第5話 迎えに来たのは
熱く語っている間に、つい前のめりになってしまっていたことに気が付かなかった。ふわりとかけてもらっていた上着がずるっと滑り落ちそうになる。
エリスは慌てて胸元を押さえた。
レオナルドは額に手をついて、また盛大にため息をついた。
「ふしだらじゃない、とその格好で言われてもね」
それを言われると非常に気まずい。
「祝賀パーティーに参加するからドレスを用立てて欲しいと今は当主を次いでいる兄に相談したら、義姉がお前のような汚らわし女にはこれがお似合いだと、投げつけてきたんです。地元の娼館の女将からお下がりを安く買ったそうです」
「それを本当に着るか⁉︎」
「他にありませんし、ドレスがなければパーティー会場に入ることはできません。義姉もそもそもパーティーに行かせるつもりがないから、このような服をよこしたのでましょう。元聖女の扱いなど、こんなものです。
それに直している間になんだかこれはこれでありな気がしてきて」
初めてふっとレオナルドの表情が緩んだ。
「センス最悪だな。これからはドレスを選ぶ時は信頼できる友達にでも選んでもらえ」
「かつては相談できる親友がいましたが、今はもういません」
瞳を伏せたエリスに、気まずそうにレオナルドが視線を逸らせた。1年前まで戦争をしていたのだ。誰に親しい人を亡くした過去があってもおかしくない。
「言いたいことはわかったが、このままここで話を続けるのは非常にまずい」
「でも…」
エリスにとって決死の覚悟と偶然の奇跡で掴み取った王太子との対話の機会だ。そのうち連絡するなんて不確かな約束で有耶無耶にされたくなかった。
「エリス嬢、ドレスの乱れた女性と王太子と側近が部屋に閉じこもって、しばらく出てこなかったなんてことになったら、あなたが否定している元聖女の噂を、さらに確かなものにしてしまうかもしれません。私どももまた面会の機会が取れるよう口添えします。どうか今は引いて頂けませんか?」
側近のエリックに優しく諭されるとこれ以上ごり押しはできなかった。何より噂を否定しに来て噂が通りの行動をとっているように見られたら本末転倒だ。
「わかりました…また出直します。それではその…申し訳無いのですが、針と糸を用意して頂けません?」
一瞬みな怪訝な顔をしたが、ハッとしたようにレオナルドが言った。
「まさかその服を直してまた着るつもりか⁉︎」
「でも他に着るものなどありませんし」
「誰かレディの服を用意できないか?」
側近たちは困った顔をしていたが、一人がおずおずと言った。
「妹がパーティーに参加しているので、予備のドレスを譲ってもらいましょう。今日は誰よりも目立ちたいと気合入れて、人とドレスの雰囲気が被らないように色合いの違うドレスを3着用意していたので。妹には別に新しいドレスをプレゼントすることで納得してもらいます」
「それはいけませんわ」
エリスは提案をしてくれたアーノルド顔を向けた。
「お名前を存じ上げず申し訳ありませんが、お見受けしたところ、高位貴族のかたでいらっしゃるのでしょう。
妹君も今日のために大変な費用をかけて人気のあるブティックで特別に仕立てたドレスを用意したことでしょう。それならば名前が書いていなくても、元々どこの誰のドレスだったかなど、わかる人にはわかってしまいます。
それを元聖女の私が着て出て行ったとなれば、あなた様の家にもあらぬ噂がたってしまうかもしれません。それはいけませんわ」
アーノルドもドレスのブティックに心当たりでもあるのか、うっと返答に詰まってしまっている。
「レオ、メイドのお仕着せなら予備があるだろう。それを着て裏からこっそり出ればいい」
今まで黙っていたスコットが言った。
「エリス嬢、君のことはよく覚えているよ。攻撃系の魔力を持っている女性は珍しいからね。僕が作った魔道具は役にたったかい? あまり活躍を聞いていないけど?」
その言葉にすっとエリスが青ざめた。何か言おうと唇を動かしたが、うまく言葉にならないようだった。
その時ドアがノックされた。レオナルドが応えると執事がドアを開けた。
「グロワーヌ侯爵がエリス嬢のことでいらっしゃっています。元部下だそうで、元とはいえ部下が失礼したと。責任を持って送り届けるので通してほしいとのことです」
その名を聞いた瞬間のエリスの表情に、その場にいた者はみなぞっと寒気を感じた。怯え、恐怖、怒り、そのどれともつかないような、逆にその全部のような末恐ろさを湛えた顔をしてた。
「エリス嬢はこちらで治療院へ運ぶ予定だと伝えてくれ。すでに馬車を用意していると。それから先程のメイド服の用意をしてくれ。極秘にな」
後半は側近の一人に向かって言った。一人、一礼して部屋を出て行く。
「アーノルド、グロワーヌ卿のこの後の動きに注意してくれ」
また一人一礼して出て行く。
「なぜですか?」
エリスは探るようにレオナルドを見た。
「グロワーヌ侯と帰りたかったか?」
エリスはそれに答えなかった。ただ底冷えするような視線を向けただけだった。
「レオ、主役があまり引きこもっていると、あらぬ噂のもとになります。そろそろ我々も会場へ戻りましょう」
スコットの言葉に仕方なくレオナルドは立ち上がった。
「服が届いたら着替えろ。裏口へ案内させる。
それから、連絡はどこにすればいい?」
リップサービスではなく、一応今後の話をする気持ちはあるようだ。
「今日はリットン通り3番のアパートメントに元聖女仲間のリリアンの部屋に泊めてもらっています。明日には帰る予定です」
「わかった。明日早いうちに連絡をしよう」
「私も同席します。アルノー戦の件については不可解に思っていることがあるので」
スコットがエリスの前に膝をついた。何を言おうか迷っていろいろ言葉を探していたようだったが、「どうか自分を大事に」と一言言うとレオナルドと側近と一緒に出て行ったのだった。
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