名誉挽回の処方箋8

 三日が過ぎた。


 案の定というべきか。

 全身鎧の男――暗黒卿の襲撃は幾度となく繰り返された。

 時には、暗黒卿以外の蒼天騎士団に攻撃されたこともある。

 私は何度も倒れ、地面に伏した。

 けれど、初志貫徹を以って、抵抗を続けている。

 辛くないと言えば嘘になるのかもしれない。だけど、ムー太が受けた苦しみを想像すると、この程度は大したことがないように思えた。


 借金の返済期日にはぎりぎり間に合っている。しかし、四日後に迫る大きな返済には今のペースだと少し足りない計算だ。もう少し工夫をしなければ返済を間に合わせることはできないだろう。

 妨害される分、どうしても1時間当たりに稼げるお金(時給と呼ぶ)は、本来稼げる額よりも大きく目減りしてしまう。つまりは、目標を達成するために必要となる最低時給を叩き出すためには、いかに妨害されずに狩りを続行できるかが重要となってくる。


 現在、行っている工夫は二つ。


 一つは、複数種類の狩場をローテーションすること。毎回同じ狩場に赴いていては待ち伏せされ、簡単に倒されてしまう。これを防ぐため、一度倒された場合は別の狩場へ直行し、再度発見されるまで狩りを続ける。こうすれば、数分から数十分の間は狩りを続けることができ、収入を確保することができる。


 一つは、やられる前に逃げること。

 MKOには、街へとワープできるアイテムが存在する。くだんの暗黒卿を視認した場合、即座にこのアイテムを使って街へとワープ。そして別の狩場へ移動することが可能だ。少し時間を空けた後、裏をかいてまた同じ狩場へ行くことも有効だったりする。

 しかし残念ながら、ワープアイテムが使えないパターンが存在する。MKOでは、モンスターと戦闘態勢に入ると、最後に攻撃を受けてからの10秒間、ワープ系のアイテムが使用不可能になる。ログアウトについても同様だ。この状態の時に接近を許してしまった場合は、逃げるだけ時間の無駄なので素直に倒されたほうが効率が良い。


「効率が良い、か。私もネットゲームに毒されたかも」


 初めのうちこそ、ムー太の分身が倒されることに抵抗があったものの、今では完全に麻痺まひしてしまっていて何も感じないようになった。なぜなら、所詮はゲームのデータ。分身が倒されてもムー太は傷つかないからである。勝手にやってちょうだい。そう思うことで割り切れるようになった。


 そして最近では少しばかりの意趣返いしゅがえしにも成功している。

 嫌がらせに全精力を注ぎこむような根暗な奴のことだ。倒せずに逃げられたとあっては、多少なりとも悔しい思いをするに違いない。そう考えた私は、お尻ぺんぺんのエモーションを使った上で、ワープアイテムを使ってとんずらすることにしている。


「遅い! 遅すぎる! ひゃっほーざまーみろぉ!!(ワープ)」


 などと深夜のテンションで口走っている姿を誰かに見られようものなら、私は恥ずかしさの余り爆死する自信がある。


 現在の私のレベルでは、王都の周辺で狩りをすることが最も効率が良い。王都には東西南北の計四つの門があり、各々の狩場へと繋がっている。

 例の如く、お尻ぺんぺんして一度撤退した私は、てってってーっと東門を抜けて、その先にある狩場へと向かっていた。周囲の警戒は怠らない。暗黒卿を視認した瞬間、ショートカット(数字キーの5)にセットしてあるワープアイテムを使って即時撤退だ。


 問題なく狩場へと到着。早速狩りを開始しようとした私の横へすっと人影が立った。同時に私の指は条件反射で数字キーの5へ伸びる。

 しかし、そこに立っていたのは暗黒卿ではなかった。

 同時にプレイヤー名の上に表示されているギルドを見る。


 ――まったり峠茶屋


 ほっと安堵する。

 蒼天騎士団だった場合は即座にワープを使用していただろう。

 そしてよく見ると、ニコニコエモーションを焚いている。周囲には私とそのプレイヤーしかいない。


 誰だろう?


 MKOをプレイしている知り合いといえば京子ぐらいなもので、その京子自身もすでに引退済みである。また私は黙々と一心不乱に金策のことだけを考えてプレイしてきたので、ゲーム内の友達は存在しない。


 間違いなく初対面のはずなのだけれど。


 そのプレイヤーは鮮やかなサクラ柄の着物姿だった。背中からは不釣り合いな天使の羽がにゅっと生えている。プレイヤーの周囲に青いオーラが漂っているので、間違いなく高レベルだろう。


 横にいたそのプレイヤーは、わざわざ正面に回り込んできてもう一度、ニコニコエモーションを焚いた。

 間違いなく、私に挨拶をしている。

 そこでハッとなった。


 ――違う。今、私は誰なのか?


 私の使っているのは可愛らしいウサギのアバター。モフモフで撫でてあげたくなるその頭の上には、ムー太と表示されている。


 すべての合点がいった。

 彼女は私に挨拶をしているのではない。ムー太に挨拶をしているのだ。

 チャットではなくエモーションで挨拶してきたのが何よりの証拠。ムー太はチャットを打つことができない。いつだってコミュニケーションにはエモーションを使っていた。


 私は慌ててニコニコエモーションを返した。


 椿姫:久しぶり

 椿姫:MKO始めたんだ?


 やっぱりムー太の知り合いだ。

 私はなんとチャットを返すべきか逡巡しゅんじゅんした。


 椿姫:農場に行ったんだけど閉鎖されてて

 椿姫:心配してたんだよ


 その言葉で余計な考えは吹き飛んだ。

 ムー太のことを心配してくれる。それだけで友と呼べるだろう。


 ムー太:こんばんわ

 ムー太:あの、なんて説明したらいいのか難しいんですけど


 私は今まであったことを一通り説明した。農場が荒らされたこと。それによって借金が膨らんでしまったこと。MKOには出稼ぎに来たこと。

 ムー太のことを説明するのは困難を極めたため、年の離れた幼い弟ということにしておいた。だいたいイメージ的には間違っていないだろう。


 話していくうちに、椿姫がPFO内でムー太とフレンドだということも判明した。同じムー太の友達という気安さから、農場を荒らしてたやつにPKまでされて憤慨していると愚痴を漏らしたところ、椿姫は烈火の如く怒りだした。


 椿姫:なにそれ最低

 椿姫:ムー太ちゃんすごくいい子なのに

 椿姫:許せない

 椿姫:いつも錬金術の素材を安く売ってくれてたんだ

 椿姫:安すぎてこっちが不安になるぐらいだった

 椿姫:それなのに

 椿姫:は?

 椿姫:PKまでしてきたのそいつ?

 椿姫:絶対に許せない。腹が立つ

 椿姫:蒼天騎士団のやつら調子に乗ってるなとは思ってたけど

 椿姫:弱い者いじめしかできないのかよ


 今までの丁寧口調が一変、おしとやかキャラが崩壊してしまっている。アバターが和服美人だからなおさらだ。


 椿姫:成敗してやりたいところだけど

 椿姫:私もギルドの看板背負ってるから

 椿姫:ごめんね


 相手は鯖最強のギルドである。下手に手を出して外交問題に発展してしまっては、ギルドメンバーに申し訳が立たないのだろう。元よりどうにかしてもらおうとは思っていない。


 ムー太:大丈夫

 ムー太:もうすぐ借金が返せるから

 ムー太:それまで頑張ります


 椿姫はしばし沈黙した後、


 椿姫:じゃあさ

 椿姫:手伝ってあげるから一緒にやろ

 椿姫:育ててないジョブでやれば一緒に遊べると思うし


 その申し出は嬉しかったけれど、同時に不安でもあった。鬼畜のごとき根暗の化身である暗黒卿が、一般人である椿姫までもを攻撃対象に定めるんじゃないかという不安が。

 そのことを伝えると、


 椿姫:へーきへーき


 と言って、パーティ申請を送ってきた。

 私は一抹の不安を抱きながらもこれを承諾。二人で狩りを行うことにした。


 狩り始めてすぐに違和感を覚えた。

 モンスターが倒れるペースが異常に早いのだ。

 プレイヤーレベルこそは倍近く離れているものの、ジョブレベルは同じぐらい。火力に大差はないと思っていた。

 どのぐらい違うかというと、私が一人で戦うと倒すのに1分は要するモンスターが、ものの数秒で動かぬ屍へと変わっていくのである。火球のつぶてが一発命中するだけで瀕死、二発目で灰も残さず蒸発していくイメージだ。

 明らかにその威力は小さな炎のそれではない。

 椿姫の方は、


 椿姫:装備がいいからね~


 とましたもの。

 果たして私は必要なのだろうか? と疑問が過るが、これでも気を使って育てていないジョブを選択してくれている。なんとなくツッコミにくい。

 それに彼女もムー太の友達の一人である。ムー太のために手伝いたいという気持ちを無碍むげにはできない。私は好意に甘えることにした。


 1時間ほどが過ぎただろうか。

 ここまでの狩りで、すでに私の一日分の稼ぎを超えている。これなら四日後の借金返済に間に合うかもしれない。


「そういえば、あの根暗来ないわね」


 そう呟いたのが何かのフラグになったのかもしれない。

 突如、後方から青光りする雷光が差した。

 それが魔法剣・雷による遠隔攻撃であることを、ここ数日のやりとりで私は熟知していた。


 背面を取られている。

 しまった。油断した。

 もはや回避は間に合わないだろう。

 観念して身をぎゅっと縮める。

 しかし、衝撃は襲って来ない。

 ウサギのキャラクターは健在だ。

 おそるおそる振り返ると、そこには後方から火球を飛ばしていた椿姫が立っていて、華麗に仕立てられたサクラの着物からは黒煙が立ち昇っていた。

 雷の直撃を受け、椿姫のHPは3分の1ほど減っている。


 椿姫:は?


 いうが早いか、椿姫のキャラクターは残像を残して前方へダッシュした。低い体勢。手には短剣を持っている。先程までは杖を持っていたはずだから、この短い時間でジョブチェンジ(おそらくメインジョブへ)と装備の切り替えを済ましたことになる。


 そして迷うことなく一直線に全身鎧の男――暗黒卿へ突進して行く。


 暗黒卿も黙ってはいない。大斧を持ち上げ、迎撃の構え。

 体勢を低くした椿姫が間合いに入るのと同時、大斧がその頭上へ振り下ろされる。魔法剣・雷による範囲攻撃も付与されている。範囲攻撃であるため、回避行動であるサイドステップを入れてもあの攻撃を避けることはできない。

 やられる! とっさにそう思った。


 しかし、大斧の切っ先は椿姫の体を素通りし、むなしく虚空を切った。同時に全身鎧をまとった体がぐらりと揺らぎ、後方へ吹き飛ぶ。その隙を椿姫は見逃さなかった。いつの間にか、手には長剣が握られている。またジョブを変更したのだ。

 長剣の火力は高い。その重たい斬撃ががら空きとなった胴へ一発、二発、三発と叩きこまれていく。体勢を立て直した暗黒卿が、大斧を横なぎにフルスイングする。しかし、それは残像だった。


 椿姫は空高く飛翔していた。

 天使の羽が力強い羽ばたきを見せている。

 椿姫の前方、何もない空間から突如として光のビームが発射された。一本、二本、三本……数えきれない、無数の光の線が地上で膝をついていた暗黒卿へと殺到する。


 激しい閃光。

 明滅する画面。


 エフェクトが収まると、そこには椿姫だけが立っていた。

 暗黒卿のHPは0となり、ただのむくろと化している。

 圧倒的だった。私は喝采した。

 何より、ジョブを切り替えながら戦っていたのがすごかった。普通は戦闘中に何度もジョブを切り替えることなんてできない。


 椿姫:アサシンのスキルと結界師のスキルを

 椿姫:3フレーム以内に連続して使うと一瞬だけ無敵になることができる

 椿姫:こんな初歩的なテクニックも使えないで最強ギルド?


 冷ややかに、屍となった暗黒卿を見下ろしている。


 椿姫:そもそもPK仕掛けておいて、一つのジョブのまま戦うとか

 椿姫:は?

 椿姫:なめてんのか


 罵声を浴びせ続ける。

 しかし、彼はもう死んでいる。反論することはできない。

 無様に転がっている暗黒卿の屍を見ていると、なんだか愉快な気分になってくる。

 今までやられ続けたフラストレーションを発散できた形なのだろう。

 胸が高揚しているのを感じる。

 私は素直に礼を述べることにした。


 ムー太:ありがとうございます

 ムー太:ずっとやられっ放しだったので

 ムー太:胸がすく思いです


 いつの間にか、その辺に転がっていた暗黒卿の屍がなくなっている。

 帰還を押して街に戻ったようだ。


 椿姫:いいのいいの

 椿姫:でも思ったより弱くて拍子抜けしたというか

 椿姫:失敗したかも……


 ムー太:ギルドの看板背負ってるんですもんね

 ムー太:どうしましょう。トラブルになっちゃったら


 椿姫:ああ、それは全然大丈夫

 椿姫:むしろ


 そこまで言いかけた時、椿姫がぐるりと周囲を索敵するみたいに回転した。

 椿姫のキャラクターが不気味ににやりと笑った気がした。


 椿姫:やっぱそう来なくっちゃ


 遅ればせながら、私も気づく。

 蒼天騎士団十数名に包囲されていることに。

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