7-4 スターリー・スカイ

 きいいいいんっ――!!


 大気を裂く高音を後に残し、戦場は地上から空に移行する。

 宙で弧を描き、速度を伴いながら幾度もぶつかり合う。

 そのたびに余波で空想が崩れ、生じた真空に流れ込むように風が荒れ狂う。


《やるね、佑!》


 広すぎる空によく通る透明な声を、由祈が張り上げる。

 背に負うのは、音響装置に似た外見を持つ巨大な推進装置ブースター舞台衣装ライブジャケットをモチーフとした星火銀スターリー・シルバー躯体ボディと、各部から突出した、番号ナンバリングを刻まれた幾本もの弾薬筒カートリッジが、陽に輝く。


《もうちょっともろいかと思ってた! そんなからっぽのからだで、粘るじゃん!》

《“何もない”訳じゃないって気付いたからな!》


 こちらも声を上げる。背部の孔で塵芥を変換――調整推力に継続変換しながら。


《俺が正真正銘のがらんどうになるまで、付き合ってもらうぞ!》


 変換率を上昇、前方への急加速力へと変換。突撃をかける。


《望むところ!》


 弾薬筒カートリッジの一つが排気稼働エグゾースト、内包する何かを由祈の識装内部に装填する。

 瞬間、由祈の姿がかき消えた。出現先は俺の眼前、わずか数十メートルの位置。

 一気に間合いを詰められ、防御不能の一撃を食らう。打撃箇所が跡形もなく破壊され、砕け散る。


《ちっ――!》


 損壊した躯体ボディを急速修復しながら、右手の孔より変換、威力放出。

 極大の白い光が空を覆い尽くす。射出方向を敢えて絞らず、拡散放射することで牽制を図る。


《甘いよ》


 再び由祈の姿がかき消える。直後、俺の側方に再出現。

 今度は俺も読んでいる。対応し、至近距離からの一撃を放とうとしたところで、異変。


《――第二曲目セカンドナンバー奏演プレイ


 弾薬筒カートリッジの一つが稼働、装填。瞬間、由祈の繰り出す一撃の威力が跳ね上がるのを感覚する。


《ぐっ!?》


 後の先。放たれた打撃の威力は凄まじく、躯体ボディを砕いてなお余りある運動エネルギーを放射。俺を下方へと吹き飛ばし、そびえるビル群を弾丸のように貫通させる。


《私だけそっちの特徴を知ってるのは公平フェアじゃないから、ちょっとだけ教えとこっか》


 空に響き渡る声で由祈がいう。


《私の識装の源は“うた”。と音の組み合わせで色んな効果が出せる。曲目なかみは私の自作オリジナル――佑とる用に、今回はとっておきのやつ積んできた》


 変換、推力放出。

 距離を一瞬で詰め、由祈の眼前におどり出る。

 振りかぶった拳で全力で打ち抜く。幾度かの衝突で図った強度――貫けるという確信。

 しかし成らず。攻撃は突き出された由祈の掌に差し止められ、反動を大気中に放つだけにとどまる。


《言ったでしょ。とっておきだって》


 由祈の背部、〝Ⅲ〟の刻印が光る弾薬筒カートリッジが遅れて排気。続けて〝Ⅳ〟が装填されると、圧縮された音圧、超振動の波が、接触距離から全身の装甲を瞬間破壊する。


 推力放出、急速離脱。降り注ぐ音の波は変質――理外の風刃を形成し、俺に追いすがる。

 それらを小規模な連続放出で回避する頃には、〝Ⅰ〟の曲目を装填した由祈本体が俺に接近し終えている。続き、〝Ⅱ〟の装填。


《せえあっ!!》

《あああっ!!》


 撃発する杭のような一撃を、こちらも一打を放つことで相殺。

 続き二撃、三撃。

 炸裂する大気――打ち込まれる“願い”を受け止めきれず、遂に押し負けたのは再び俺の方。


《どうしたどうしたー。そんなていたらくじゃ守れないぞー、世界》


 全身から高温の排気を行いながら、挑発する由祈。


降参ギブアップする? いつでもいいよ。悠乃ちゃんと、三人で世界の終わり見るのも悪くないと思うけど》

《良いわけある、かっ!》


 最大に近い変換率で威力放射。射界と破壊力を両立させた渾身の一撃だが、回避される。


《(考えろ――考えろ)》


 再生、そして攻撃を繰り返すたびに、直衛佑の輪郭カタチ――記憶を食らい、大きくなっていく渇きに蝕まれながら、思考を巡らせる。


 由祈の力は文句の付けようがないくらいに強力だ。近距離戦と遠距離戦、どちらにも対応可能で、おまけに全体の出力は俺を上回るレベルと来ている。瞬間出力で上回ることは恐らく可能だが、あの〝Ⅲ〟の防壁で防がれれば形勢不利。最後の壁として、俺の自己崩壊タイムリミットの問題がある。策なしに闇雲に動くことは出来ない。


 上空に現れた由祈が〝Ⅳ〟の弾薬筒カートリッジを装填する。

 今度はこちらが回避に回る番――いや、違う。


《おおおおおおおっ!!》


 吸気した塵芥を推力変換、全力で由祈の放つ音の波の中へ突っ込む。

 一直線、最短距離での突破――反応するいとまを与えず、引き絞った一撃を放つ。


《!》


 ばきぃんっ!!

 舞台衣装ライブジャケット型の識装が命中箇所から砕け、衝撃が波及。左肩から腕にかけてを完全破壊する。


《あはっ》


 変成した躯体ボディ、頭部を覆う仮面マスクの奥で、由祈が笑う。


《いいね。そうこなくっちゃ》


 残った右腕で俺の躯に触れ、至近距離から音圧――破砕と共に吹き飛ばす。

 損傷ダメージの度合はこの一合を経てなお俺の方が上。だが、手がかりは掴んだ。

 俺がわざわざ急所を避け、左肩を狙い打ったのには理由がある。


《そうだよ。私の弱点の一つはそれ》


 、そして左肩を再生しながら由祈が言う。


《スタイルを自由に変えられる代わりに、私の機能スペックのほとんどは弾薬筒カートリッジ頼り。そこが潰されれば、再生が追いつくまで出来ることの数は減るし、感覚と速度スピードが尖ってる佑みたいなのが相手だと、今みたいに弾薬筒カートリッジ予備動作チャージ発動遅延ラグを利用されることもある》


 〝Ⅱ〟――撃発強化の弾薬筒カートリッジは、音圧の〝Ⅳ〟を起動した時点で装填動作に入っていた。

 もし俺が回避を選択し防戦に回る、または直線以外の軌道ルートで接近していたなら、強化された音圧か迎撃打撃で、俺は深刻な手傷を受けていたことだろう。


《まあ、わかったとしても取れる手は限られてるからね。負けないよ、まだまだ》


 機動力強化の〝Ⅰ〟を装填、速度を上げた由祈が迫り来る。

 こちらも推力変換、鼓動による走査スキャンを走らせながら、辛うじて感覚した由祈の接近軌道上へと入り込む。


《(装填の感触――〝Ⅱ〟が来る!)》


 瞬間、障害踏破ヴォルトの要領で身をひるがえし、絶打を回避。背後へ回り込む。


 どくんっ。


 深淵に向けて加速する、渇きの感覚を引き受ける。


 三度目の変換。推力と威力を等分――推力装置ブースターを貫通し、一撃を叩き込む。

 重い“願い”を砕く感触――確かな手応え。


 咄嗟に防壁の〝Ⅲ〟が展開されるが、遅い。走査スキャンを放ち、身を捻って旋回。防御範囲を回避する鋭角の飛行ブーストで回り込み、威力放出で焼き払う。


《ぐっ――!》


 熱量を受け、銀の装甲が焼損。複数の弾薬筒カートリッジが溶解し、機能不全を来したのを確認する。

 踏み込み、押し切る絶好の機会チャンス。だが、感覚に触れる違和感――が引っかかる。


 一瞬接近を躊躇ためらい、やがて全速力で距離を取る。それで正解だった。


 ――きいんっ!!


 響き渡る不可視、不可聴の絶唱が、由祈を中心とする球形空間におういつした。


 それはまさに、世界に顕れた破壊の意思そのものだった。

 威力、波及射程、空前。空中から地上に至るまで、凄まじい異能が荒れ狂い、全てを塵に――否、塵すらも残らない無へと帰す。


 直感、そして触覚だけが、その到来を辛うじて感知し得た。それでも発動規模を正確には読み切れず、余波を受け、装甲が滅壊めっかいする。


《――惜しい。もうちょっとだったんだけどな》


 胸部に隠されていた弾薬筒カートリッジ排気稼働エグゾースト。空になった薬莢を排出する。


《……それが、お前の切り札かよ》

《そ。今までのありったけを込めてる、私のうた。流石にそうそう連打は出来ないけど、まともに食らったら佑でも保たないよ、ぶっちゃけ》


 だろうな。

 心の内で戦慄する。


 発動範囲の外に出てこの損傷ダメージなら、有効射程内でどれほどの傷を受けることになるか想像も付かない。これだけは食らう訳にはいかない――被弾覚悟の相打ちも叶うまい。

 発動条件、または制限を読み切るまでは、最後の一撃には踏み切れない。


 再び拮抗状態イーブンに陥った戦況。こうちゃくすればあちらが優位。


 こちっ。


 どこかで時計の針が鳴る。胸の渇きはなおも増す。

 迫るカウントダウン――状況をくつがえす手段を、一刻も早く見つけなければならなかった。

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