第31話 僕は魔王と対峙する。
エステリアは翼を折り畳み、ゆっくりと地面に足をつけた。
剣を下ろした僕を見て、
「なーにー?
キミはもてなしてくれないの?
シクシク」
エステリアは手で目を押さえ、泣き真似をしながら、僕を指の隙間から見つめる。
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【転生しても名無し】
『あがくだけあがいたら、「うーん、ガンバッタで賞!」みたいなこと言って引いてくれないかなあ(チラ)』
【◆助兵衛】
『甘い期待はやめろ。
もっとも建設的な手も思いつかんが』
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「僕ではあなたの相手は務まらない」
「かしこいねー。
それなりに強そうなんだけど」
「ブレイドには遠く及ばない」
僕はエステリアと会話する。
戦ったところで勝負にならない。
それでもこの場を切り抜けなければならない。
僕達もこの教会の人達も。
死んではならないんだ。
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【転生しても名無し】
『うん。そうだな。
やけっぱちになるのはよくない』
【◆江口男爵】
『とりあえず、嘘とか隠し事とかせず、素直に話をしろ。
恐怖を見せるな。
虚勢を張るな。
ただ、淡々と話すんだ』
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了解した。
「この教会に用があるのか」
「んー。用がなければ来ちゃいけなかったかなあ?」
「あなたを阻める人はいない」
「んふふ。わかってるじゃん。
そだねー、用があると言えばあるし、ないと言えばないかな。
エステリアはわかりやすく例えてあげる。
エステリアは森の中にあるおばあちゃんちにおつかいを頼まれたら、寄り道してお花を摘んでいくの」
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【転生しても名無し】
『なるほど、わからん』
【◆アニー】
『要するに、本来の目的……おそらく人類に対する侵略行為とは別に、自分が楽しめる娯楽を見つけたので立ち寄った――ってことでおk?』
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僕はアニーの言葉をエステリアに伝える。
「うふふ、オッケー。
おりこうさんだねえ。
聞き上手でうれしいなあ」
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【◆アニー】
『いえーい。魔王さまからお褒めの言葉を授かったぞ』
【転生しても名無し】
『この状況で言うのは憚られるが、ぶっちゃけちょっとうらやま』
【転生しても名無し】
『おれもぶっちゃけると、魔王さまかなり好みだ。
アホそうなくせに人外の底知れなさが漂うこのアンバランスさがいい……』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
妖精たちよ、時々あなた達が人間を弄ぶ類の悪魔じゃないかと感じる時がある。
どうして、魔王を目の前にしてくだらない話で盛り上がれるのか。
でも、おかげで緊張がほぐれているのも事実だ。
「この教会は一ヶ月ほど前から魔物に襲われている。
それも貴方の手引か?」
「そ、そ。
じわじわとあたしが到着するタイミングとここにいる連中の皆殺しのタイミングを合わせようと思ってたのだけど、ジャマされちゃったなー」
魔王は僕の傍で体を傾けながらそう言った。
「皆殺しにされては困る。
ここにいる人は生きようとしている」
「生きられたらこまる。
あたしはここにいる人みーんな殺しちゃいたい」
僕の頭の先から爪先まで舐め回すように視線を送るエステリア。
「ジャマするのやめてくれないかなあ?
やめてくれたらあなたは殺さないであげてもいいよ」
エステリアの通告だ。
邪魔すれば殺す。
逆に言えば僕は殺す対象ではないということか。
「キミは美味しくなさそうだしねえ」
「そうだな。
人間は美味しくない。
人間は食べ物じゃない」
「食べ物だよ。
あたしにとってはね」
そういうと、エステリアは忽然と姿を消す。
「キミとか美味しそうなんだよね」
僕が振り向くと、ククリの目の前にエステリアはいた。
「んふふ。味見していい?」
ククリは反射的にナイフを構え、エステリアの顔面に斬りかかる。
ガチン! と音がしてナイフがエステリアの眼前で止まる。
ナイフはエステリアの歯で挟まれており、
バキン! という音を立てて噛み砕かれた。
「うげぇ……まっず……ペッ、ペッ」
エステリアは地面に割れたナイフ混じりのつばを吐く。
ククリは気圧されつつも、もう片方のナイフを振り上げた。
だが、そのナイフは振り下ろされることがなかった。
エステリアはククリの背後に回り込み、ナイフを持つ手を捻り上げた。
「ぐっ!」
ククリの痛みを堪える声がする。
「手加減じょーずでしょー、ほめてくれていいよ。
あたしもほめてあげるから」
エステリアは空いている方の手の指をほぐすように動かす。
「キミはいいねえ。
つよいカレシがいて、髪の毛も真っ赤でキレイだし。
あと、スタイルもステキ。
ボン・キュッ・ボンって感じでちょっと嫉妬しちゃう。
だけど、背中のそのお絵かきは似合わないなあ」
エステリアの指がククリの背中にかかった瞬間――
ブチチッ! と音を立ててククリの背中の皮が剥ぎ取られた。
「うあああああああああ!!」
ククリが絶叫する。
背中からは血が滴り落ちた。
ククリの入れ墨が彫られた背中の皮が綺麗に剥がされてエステリアの手に取られていた。
エステリアは手に取った皮を丸めて、口に放り込んで、咀嚼した。
「うーん、おいしっ!
やっぱり殺すなら男の子、食べるなら女の子だよね。
そう思わない?」
エステリアは僕を見ながら言った。
「やめてくれ。
僕の仲間は食べ物でも殺す物でもない」
胸がざわつく。
戦ってはならない。
分かっているが、剣を握る手に力がこもる。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【転生しても名無し】
『抑えろ、ホムホム!』
【転生しても名無し】
『無駄死にの上、怒りを買うことになるぞ!』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
分かっている。
分かってはいるが……
「じゃあ、次はどうしよっかなあ。
その扉の後ろで息を潜めてるカワイイ金髪の子にしちゃおうかな」
僕は弾かれたように扉に視線を移す。
同時に、扉が砕かれた。
飛び散る木片の向こうにはメリアがいた。
「う……あ……」
メリアは口を半開きにして後ずさる。
先程のようにエステリアは瞬間的にメリアの目の前に移動し、両手でメリアの頬に触れた。
やめろ……
「ウフフ。そうそうこーいう反応!
魔王を目の前にした人間はこんなふうに怯えてくれないと」
やめろ……
「綺麗な瞳だね
引っこ抜いて指輪にでもしちゃおうかなー」
やめろ……!
「やめろおおおおおおおおお!!」
僕は激情にかられ、エステリアに飛びかかった。
剣を正面に突き出す。
こんな攻撃当たるわけがない。
ブレイドの全力での斬撃を易々と捌く相手に僕の剣が通じるはずが――
「ぐぼぉっ!」
……あれ?
「ガハッ! な……なんで!?」
僕の剣は深々とエステリアの胸に突き刺さった。
突き抜けた剣の切っ先はメリアの頬のすぐ横を通り抜けていた。
疑問が頭をよぎったが、振り払う。
ともかく僕の剣がエステリアに届いたのは事実だ。
「ああああああああっ!!」
剣を斬り下ろす。
重い手応えと共にエステリアの胸から腹にかけて刃が通る。
「んんんんっっっ!! このおっ!!」
エステリアの尻尾が鞭のようにしなり僕を弾き飛ばした。
僕の体は宙を舞って地面に叩きつけられた。
刺さっていた剣は抜け、エステリアは上半身から赤黒い血を流している。
「グフッ……君のその剣……まさかーー」
エステリアが振り向き、僕を睨んだその瞬間だった。
僕と彼女の間を割って入るようにブレイドが飛び込んできた。
「せやああああああああっ!!」
ブレイドの剣が横に薙ぎ払われる。
エステリアはかろうじて剣で受けるが、その圧力で弾き飛ばされ、教会の扉から離れる。
「ナイスだ。クルス」
ペッ、とブレイドは口に溜まった血を吐き捨てる。
「タフだねえ……殺すつもりで叩きつけたのに」
「ヘッ、テメェには負けるぜ。
体真っ二つにされかけたのに元気じゃねえか」
ブレイドは剣を鞘に納め、前傾に構える。
「強え女は好みだが、悪食は御免こうむる。
まして、ククリを傷つけた奴は生かしておかねえ!」
ブレイドはエステリアに向かって跳んだ。
「学習しないね!」
先程までと同様にブレイドの剣はエステリアの剣で受け止められる。
だが、
「してるに決まってんだろ」
ドゴッ、と鈍く重い音がして、エステリアは苦悶の表情を浮かべる。
ブレイドの左足がエステリアの脇腹にめり込んでいる。
「ぐえっ!!」
「オラオラオラオラオラオラオラオラ!!」
ブレイドは剣を手放し、両拳でエステリアを連打する。
エステリアは為す術なく、拳の雨を全身で浴びる。
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【転生しても名無し】
『ブレイド△!! やっちまえ!!』
【転生しても名無し】
『ワイはブレイドニキなら勝てるって思っとったんやで(テノヒラクルー)』
【◆助兵衛】
『ホムホム! ブレイドに続け!
二人がかりで戦うんだ!』
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「チィッ!!」
エステリアの尻尾がブレイドの顔面を襲うが、首を捻ってかわし、逆に尻尾に噛み付く。
「イタタタタタタタタ!! 痛いって!! やめて!!」
エステリアはジタバタともがき、尻尾を引き上げた。
完全に無防備になったその瞬間、僕は再び剣をエステリアの体に突き刺した。
と、同時に封印の糸を1本外す。
紫色の光がエステリアの傷口から溢れる。
「ガッ! くっ……ああああっ!!」
エステリアは剣の刃を両手でつかむ。
この細腕のどこにそんな力があるのか、と思わざるをえないほど圧倒的な腕力で僕の剣を動かさせない。
「クルス!! 斬り上げろ!!」
僕の頭上を飛び越え、エステリアの頭上に舞ったブレイドはエステリアの頭頂部に突き刺すように飛び蹴りを放つ。
頭上からの強い衝撃を受けたエステリアは膝を折り、僕の剣を握る両手を離した。
「うああああああああっ!!」
僕は全力で剣を逆袈裟に斬り上げた。
ブレイドの蹴りによる下向きの力と僕の斬り上げる力が合わさり、剣は勢い良くエステリアの体を通り抜ける。
剣は肩口から抜け、夥しい量の血を噴出させた。
「ギャアアアン!」
エステリアは悲鳴を上げ、姿を消し、僕らの上空10メートル位の宙に浮かんでいた。
「ハァハァ……ちょっと、シャレになんないかな……」
エステリアは顔を引きつらせながら笑った。
「言っておくけど、負けじゃないからね。
あたし、まだ本気出してないだけだし。
……でも、キミたちが私の予想以上に強かったのはホント。
しかも超メンドクサイ物持ってるし……」
「ゴタゴタうるせえ!! 降りてこいや!!」
ブレイドは叫ぶ。
「あはは……やーだ。
ここからは手を引くからさ、お互い痛み分けにしよーよ」
僕はブレイドの肩をつかむ。
エステリアの提案を呑もう、と言おうと思ったが、
「チッ。わかったよ」
言うまでもなく、理解してくれた。
「また、どっかで会えそうな気がするなー。
二人はもっと強くなってるかなー?
その時はお互い本気でやろーね!
じゃっ!!」
エステリアは翼をはためかせて夜空に消えていった。
「……なんとか生き残れたな」
僕はブレイドに声をかける。
「ああ……強いやつに会いたいとは思ってたけど、まさか魔王様とは……」
ブレイドはその場にへたり込んだ。
教会の扉の方を見ると、メリアが負傷したククリに肩を貸して中に入ろうとしていた。
僕もブレイドに肩を貸した。
「ま、種は分かった。
次はキッチリケリつけてやんよ……
打倒魔王だ!」
「僕はなるべく関わりたくないんだが……」
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【転生しても名無し】
『エステリア様、味方になってくれないかなあ。
ああいう元気っ子好きなんだけど』
【転生しても名無し】
『話し合う余地ありそうだよね!
誰か説得の草案を作成して!』
【転生しても名無し】
『魔王が紆余曲折を経て仲間になるか……
燃える展開だね』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
僕は妖精たちが本当に悪魔の使いか何かと疑いたくなってきた。
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