第26話 その愛の言葉は宙へ浮き
「お前って本当に清々しい程にラヴィニア至上主義だな~…」
「ラピス様は世界で一番大切な人ですからね」
わたしはトールを白々しく思う。
トールの一番大切な人はわたしではなく、ミツカとかだろう。
「ちなみにお父様は何番目に大事?」
お義父様はそわそわしながらトールに問いかけた。
「喜んでください、ラピス様の好物のブッシュ・ド・ノエルの次に大切です。中々の好順位でしょう?」
「え、そのランキング、人だけじゃなくて食べ物もランクインしてるの?そして私はブッシュ・ド・ノエルに負けたの?」
「ご安心を、お父様。ラピス様の好物に敵う人間など、お父様以外でもラピス様ご本人を除いていませんから」
「あーあ、どうしてこんな人間になっちゃったんだ。お父様、泣いちゃいそうだよ……」
2人の軽口を食後の紅茶を飲みながら聞き流す。
トールは冗談にしても大げさだ。
わたしと2人きりの時はオーバーにわたしへの想いを語る事がある男だったけど、お義父様の前でもそれをするのか。しかも、前より何だかパワーアップしてる気がする。
聞いていて何だかむずむずした気持ちになってくるのでやめてほしかった。
「トーヴァ、お前、人間をラピス様かそれ以外かでカテゴライズしてそうだよな。もっとラピス様以外の人間の事も大切にしなさい」
「それは無理ですね。僕はラピス様以外の人間は有象無象にみえるので」
「冗談か?冗談だよな?」
「さぁ?どう思われますか?」
「ああもう聞くに耐えないわね!お義父様、トールに根掘り葉掘り聞かないでください。トール、冗談にしても大げさにわたしの事を好きだというのはやめて」
わたしは聞いていて何だかむず痒くなるのが抑えきれず、思わず2人の話を制止していた。
「駄目ですか?」
「駄目でしょ。というか、こんなくだらない話をしてる場合じゃないわ。トールにはお願いがあるから、この後わたしの部屋に来て」
そう、トールには今回のパーティーに関して頼みたい事があったのだ。
「な、何でしょうか……?」
「私の事はいいから、行ってあげなさい、トーヴァ」
「元々お父様の事などラピス様の用よりどうでもいいですけど」
「もうやめて!父の精神力はもうゼロよ!」
「行きましょう、トール」
「はい、ラピス様」
「父を無視しないで!?」
わたしはトールを連れて自分の部屋へと向かった。
「どちらのドレスを着るかで悩んでいるの。だからトール、あんたが決めて」
わたしはベッドの上に服を並べて、トールに見せる。
この二つはこの前町に行った時に買った花の刺繍がついた紫が差し色として使われている白いドレスと、全身に星の刺繍がついた青いドレスだった。
わたしは昨日までずっとずっと悩んでいたのだが、結局決められなかったのだ。
「僕が決めていいんですか?」
「いいから連れてきたんでしょ?」
「それは光栄ですね、ラピス様のパーティー衣装を決められるなんて」
そういってトールは顎に手をあてると、真剣な顔で悩み始めた。
「わたしは別にどっちでもよすぎて選びきれなかったの。でも、あんたはわたしのドレスを選ぶんだから真面目に決めなさいよね」
「もちろんです。どちらもラピス様にはお似合いになるので、非常に迷いますが……」
トールは決めかねていたようだったが、結局青いドレスの方を手に取った。
「こちらにしましょうか」
「分かったわ……ちなみに何でそちらにしたの?」
「今回のパーティーに来るご令嬢達のいつも来ているドレスの傾向から考えて、こちらの方が誰かと被りにくいと思ったので」
「……」
トールは思ったのと大分違う方向で考えていた。てっきり、わたしにより似合う方とかそういう選び方をするのかと思っていた。
驚くのはそこだけじゃない。
「……トール、あんた、どの令嬢がどういうドレスを着てたとか一々覚えてるの?」
「ええまぁ、人並みには記憶力があるので」
「それ人並みじゃないわよ、相当記憶力あるわよ」
思わずびっくりしすぎて、素でトールを褒めるような事をいってしまった。
やってしまった、こんなに素直に人の事を褒めるだなんて悪役令嬢らしくないと心の中だけで頭を抱える。
「あはは、ラピス様に褒めて頂けてとても嬉しいです。照れてしまいます」
そういってトールは頬を赤らめ、本当に嬉しそうに笑った。
「今のはなし、なしだから」
「いいえ、きちんと聞きましたよ。今更帳消しには出来ませんね」
「トールの癖に生意気ね!」
「あはは、誤魔化すラピス様も可愛いです」
本当に生意気だわとわたしは心の底から思った。
わたしはふと、昨日お義父様の言っていた事を思い出す。
『あいつはラヴィニア様の事では、頭がイカれていると』
トールがわたしに関する事では頭がイカれてる?
わたしの前で呑気に笑ってるこいつがそうだなんて、とてもじゃないけど信じられない。
わたしはあんまり人となりを知らないホークスの言葉より、自分の目でみたトールの姿の方がよっぽど信じられた。
こいつはクソ善人だ。それにわたしの事も大切なのかもしれないけど、恋愛的に愛しているのはミツカの事だけだ。
トールがそんなとんでもない事をやらかすだなんて、トールの性格的にあり得ないし、万が一、本当に万が一イカれてるような行動に走るとしてもわたしじゃなくてミツカの事でだろう。
わたしはホークスの言葉は忘れる事にした。
「ところでラピス様、あなたに言っておきたい事があるのです」
「は?手短に言って」
「あなたは自分とミツカさんの事を比べてどうこう感じる必要はないんですよ」
「……何よ、突然」
「それに、自分よりミツカさんがアーゲンスト家に嫁いだ方がよかっただなんて考える必要もないんです」
「……っ!」
恐らく、朝ごはんの時のお義父様の「ミツカ嬢に嫁いでもらった方がよかったな」という発言をトールは気にしているんだろう。
トールのこの発言はわたしの中の絶妙に気にしている所に刺さった。
わたしはミツカがアーゲンスト家に嫁いだ方がよかったと、確かに思っている。それが負い目になっている自覚もある。でも、それがトールにバレるのは何だか、悪役令嬢らしくない自分を知られてしまう気がして嫌だった。
「わたしは別にミツカと自分を比べてないし、ミツカがこの家に嫁いだ方がよかっただなんて、そんな事考えてないわよ」
「ラピス様、僕には嘘をつかなくてもいいんですよ」
「嘘じゃないわ。わたしの言葉を疑うの?」
「ええ、あなたは自分を守る為の、より自分を傷つける嘘をつきますから」
「……そんな嘘をついた覚え、わたしにはないわ」
トールはくしゃりと悲しげに表情を歪めると、わたしを抱きしめてきた。
「は!?何するの、やめなさい!」
ちょっと前にもこんな風に突然抱きしめてきた事があった。
結婚する前はこんな事なかったのに、と最近の接触過多さに頭を抱えてしまいたくなる。
「ラピス様、僕はあなたが僕の奥さんになってくれて、嬉しいんですよ」
「……っ!」
その囁きは言葉通り本当に喜びに溢れていて、わたしは動揺した。
「ラピス様は僕にとって本当に大切な人なんです。だから誰がなんていおうと、あなたがこの世で一番僕の妻になるべき人だ」
「それは、どうなのかしら。この結婚で誰が幸せになったというの」
偽りとは思えない感情をぶつけてくるトールに思わず、本音がこぼれた。
「僕は幸せになりましたよ……あなたにとっては、不幸な結婚だったかもしれないですけど」
……わたしにとってこの結婚がどうだったかなんて、あんまり深く考えた事などなかったなと思う。
少なくとも、自分の服も食事も用意されるし、生活面ではソティス家にいた時より恵まれているといえる。
使用人からは陰口を叩かれる事もあるけど、そんな事慣れているので大して問題ではない。
それに、夫となったトールの事も……トールの事も?……いや、これ以上は考えたくない。
「……そうね、わたしにとっては好ましくない結婚だわ」
「そうですよね……僕は努力し続けます、いつかラピス様にとっても幸せな結婚だったといってもらえるように」
トールはわたしをぎゅっと更に強く抱きしめた。
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