第36話 話の分かる人間

 質屋の店員はわたしをポカーンとした顔でみており、サーシャはというと困った顔で「あーあ」と呟いていた。


「さぁ、髪を切ったのだから、このドレスとあわせて10万オルト渡しなさいよ」


 わたしは手に持った切った髪を質屋の店員に突き出していった。


「……うっ」

「さぁ!」


 質屋の店員は弱りきった顔で「分かりましたよ」と絞り出すように言った。

 サーシャは唇に人差し指をあてながら何やら考え込んでいた。


「どうしたの?」

「いや、ラヴィニア様にこんな女気見せられたら、僕も髪を切って売り飛ばした方がいいかなと思えてきました」

「君の長いだけで1オルトの価値もない髪をもらっても困るだけだからやめるんだな。そもそも女気ってなんだよ、男気なら聞いた事あるが」

「あのー、僕も女子なのでそういう事いわれてると傷つくんですけど」

「お貴族様と庶民じゃ使ってる洗髪料も違うだろうから、髪質に大きな差があって当然だ。気にするなよ」

「……わたしは貴族じゃないわよ」


 わたしはバレたら不味いだろうと、否定した。

 質屋の店員ははっと鼻で笑う。


「お嬢様っていわれた時は否定しなかったのにそこには反応するのかよ。今着てるワンピースの質の高さといい、ノクシオナ領の生地のドレスを持っている事といい、お貴族様以外ありえないだろ」

「……大きな商家のお嬢様って線もあるかもしれないわよ?」

「どっちにしろ、こんな夜更けに庶民の女とこんな店にドレスを売りに来るなんて、ただ事じゃないだろうなぁ」

「……っ!」

「安心しろ、言いふらしたりはしねぇよ。こういう仕事をしてると口も固くなるんだ」


 質屋ってそんな口が固くなるような職業なの?と少々疑問に思いつつ、この言葉を信じるしかないのも確かだった。


「ちなみに何で僕の事は庶民だと?」

「やっぱり着てるものの違いだな。君の着てる服は……」


 そういいかけた所で質屋の店員は口を止めた。


「……は?」


 質屋の店員の顔がどんどん驚愕に彩られる。どうしたんだろうと不思議に思い、質屋の店員の視線の先を見つめると、前に町に来た時にいた方のこの店の店員が店の入り口の所に突っ立っていた。

 その店員は手にハサミと切った髪を握ったままのわたしを指さし、叫んだ。


「お前、何女の子に髪切らせてるんだよ~!」

「ち、違う、これは誤解だ、誤解だ!」

「全く誤解の要素がないと思うわよ?」

「髪を切らせた……うんうん、事実でしかないですねー」


 わたしとサーシャは冷めた声でいった。

 質屋の店員は慌てに慌てていた。


「あぁぁ、お前、何てタイミング悪く帰ってくるんだよ!」

「お前がまたあくどい事をしているのが悪いんだろ?全く、俺よりモノを見る目はあるのに……これだからお前に店を任せるのは嫌なんだ!」


 前にいた方の店員はずんずんと店の中に入ってきて、置いてあるわたしのドレス達に目を通す。


「お客様、これを質にかけたのですか?」

「そうよ」

「……お客様、こいつはこれらに何オルトの価値を出しましたか?」

「9万オルトよ」


 前にいた方の店員は目をくわっと見開いた。


「は!?いくらなんでも安すぎます、ありえません!おーまーえー、またやりやがったな!?」

「だ、だって、こうしないとお店が儲からないと思ったから……」


 さっきまでわたし達に偉そうにしていた質屋の店員はたじたじだった。恐らく前にいた方の店員に対して頭が上がらないのだろう。


「この商売は目先の利益だけじゃなく、信用も大切だろ!安く買い叩かれるなんて噂がたったら成り立たなくなる!……失礼しました、お客様。少しお待ちいただけますか?」


 前にいた方の店員はにっかりと笑う。

 サーシャは「何だかいい流れになってきましたね!」とにこにこしながらいった。

 ……何なんだこの茶番は?




「本当にすみませんでした!ほらお前も!」

「さーせんした……」

「もっと丁寧に謝れ!」

「……スミマセンデシタ」

「棒読み臭いがまぁ許す」


 質屋の店員と前にいた方の店員はわたし達に頭を下げていた。質屋の店員は前にいた方の店員に無理矢理後頭部をおさえつけられてのものだったので、誠意ある形とはいいがたかったが。


 あの後、前にいた方の店員がわたしのドレス(あとわたしの髪も)を査定し直し、わたし達は33万オルト受け取る事になった。これでもこのドレス達の査定額としては少ない方らしい。が、これ以上払ったら今月の店の利益より支出の方が増えてしまう、もっと高い査定額で売りたかったら別の店に行ってほしいといわれてしまったのだ。

 わたしは釈然としないものは感じたが、手っ取り早く王都にいけるぐらいの額を稼ぐのが目的ではあったので、そのままこの店でドレスを売る事にした。


「どうぞ、33万オルトです」

「……確かめさせてもらうわよ」


 前にいた方の店員からずしっとした重みがある布の袋を受け取る。

 わたしは袋を開けてざっとみたが、間違いなく33万オルトはあった。


「うわ~、大金だ。テンション上がります!」


 横から勝手にお金の入った袋を覗いていたサーシャは33万オルトを前に、はしゃいでいた。


「よくそんなにはしゃげるわね。この程度のお金、わたしにとっては慣れっこよ」

「さすがラヴィニア様!お嬢様なだけあるぅ~!」


 サーシャが楽しそうに囃し立てる。

 サーシャって結構調子いいわよね。悪役令嬢として恐れられたわたしに対してもこんな態度なのだからある意味根性あると思う。


「じゃあそろそろ行くわよ」

「そうですね。意外とここで時間くっちゃいましたし、急いで向かいましょう!」

「ありがとうございました~!ご迷惑をおかけしました。ほら、お前も!」

「……っしたー」


 わたし達は店員二人の「お前な、もっと丁寧に挨拶しろよ!」「う、ごめん」などといったやり取りを背に店を出た。

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