第26話 変わったもの、変わらないもの
おじちゃんの車は川沿いの道を進んで行く。
道が新しくなってるのに気が付く。
遠野駅からおじちゃんの家まで行くには、民家の近くに掛けられた橋を通る道だったのに、田んぼの中を通るように川に橋がかけらていて、近道できるようになっている。狭かった所も、中央線が弾けるほど広くなっていて快適になっている。
「道が新しくなってるね」
僕に話しかけられて、おじちゃんは少し驚いている。
見損なってもらっては困る。これぐらいのことなら、すぐに機嫌を直せる。僕の横に座っている貴方の妹に鍛えられているからなんともない。
「よく覚えてるな」
「うん」
「花巻からここまでいい道路もできて、本当に助かってるよ」
普段から道路を使っている人の口からショベルカーやローラー車が活躍した証を聞けて、僕もなぜだか嬉しくなる。三番目のおじちゃんと同じ仕事をしている人達が、これを作っているんだ。
見覚えのある集落が近づいてくる。
小学校を過ぎたからもう少しだ。
「もうそろそろ着くぞ」
おじちゃんの言葉通り、車は一軒家へと入っていく。
車の音を聞き付けたのか、亮兄ちゃんが家から出てきた。
僕の身長も伸びたけれど、亮兄ちゃんの方が身長が伸びている。けれども、顔は思い出のままで、ちっとも変わっていない。
窓越しに目があうとニヤリと笑ってきた。僕も笑い返す。
「亮兄ちゃんこんにちは」
「日和ちゃんこんにちは。ゆっくりしていってね」
人見知りとは無縁の日和はそつなく挨拶をする。亮兄ちゃんもきちんと挨拶を返す。
「おばちゃん、こんにちは。遠いところから来てくれてありがとうございます」
「亮君こんにちは。そんな挨拶ができるなんて大人になったね」
亮兄ちゃんはぺこりと頭を下げる。
お母さんにも上手に挨拶をする亮兄ちゃんに驚いた。
地元の小学六年生も、僕から見たらかなりお兄ちゃんだ。これぐらいの挨拶をする人はいる。でも、前のヤンチャなイメージと大分かけ離れていたので、一緒になって遊んでくれるか少し不安になった。
トランクから自分のチュックを背負い込むと、亮兄ちゃんの方へ歩いていく。
「よく来たな」
腕を組んで少し顎をあげ、仁王立ちで僕に挨拶をしてくる。
僕の心配は一瞬で吹き飛んだ。
「うん、また一緒に遊んでね」
僕も真似をするように腕を組んで挨拶を返す。亮兄ちゃんの態度はすごく嬉しかった。
初めて会った時のような、誰だコイツという雰囲気は全くない。ぶっきらぼうな態度は、僕のことを仲間だと思ってくれているからだ。
月日が幾つ経とうと一度仲間になったのだから、俺達は仲間のままだ。
そう言ってもらえているようで、それが本当に嬉しかった。
「まかせろ」
そう言うと、がっしりと僕の肩を掴んだ。
肩から伝わる懐かしい痛みから、あの時よりも力が強くなったのが分かる。
男と男の友情の証を刻んだ僕達にはこれぐらいでいいし、これ以上の言葉は不要だ。語らずともたった一つの行動だけでお互い分かり合え、心はあの時を思い出してすぐに繋がる。人に言えない秘密を共有することで二人の絆は深くなる。僕達は運命共同体なんだ。
肩を組み返そうとしたけれど、それはちょっと違う気がしてそのままの状態で僕達は玄関へ向かった。
「かっわいいー」
日和の大きな声が、玄関先からでも聞こえる。
家の中に入ると、紗栄子おばちゃんに抱き抱えられている、赤ちゃんのほっぺをぷにぷにと押している。
「紗栄子おばちゃん、こんにちは。お久しぶりです」
「あらヒロ君。よぐおでってけぇだごと~」
挨拶が済むと、赤ちゃんをこっちに見せてくれた。
まだ小さいのに二重だと分かるパッチリとした目に、少し茶色がかった瞳。雪のように白い肌とは対照的に、まだ生え揃っていない髪の毛は真っ黒だ。
おじちゃんがデレるのも分かるほど可愛い。
お母さんとおばちゃんもよく似ていて、知らない人に日和がおばちゃんの子供だと言ったら誰もが信じると思う。
顔の似ている人達が、お母さんと顔のそっくりな赤ちゃんをあやしている光景が妙に面白かった。
「岩手んばぁと岩手のおばちゃんは?」
挨拶をしようと探したけれど見当たらない。家の近くある畑にもいないみたいだった。
「今晩の夕食の材料で買い忘れたものがあったらしくって、買いものに出かけてすれ違いになったみたい」
「お前達に美味いもんを食べさせたいんだろ」
「その優しさはありがたいけど、娘が帰ってくるんだから顔を見てから出かければいいのに。本当にせっかちな人」
「帰ってきたら娘とゆっくりと話がしたいから、先に用事を済ませたかったんじゃねえか?」
「どちらにしろ、落ち着きがない人よね」
「働き者ってことだ」
二人が隙間なく話をするためか、紗栄子おばちゃんは話を聞くだけになっている。なんとなくこの兄妹の関係性が見えてきた。
僕達の泊まる部屋に荷物を置いてから、みんながいる居間に向かった。
「いい、いい。いいって、私がやるから。あんたは娘の世話をしてな」
炬燵布団が外された掘り炬燵に足を突っ込もうとしたら、台所の方からお母さんの声が聞こえてきた。
「兄さんお茶でいい?」
「おぉ、頼む」
「あんた達は?」
僕達が何を飲むか聞いているみたいだ。
「私もお手伝いする」
日和は台所の方へ向かった。赤ちゃんのミルクを作るのを手伝いたいみたいだ。
麦茶がいい。僕が何を飲むか答えようとしていたら「おい」と声をかけられた。
声がした方へ振り返る。
亮兄ちゃんが親指を外に向けて、二度ほどクイックイッと振る。
「了解」
僕は大きく頷く。
余計な事を話すほど野暮じゃない。僕達の会話はこれだけで十分だ。
「母ちゃん、俺いらない。それより亮兄ちゃんと遊んでくる」
仲間の前でお母さんなんて言ったらバカにされる。
「暗くなる前に帰ってくるのよ」
台所からいつもと変わらない声が聞こえた。
「分かった」
僕は亮兄ちゃんに置いていかれないように全速力で後を追った。
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