからか、わたしの心はともかく、体はトールに従順だったのだ。大変忌まわしい事に。
トールは閉口しているわたしの唇に触れるだけのキスをした後、言った。
「そうだ。今日から、ラピス様が毎朝起きた時に僕にキスしてくれたら、僕が何か言う事を聞くルールにしませんか?」
「は?そんなの嫌よ」
わたしは何言ってるんだこいつと思いつつ、トールの願いを突っぱねた。
「そうですか。あなたに寝起きのキスをしてもらえるなんて、とても幸せだと思ったんですがね」
「夢見がちな乙女みたいな事いってるんじゃないわよ、馬鹿」
こいつの妄言なんていい。それよりもわたしにはどうしても気になる事があった。
「あんた、ミツカに手を出してたの?」
「え?そんな事をする訳ないじゃないですか。未婚の女性ですし、あの人を僕が抱きたいと思う欲求も必要性もありませんよ。僕が自主的に抱きたいと思うのはラピス様だけですしね」
トールは「唐突に何変な事を言い出してるんだ」みたいな事を言いたげな顔でわたしをみる。
「じゃあ誰相手にこんな行為してたのよ?あんた、絶対初めてじゃないでしょ」
「つまり、それなりに昨日の僕の出来はよかったという事ですか?あなたにそう思ってもらえるのは嬉しいなぁ。百点満点だと何点ぐらいですか?」
「……無理矢理あんな事してくる時点で減点百万点スタートだから、論外よ」
「それを言われてしまうと、全くその通りとしかいえないのですが」
トールは苦笑する。
人を強姦したとは思えないような呑気なトールの様子にため息は出そうになったけど、わたしは疑問を追求し続けた。
……こんな事が気になってしまうわたしもわたしかもしれない。
「……で?あんたは経験あるの、ないの?」
「秘密でお願いします」
「は?」
「あったなんて言ってしまえば、貴族としての体面の面で問題があるので」
この言い方、きっと経験はあったんだなと確信したわたしはトールの腹を無言で殴った。
一体、いつの間に。
無理やり抱かれた後だというのに、こういう事を気にしてしまう自分自身が嫌になりつつも、わたしに暴力を振るわれているのに笑顔になるトールを見ていると、気持ち悪いなと率直に思う。
「ラピス様にそういう事を気にしてもらえるのは嬉しいですけど、この件についてはあまり深く聞いてはほしくないですね」
そうして嬉しそうに、でもどこか悲しそうに呟くトールを見ていると、わたしは少し毒気が抜かれてしまった。
わたしが知らないトールの顔を見た、そういう予感もしていた。
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