10.王国の聖女隊と元騎士団長
キクルス南部の工業町フリーデンの中に入ったカイ達の馬車は町中を進んでいた。
フリーデンの町並みは、鉄鋼加工の工場を筆頭に蒸気機関の機械の部品を作る工場や部品を組み立てる工場などが立ち並んでいた。
その工場群の合間に工場の従業員やその家族が生活するための食料店や雑貨店などの一軒家の店舗が立ち並んでいた。
「凄い数ですね」
「ここはキクルスの中でも一番急成長をしてる町だからね。中にはベルフェ・セィタン側の貴族領土から出稼ぎに来る平民や冒険者達も来る事があるんだ」
「冒険者も工場で働くのですか?カイ様」
「彼等の場合は冒険者ギルドからの派遣による非正規の日雇い労働者として働いてるかな。勿論、労働災害が起きた時の保険は付けさせているよ。こういった工場でも、炭坑掘りや石油掘削事業よりかは安全だけど、事故は付き物だからね」
ティファの質問に、カイはそつなく答えていった。
実際には収益が上がっているものの従業員の人手が圧倒的に足りない状態が続いており、勇者と聖女の選定前からセントーラ王国内は勿論の事、国外からも労働者を募集するほどであった。
しかし、先の勇者の騒動は勿論の事、ベルフェとセィタン以外の七大公爵の領土からは近代事業を忌諱する者達が根強く残っている為に避けられ、現状としてはベルフェ・セィタンの領土内と魔族国などの亜種族国家や他の小国から旅をする冒険者などにギルドの依頼として雇ってる事が多かった。
しかも、長く努めれば社会保障や税の優遇付きでキクルス領に移住する事への許可を出すほどである。
おかげで、事業前のフリーデンは僅か1000人程度の人口が今では10000人程の人口に膨れ上がった。
これもキクルスの財産が潤ってる理由の一つとなっていた。
ただ、キクルス家自体がそんな収益にも拘らず派手な暮らしをしていないのは、収益の殆どを新規事業への投資と領民の公共事業と福祉に当て、残りは王国に納税させられているからである
ゆえに、キクルス家自体はそこまで贅沢できない状態であった。
だが、それも例の騒動によってベルフェ家がセィタン家に続いて王家から離れた事もあってか、キクルス家もベルフェ家に続いて離れると同時に、王国に納税していた分をベルフェ家とセィタン家に回す事になっていた。
そのおかげか、継母であるイライザが個人収入の一部をへそくりとして貯蓄する分が増えたと喜んでいた。
節約家の彼女ではあるが、貴金属類は結構好きな方であるため、今度父のレオンと一緒に買い物をする事に喜んでいたとか…
そんな収入面に大きく貢献しているフリーデンにて、カイ達が訪れた理由の一つである友人のドワーフ達に会う事であった。
そして、その彼らが住む場所はフリーデンの町長屋敷で新型機械を開発する一番大きな工場で、カイ達はその工場の前に辿り着いた。
「ようこそおいでました、カイ様。社長夫妻がお待ちです」
「ありがとう」
工場内の居住区に住まう使用人のノーム族の中年女性に案内の下、カイ達は奥へと進んでいった。
工場区と居住区の間の廊下は長く、工場区の側は廊下からでも見えるほどの大きな作業場であった。
巨大な溶鉱炉が炉の底から絶えず炎が噴出して中の鉄鉱を溶かし…
溶けた鉄を型枠を取った入れ物の中に流し込み…
流し込まれた鉄が冷えて固まった後に型枠を壊して、金属の部品となった物を組立作業場へと流れていった…
組立作業場では役割分担された従業員が出来上がった部品を綺麗に順番通りに組み立てていき…
外枠を嵌め終わった金属物体を燃料ガスで燃え上がる炎で溶接用の金属を炎の熱で溶かして隙間に流し込んで固定していった…
そして、大きな金属物体同士が更に組み立て上げ終えると、立派な機械が出来上がっていた…
その一連の作業を、人間と多くの亜種族が混雑する従業員達は黙々と行っていた。
「なんていうか…その…」
「言いたい事はわかります、ティファ様。収益が上がった反面、かなりの労働で疲労が溜まりますからね…と言っても、余所でやってるような奴隷による強制労働制とは違いますし、それほど極端な長時間労働ではないです」
ブエル伯爵領土にも鍛冶職人みたいな黙々と作業をする生産職の人々を見てきたティファであったが、100人以上の人が一斉に動いて黙々と作業する光景には言葉に表現できなかった。
まるで、作業用ゴーレム人形が淡々と仕事をこなす感じに見えて、少し奇妙に見えた。
とそんな風に考えていた一向にであったが、工場内にベルが鳴り響いたと同時に炉の火が止まって作業が停止し、従業員同士のガヤガヤ声が聞こえてきた。
汚れた手袋と作業服の上着を脱いで回収籠に放り込んだ従業員達は一斉に居住区へと向かって行った。
「休憩ですか?」
「いえ、この工場内での本日の勤務は終了です。社長が長時間労働をさせないための考慮として、こちらの工場では4~5時間以内と定めておりますので」
「そうか。従来の鍛冶屋と同じ勤務時間にしているのか」
「はい。このまま居住区でプライベートで暮すのも、もっと稼ぐ為に別の工場作業場へ向かうのも本人達の自由です。ただ、健康管理が出来ていない場合は常駐の医者達に労働禁止の通達を出す事になっております。これも、社長が今まで経験した失敗談の下で行われております」
ノームの使用人女性の説明に、カイは友人の努力と苦労を理解しようと噛み締めていた。
無理やり働かせても駄目で、もっと働きたい者には咎めない。
かつて、遥か昔に異界から来訪してきた偉人達は、奴隷よりも酷くて自由の無い職を選ばされてる異界の苛酷な労働環境の中で生きてきた歴史もあって、長時間労働には忌諱するだろうけど、マシューの働きたい者のみを働いてきちんとした報酬をあげる制度には何も言わないだろう…
カイがそんな風に考えていたら、一人のずんぐりドワーフ体系の中年男性…マシューがやって来た。
「ようきたな!坊主!!」
「マシュー、久しぶりです」
「はっはっはっ!相変わらず坊主は固いな。隣の男…いや、もしや」
「はい、彼女です。ですが…」
「わかっとる。あの子の手配書はこっちにも届いておった。…こほん、良く来たの。”ミハイル”」
「はい。…お久しぶりです、マシュー様」
ミハイル状態のミリーは、マシューの耳元で挨拶した後、硬く握手をして互いにハグをした。
「そして、そちらが例のブエル家の令嬢じゃな?」
「はい、ティファ・ブエルと申します」
「そうかそうか。実はな、カイの手紙に鉄鉱石の値上がり交渉についてだが…今日はさるお方がこちらに来ていてな。今は妻が対応している状況だな」
「さるお方?」
「そこのブエル伯爵令嬢に
マシューがそう言いかけた時、廊下から慌しく走ってくる町の衛兵がやってきた。
「町長!大変であります!!」
「ここでは社長と呼べい」
「はっ!社長!!実は、町の入口にて王国の聖女を率いた聖女隊が視察に来たと言うことです!!」
その話を聞いたカイ達はマシューに目線を合わせ、マシューも頷いてから行動に出た。
「お前達衛兵は従業員達を避難させろ!その後衛兵数人と共に儂と共に来い!」
「バトラ。乗り継いだ馬車を安全な場所に移動した後にティファを。僕は”ミハイル”を傍に控えさせる」
「承知致しました。ティファ様と”ミハイル”、宜しいですかな?」
「ええ。護衛のエスコートをお願い致します」
「”カイ様”の後ろは私が守ります」
各自それぞれが言葉を発したと同時に、それぞれの役割通りに動き出し、フリーデンの入口に居るとされる聖女隊に向かう事にした。
従業員である町民達が避難区域に退避させた後、衛兵達は各持ち場に待機をし、剣の代わりにセントーラが持つマスケット銃よりも新式であるライフル銃を持って何時でも構えて狙撃出来る準備を完了していた。
「衛兵達の訓練は行き届いてるね」
「何でも、セィタンの公爵様が儂等のような町にも訓練指導員を派遣してくれてるからな」
「なんと…セィタン公爵様は僕等のような下級貴族の所にまで軍の指導員を派遣してくださるとは…」
「本格的に内戦を始めるかも知れんな。本国である魔族国にいるドワーフの連中を目を覚ましてやりたいわい」
マシューはカイに対してそう言いながら、町に入ってくる聖女候補三人と全身鎧の騎士達を睨みつけた。
三人の聖女候補を見た時、カイ・ミリー・ティファの三人はクリスとレイアの二人が居ない事にホッとはしてたが、ミリーとティファの二人は三人の顔を選定の儀式時に覚えていた。
三人とも平民出身であり、ミリー達が聖女の力を失った時に追い出した下女達であった。
その事を確認したミリーはティファに耳打ちしていた。
(そういえば、あの時の魅了洗脳された平民の女達の殆どは使用人の下女にされていたね…)
(あの時は気付けませんでしたが、恐らくはそうなりますね)
二人がこそこそと会話をしてるのを余所に、平民の聖女候補達は口を開いてきた。
「ここですか?薄汚い
「あぁん?来て草々に侮蔑とは…聖女様はマナーすら学ばない野蛮人かねぇ?」
マシューが青筋立てながら近づこうとした所をカイは手を上げて後ろに下がらせ、逆にカイが前に出た。
「よくぞおいでになられました、聖女候補様。私はキクルス伯爵領土の次期当主のカイ・キクルスと申します。本日は我がキクルス領土内にあります、このフリーデンの町に何の御用でしょうか?しかも、騎士団の兵を挙げてまで来た上に我が領土の移民達である
カイはやんわりと言葉を選びながら、青筋を立てている事にマシューは気付き、友人であるカイが自分に代わって怒っている事に静かに頭を下げた。
一方の聖女候補達はと言うと、口元を押さえていた扇子を閉じ、カイに向けて閉じた扇子の先を突きつけた。
「無礼なのは其方の方ではないでしょうか?伯爵子息程度ごときが特別階級である聖女に立て付くとはどういう意味でしょうか?それと…そこの眼帯を付けた醜い女は偽の聖女だったティファ・ブエルではありませんか?クリス様の炎で眼を焼かれたのに、まだ生きて居たのですね」
流石の聖女の言葉にカイは頭の沸点を超え、ティファに対して暴言を吐いた聖女候補の頬を叩こうとした。
しかし、その時である…
「醜いのは貴様の方だ。戦いを知らぬ愚かな平民の女。俺の生まれであるセィタン家に従うティファ嬢を侮辱するなら、セィタン家に立て付く事になるぞ」
カイ達の後ろから、2メートル以上の長身で右腕を巨大な機械で出来た義手を付けた大男が歩いてきた。
その男の姿を見たティファは驚きの余りに眼を見開きながら声を出した。
「ル、ルーデル・フォン・セィタン閣下…」
ルーデル・フォン・セィタン。
現セィタン公爵の弟で、元セントーラ騎士団の団長を勤め上げた人間。
そして、国内外からは『不死身のルーデル』と恐れられた人物であった…
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