33.閑話:全てを知り終えた時…

水晶に刻まれた記録の映写が終わってから、ティアナとエリザベスは言葉を詰まらせていた…


「こんな…こんなことって…」


世界の真実を知ってしまったティアナは、口元を手で押さえながら身体を小刻みに震え上がらせていた…


「じゃあ…何じゃ…?私達魔族は…悪魔…いや…あの化け物達によって作られた偽りの存在なのか…?しかも、鉄血の連中はあえて知っていたというのか・・・!?」



同じく真実を知ったエリザベスは憔悴した目で映像が映っていた場所を見つめ、瞼に涙を溜めながら震えていた…

自分達の誇りであった地上の魔族は作られた偽りの存在であり、道化の女王として崇められ、魔王という名の生体兵器を崇拝するだけの傀儡であった事に、自尊心の全てを砕かれてただの少女に成り下がっていた…


「フフ…ウフフ…そう、全ては偽り…全ては仕込まれた箱庭の世界で私達は踊らされていた…」


そんな二人の様子に、クリスは静かに笑いながら語り始めた…


「義姉様…?」

アレミリー悪魔ベルフェゴールの人形だったというのは、あの映像を見る前には知っていたわ…。人間とは違う魔力の流れや魅了等の耐性に疑問を持っていたので研究していたから分かっていた…けど…ウフフ…」


心配するレイアを余所に、クリスは天高く見上げた後に大きく笑い出した。



「アーハハハハハハハッ!まさか!まさか、”あの時”の”ベル”に殺された女の子が!殺戮兵器の人形になって!!私達に復讐をしたとは…!!しかも、それだけに飽き足らず!魔族・亜人・そして神やその御使いである天使達を鏖殺おうさつし!世界の歪みを出現させるとは…!!ハハハハハハハハッ!!」



スイッチが入ったかの如くに笑い続けるクリスに、外で控えていた者達まで部屋に入り、狂笑するクリスを呆然と眺め続けた。

その中で、エリザベスは身体を震わせながらクリスに問いかけてきた…


「人間よ…貴方、何か知っているの…?」


その言葉と共に、笑い続けていたクリスはぴたりと止まり、壊れたブリキ人形の様に頭を動かし、感情の無い真顔で語り始めた。




「ええ…”レイカ”と呼ばれたあの時代、私はベルを裏切り、勇者の番いの女として抱かれ、子を産んだ…そう、私はあの女の転生者。神々の…いえ、この世界の歪んだシステムによって、勇者という名の兵器への糧となる復讐者を作る為に生まれた偽りの番の女…それが本来の聖女という名の補助装置…フフッ…私は、生まれた時からカイ様を裏切る為に生き、あのクズ勇者の為に身体を売って子を産むだけの愚かな女という役割を与えられていた…」

「なんて事なの…」

「しかも、これは他人事ではないですわ…そこの第二王女のティアナ様と貴方…エリザベス様もまた勇者の番いにされ、多くの女が勇者を強くする為の色欲の役割を与えられたのです。一方で、役割を与えられなかった者達から出る負の感情…王族貴族の傲慢・強欲・暴食・怠惰…民から出る嫉妬・憤怒は全て魔王と呼ばれる偽りの偶像に集められ、それを勇者が粉砕する事により崇められ、神への徳となる…そのための舞台装置だったのですよ…」

「クリス嬢、貴女は何時からそれを知ってるのです…?」

「…ブラウン伯爵領に戻ってから数日後、腐った貴族体質を持った”家族”を処置した後に不振な手紙が届いたのです。最初は、この森にある洋館にしか情報が書かれていませんでしたので気にも止めませんでしたが…二通目の手紙には私が以前魔導学園で研究していた自律人形ゴーレムよりも遥かに改良された設計図と完成体が一体置かれていたので、レイアと共にここに調べました。そして、悪魔となった機械人形の彼女…ベルフェゴールにあったのです。今までの記録が収められたこの忌々しい記録媒体である水晶と、この世界の理…そして、奴等の本来の計画と彼女の本来の計画を合わせた全てをそこで知ったのです!!」


怒声を上げたクリスはあまりの怒りに顔を歪ませ、ドンと音を立てるほどの威力でテーブルをて手の平で叩いた。

そんなクリスをレイアは静かに寄添い、怒りに震えるクリスの腕を擦っていた。


「義姉様。お気を…」

「…ごめんなさいね、レイア。貴女も転生者だったでしょうに」

「いえ、私は大丈夫です。…もっとも、私は威風堂々とあの人形たちの兵器の前に立ち、あの熱光線で絶命した時の事など…義姉様の苦しみと比べたら」

「あの時の女騎士の聖女が貴女だったとは…」

「ええ、ティアナ姫様。おかげさまで、ベルフェ・セィタン連合の兵器程度では驚かなくなりました。…ただ、ベルフェゴールミリアリスは違いますけどね…」


そう言いながら、レイアは別の水晶球を取り出して映像を映し出した。


そこに映された映像は、あまりにも凄惨過ぎるものであった…



ルシフェ家が納める山脈より遥か北の凍える大地にて、捕らえられた王国の人間達がこの大地にあるドーム状の施設に入れられ、青緑に輝く鉱石が底に敷き詰められた水溶液に満たされた培養液に入れられていた。


その培養液に入れられた人間達は鉱石の光を浴びていく内に体組織が醜く溶け始め、四肢五体が歪みながら肥大化していくのを作業する機械人形達、記録観察をする白衣を着た魔族と獣人達がいた。


そして、一定以上変化が終えた元人間達は別の培養液に移されて施設から出され、凍える大地の外へと解き放たれた…


その先にいる、もう一つの異形の化物達…蛮族を喰らう虚無の軍勢と相対させるために。


人間よりも遥かに大きい虚無の化物達は化物になった元人間達を戦い、その肉体を喰らうも…元人間達が取り込んだ鉱石の光を浴びると元人間達よりも酷く溶け始め、ボロボロになった骨だけを残して融解してしまった…

無論、化物にされた元人間達もまた、虚無の化物に纏わり付きながら血肉を喰らい、歪な成長を繰り返しては肥大化し、そして鉱石の光による崩壊現象に耐え切れずに血肉を腐らせて息絶えていった…


その一方、食い残された元人間のうち頭部が無事な奴だけを機械人形達が回収し、脳だけを摘出して新しい機械人形として再利用され、同じ様に異形の軍勢と戦わされ、記録を取られていた…



「もういい!もう…映すな…!!」


遂に耐え切れなくなったエリザベスは声を荒げ、椅子から降りて四つん這いの姿勢になって嗚咽を漏らした。

ティアナに到っては顔面蒼白で目じりに涙を溜め、口を押さえて震えていた…


「…刺激が強すぎましたね。ですが、これが今の世界の真実です」

「傀儡化した神とその娘である女神を七つの大罪は…いや、おおよそ二体の邪なる神は女神と他の大罪の悪魔達を使い、人間を含めた知的生物の闘争を行い、進化を行っていた…全ては異次元を超えた化物達と相対するために」

「もっとも、傲慢の悪魔と憤怒の悪魔…そして、怠惰の悪魔は別々の目的で動いている可能性もあります。現に、今先程の映像は…怠惰の悪魔の独断行動です」



「…私らに、何を求めているのだ?人間よ」


体勢を立て直したエリザベスは、クリスに対して視線を真っ直ぐにして問いかけてきた。

先程の狼狽とはうって変わり、決意を決めた眼差しで表情を険しくさせながら…


「…貴方方には、三つの選択肢があります」

「選択肢だと…?」

「一つ目は、この場で見た真実を貝の口如くに閉ざし、滅びを迎える事…無論、これは選ばないと思われますが。二つ目は、この繰り返される戦争に終止符を打つこと…コレを選んだ場合は、ここで私達とは違える事になるでしょう。そして、最後は…神と悪魔達に真意を問いに行く事…この三つです」


クリスが上げた選択肢に、ティアナは問いかけてきた。


「クリス嬢、貴方はまさか…」

「…遥か北を目指し、アレと対峙します。カイ様や複製体であるアレとは会わずに、この戦争から逃げる形になりますが…真の敵はあそこに居るのでしょう。ならば…」

「…痴れ者が。たった数十人の人間と魔導人形の数百体程度で何が出来る。我ら、過激派…いや、急進派の魔族達はお前達に加勢するぞ。あの鉄血の魔族達を問いたださねばならん」


エリザベスはそう述べた後、外で待機していた配下の魔族達に魔導具を使って通信を行い始めた。

一方のティアナは、クリスに改めて問いかけた。


「最後にお聴きします。その戦いの後にセントーラに戻れる可能性は…」

「ほぼ皆無でしょう…私も、レイアもそこで散る可能性があります」

「そうですか…分かりました。私もそこに向かいます」

「宜しいのですか?仮にも、貴方は第二王女。帰る場所が御座いますでしょう?」

「…体が訴えてるのです。この世界は本当に彼等の実験場なのか、私達は偽りの箱庭で飼いなされた木偶もしくは家畜なのか…確かめなければなりません。でなければ…今まで彼らによって作られた勇者という名の”裸の英雄”によって犠牲になった者達が、憐れにしか思いません。それに、私が居なくても、王代理の王妃であるお母様やお姉様達がいます…」

「そうですか…」


クリスはそう呟いたと同時に立ち上がり、テーブルの上に地図を広げた。


「明日、ここを旅立ちます。ベルフェ・セィタンを含めた赤の枢軸、王国含めた青の連中に気付かれない様に進めていきますので、一から聞いてください」


クリスの言葉にティアナとエリザベスは頷き、作戦会議を始めた…



















遥か北の彼方にある施設の地下にて…


「『モビー・ディック』という白い鯨がいた。その鯨を追っていた人間達の物語…そう、大航海時代にあった彼等の冒険譚には数多の期待と失望、希望と絶望が書き綴られている…」


巨大な電子機械の前にて、怠惰の悪魔…ベルフェゴールはそう呟きながら機械にある巨大なモニターを眺めていた。

そこには、世界中で起こった出来事の光景が映し出され、それぞれの人間や魔族が活躍、もしくは暗躍していた…


「私が…いえ、私達は彼らが『モビー・ディック』を必ず見つけ出せると信じている…そうでなければ、この物語は終わらないのだから…その結末が、どんな希望ある喜劇だろうと、絶望なる悲劇だろうと、私は観察し、試練を与え続ける…。私が打ち込んだ楔、時の道標、時空軸が歪み壊す存在だとしたら、新たな時間軸の観測・転移・管理権限を行使を要する事になる…私達…いえ、私の希望を壊させない。それが私の物語だから…」


そう呟きながら、ベルフェゴールは一つの培養液に治められた戦略人形…機械と融合した人造人間を起動させた。


仲介者メディエイターTemperanceⅩⅣ.起動―――その力、私から放たれたあの子達に示し、新たな舞台へと誘いなさい」

仲介者と呼ばれた中性の人形は静かに笑い、青緑に輝く髪を揺らしながら次元の歪みに消えていった…

我が子の旅立ちを見届けたベルフェゴールは静かに目を閉じた後、同じ様に次元の歪みに入っていき、その場を去った…














その頃のキクルス領の屋敷にて…



ミリーは突然の悪寒に襲われ、足が崩れるようにして倒れた。


「…ミリー!?」


突然震えるの幼馴染にカイは驚いて駆け寄ったが、ミリーは無理をして笑顔を作った。


「大丈夫…少し、嫌な圧が来ただけ…」

「物凄い汗をかいてるじゃないか…肩を貸すから、部屋で休もう…」

「うん…でも、なんなの…この不安を煽ってくる嫌な予感は…」



ミリーはそう呟きながら、カイに肩を貸されながら自室まで戻っていった…







彼女の嫌な予感が起こったその翌日、セントーラ王国の南東に位置するベルゼ公爵領にて、駐屯していたベルフェ・セィタン連合軍と王国の同盟国軍の地帯が何者かによって壊滅。








僅かな生存者の報告から、たった一人の…青緑に輝く髪の女によって全て鏖殺されたとの事…







まるで、勇者に代わって現れた神から遣わされた審判者とも言える虐殺であったと…






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