第29話 あなたに幸せな結婚を取り戻してほしいから
「ミツカの話をしていたら夜が明けてしまうので、仕方ないですが、元の話に戻ります。ミツカの家がその辺の貴族より資産をもっている、影響力の大きい家である事は話しましたね?」
「ええ、わざわざもう一回言われなくても分かってるわ」
「人に突っかかりますね、ラヴィニア様は。それに比べてミツカは……っていけないいけない。ミツカの話をしてしまう所でしたわ」
「あなた、わざとやってない?」
「残念ながら天然ですわ……それで、アーゲンスト家やコンチネンタル領やソティス家にとって、ミツカとトーヴァ様の婚約破棄は、ミツカの家との商談において悪影響を及ぼしつつありますの」
……予想はしていたれど、噂では聞いていたけど、本当に事実としてそうなのか。
「やっぱり、そうなのね」
「ええ。そちらの家の身勝手な都合で婚約破棄を叩きつけられ、ミツカのお父様はご立腹ですから。ミツカは婚約破棄をされてから、毎日部屋にこもり塞ぎこんでいますのよ。とても見ていられません。ミツカのお父様は娘のあんな様子を見せられて、アーゲンスト家に怒りを覚えない方ではありません」
「……」
ミツカはトールの事が好きだったのだろうし、それぐらい落ち込んでるのも想像に容易かった。
「もちろんそれだけではなく、商人は信頼で動く所がありますから、ミツカのお父様はアーゲンスト家をそれに値しない家だと認識したというのもありますわ」
わたしとトールの結婚はアーゲンスト家のせいではないのに理不尽だと思う。
「理不尽ですわよね、アーゲンスト家には何の落ち度もなく、ラヴィニア様とトーヴァ様の結婚はソティス家の理不尽な命令によって決まったというのに」
わたしは内心を言い当てられた気分になりつつ、エリーゼに問いかけた。
「どうしてそれを知ってるの?」
「ラヴィニア様が王家による命令でソティス家を追い出された事を知っていますから、大体想像はつきましたの」
「なんだ、想像だったの」
「でも、あなたの反応をみるに大当たりだったのでしょう?」
「そうだけど?」
しまった、バレないような態度をとるべきだったか?と思ったけど、今さら誤魔化しようがないので、わたしはそう淡々と答えた。
「実のところ、ミツカのお父様もその辺りの事情について大体想像がつかれているようですわ。だからこそ、挽回の機会をアーゲンスト家に与えましたの」
「それがこの書状という訳ね」
「はい、その通りです。ラヴィニア様もコンチネンタル領を治める側の人間として、領の民の事を少しは考えてみたらどうですか?コンチネンタル領にとって、巨大な商家の娘であるミツカ様とトーヴァ様が結婚されるのと、ソティス家を絶縁され、政治的価値が一切ない立場となったラピス様と、どちらの方がよいのか」
「……はっ、このクソ善人とは程遠いわたしをそんな理屈で落とそうとするなんて、甘いわね」
「いやー、それが最近社交界ではラヴィニア様は実は噂程悪い子ではないのではという説が持ち上がってるのですよ」
「なにそれ?」
「あら、ご存知ありませんの?まぁ噂が事実だったとしても、ラヴィニア様はあのラブラブだったミツカとトーヴァ様を引き裂いた方なので、私にとっては悪い令嬢ですけどね」
「……そんなクソみたいな噂を信じないあなたは賢明ね」
王家に直々に罰を与えられた身で何で今さらそんな噂が何で流れたのか、不思議で仕方ない。
わたしはエリーゼの手前、表には出さないが、イラついていた。今
更実はそんなに悪い子じゃありませんでした、なんてふざけるな。わたしはまだこんな自分じゃなかった時から「悪役令嬢」のレッテルを貼られ続けてきたというのに。
「自分にとって悪くない筈の類いの噂をクソみたいだなんて、意外ですね」
「あらそう。わたしはクソ善人と同じような括りにいれられたくないのよ」
「ふ~ん……そんなに善人が嫌いなら、トーヴァ様との結婚生活だなんて、地獄ですよね?」
「……ええ、そうね」
トールやアーゲンスト家やコンチネンタル領への負い目で苦しい、こんな結婚生活は確かに辛かった。
だから、目が泳いでない事を祈る。わたしはトールとの結婚生活自体は、自分でも誤魔化しようがない程に、幸せであるとも感じていたから。
「なら、お願いします。トーヴァ様と別れてください。トーヴァ様をミツカに返してください」
妖しく余裕で溢れていたエリーゼの声が気づくと震えていた。
「ミツカはトーヴァ様の事が好きで、トーヴァ様もミツカの事が好きで、そんな二人をずっと私は見てきたんです。その二人がこんな事になって、私は悲しくて、悲しくて」
「……エリーゼ」
「二人が何をしたんですか。何で幸せな結婚をする筈だった二人が別れなくてはいけなかったんですか。お願いします、トーヴァ様を解放してください!」
エリーゼは気づくと、震えながら必死に言葉を紡いでいた。
そんなエリーゼを見て、わたし相手に強気だった彼女はもしかしたら虚勢も入っていたのかもしれないと思った。
「……うるさいダンゴムシね」
「なんという言い草ですか」
「その鬱陶しいうるささを黙らせる為に、面倒だけどあなたの望む通りに動いてあげるわ」
この話はわたしにとっても悪くない提案だった。
わたしがトールとの結婚生活に甘んじていたのは、もう二度とミツカとトールの結婚が成立する可能性がないと思っていたからだ。まだ結ばれてる可能性があるなら、今からだってミツカとトールは結婚するべきなのだ。
本人達の心情や、政略的な意味を加味するなら。
……ズキズキと痛む胸の痛みさえわたしがなかった事にすれば。
「いいんですか?」
「……仕方なくよ」
「ふふ、ありがとうございます。ラヴィニア様なら、そうおっしゃってくださると思いましたわ」
エリーゼはあからさまにほっとしたような表情になっていた。
「じゃあわたしは行くわ」
「あ、ちょっと待ってください!」
「……なに?」
「……ラヴィニア様が意外と物分かりがよかったので、罪悪感が湧きまして」
「は?」
「ラヴィニア様、もし今後困った事がおありになったら私の元に来てくだされば、助けてさしあげられるかもしれませんわ」
「は?何で突然、そんな?」
「それはまぁ、はい」
エリーゼは自分でも何でこんな事をしているのか分からないといいたげな戸惑い顔で、どこからか取り出した紙にペンでさらさらと何か書き、わたしに渡してきた。
「私の屋敷の住所です。困ったらここに来てください」
「別にいらないわよ、そんなもの」
「何をおっしゃるのです?受け取った方があなたの為です」
「あ、あっそ……」
わたしはエリーゼの圧におされ、気づけば紙を受け取っていた。
何だか前もこうして無理矢理受け取らされたわね。……ああそうだ、自称魔法使いのサーシャに自分の宿の場所を受け取らされたのだった。
でも、この子はわたしに反感をもってるみたいだし、一応受け取りはしたけど、訪ねていっても何をされるか分からない。使う事はないだろう。
「では、私はパーティー会場に戻ります……ラヴィニア様、よろしくお願いしますね」
「わたしはやると決めたらやりとげる人間なの。あなたにとっていい結果になる事は間違いないわ」
「ふふ、その自信で足元が掬われない事を祈りますわ。しっかり頑張ってくださいね」
そういってエリーゼは去っていった。
わたしは書状をみつめる。
「……はぁ」
これでわたしとトーヴァは離縁し、トーヴァとミツカが結ばれる事は出来るのだろうか。
いや、してみせる。わたしが絶対に。
そう固く、決意した。
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