第22話 仙人が乗るもの

「へー、そんな事があったんだな。ヒロ君も乗り物が好きなんだな」

「うん、大好き」


 今度は僕の番とばかりに、シートベルトを限界まで伸ばして前屈みになり、ここまでの旅の思い出をおじちゃんに語った。


「おんちゃんも小さい時は大型のトラック乗りになりたかったんだよ。煌びやかな電飾をつけて見事な絵を描いてさ、日本を自分の庭みたいに走り回るってのが夢でね」

「それ知ってる。デコトラってやつだね」

「おっ、よく知ってるね。西は九州、北は青森まで、日本全国津々浦々。美味しいものを食べて、その土地土地でのラブロマンスなんかに憧れたもんだ」


 おじちゃんは大きなシフトレバーを操作する振りをした後に、大きく円を描くように手を回し、ハンドルの上でその手を滑らしながら大袈裟にハンドルを切る。


「いけないんだ」

「いやぁー、参ったな。日和ちゃん、昔の話だよ、昔の。それも大昔の話な」


 岩手のおじちゃんは日和の思いがけないツッコミに、慌てながらも嬉しそうだ。


「それならSLに乗れなかったのは残念だったな。ものは試しに乗ってみたけれど、良かったぞ。亮も喜んでたからな」

「亮兄ちゃんも乗ったんだ。いいなぁ」


 話を変えたそうな岩手のおじちゃんに、僕も話を合わせる。


「SLに乗れなかったのは他のところでも走ってるし、終わっちゃったならしょうがないって諦めはつくけれど、めがね橋を通る姿は見たかったって思います」

「そうだよな、あれはあそこでしか見られない景色だからな。でも、SLじゃなくても釜石線は他とは違うぞ。この先の上有住から陸中大橋の間は乗ってるだけで面白いから、今度乗ってみろ。仙人峠の山間部をグイグイって登ったり降りたりってのはいいぞ」

「仙人峠!」


 僕の目は輝く。


 遠野に来て早くも手がかりが掴めそうだ。謎の解決は案外早いかもしれない。

 あっちゃんにその名を聞いてから頭の片隅にずっと居座り続けている言葉、「岩手のおじちゃんは仙人」その本人から仙人という言葉が出てきた。


「なんだ、仙人峠知ってんのか?」

「ううん、初めて聞いた。それより仙人峠に仙人はいるの?」

「なんだ、仙人の方が気になったのか。昔話だとその峠に仙人がいたとか言われてるけんど、今は残念ながらいねえなぁ。仙人が居そうなほど、山は深いけどな。だから景色も最高だ」

「そうなんだ、乗ってみたい」


 お母さんの方を見たら、「今回は時間がないから、また今度ね」と言われた。


 今回の僕の目標は仙人から必殺技を教えてもらうことだ。仙人峠の事は次回のお楽しみにとっておこう。楽しみは多い方がいい。


「仙人に会えたら必殺技を教えてもらえるかな?」


 たまらず僕は質問を続ける。


「必殺技かぁ、教えてもらえるか分かんねぇなぁ」

「そうだよね」


 しまった、気持ちが焦ってしまった。あっちゃんの『仙人攻略法』に焦らず攻めろと書いてあったのを思い出して反省する。


「でもよ…」

「なになに?」


 まだ、諦めるのには早いかもしれない。


「必殺技は無理かもしれねぇけんど、筋斗雲なら貰えっかも知んねえなぁ」

「筋斗雲?」


 期待していた言葉じゃなかった。でも、がっかりとした態度を見せてはダメだ。


「なんだ、知らねぇのか?雲の乗り物だ」


 筋斗雲ぐらいなら僕でも知っている。


「如意棒と筋斗雲のやつ?…ですか?」

「それだ、それ。最高の乗り物が手に入っかも知んねぇぞ」


 おじちゃんは、自分が話している子供騙しに笑っている。


「ヒロ君の心は綺麗か?」

「うーん、分かんない。綺麗だと思う。どうして?」

「筋斗雲には心が綺麗な人しか乗れねえからな。それに、いい子にしてたらまたSLも走るかもな。だから、いい子にしてるんだぞ」


 さすがは兄妹。お母さんと同じようなことを言っている。


「分かった。いい子にします」


 残念だけれど、それはそうだ。とここで話を聞くのは一旦諦める。

 みんなもいるし、いくら妹の子供だとしても、こいつに言っても大丈夫だ。と安心してもらえるまでは仙人の話をする訳がない。自分が仙人だとバラした相手の口が軽くて、みんなに言いふらしたら困るはずだ。


「前回来た時のこと覚えてっか?」


 僕の予想通り、おじちゃんは話を変えてしまった。


「あんまり覚えていないけれど、なんとなくだけれど覚えてる。おしらさまの話が怖かった」

「ばっちゃのとこさ行った時の話か?」

「うん。あの話が怖くて、他はあんまり覚えていないです」


 半分は本当で半分は嘘だ。


 楽しい思い出もあったけれど、そうじゃない思い出もあった。

 忘れたい思い出は、覚えていないことにする。


「日和ちゃんは?」

「あんまり覚えてない」

「そぉかあ、そりゃ残念だったな」

「でも真っ白だった」

「そうだったなぁ、大雪が降って家の周りは真っ白だったなぁ」


 また余計なことを日和が言った。


「日和は雉を見て泣いてたじゃん」

「そうだった、そうだった。居間に飾ってある剥製見て泣いちゃったなぁ」

「雉っていっぱいいるんでしょ?今度は生きているのが見たい」

「山に行けば見れると思うぞ。なんたって県の鳥だからな」


 どうにか雪がらみの話題から反らせそうだ。


「雉のことは覚えてないけど、また雪だるま作りたい」


 そう思ったのも束の間。話題は振り出しに戻る。


「お母さんから聞いたけれどスキーで登校しちゃダメだってのは本当なんでしょ?」


 僕も負けじと、再び試みる。


「校則で決まってたのもあるけど、まあそんなヤツはいねかったなあ。でも、スキー履いて線路渡ると踏切が誤作動起こして閉まるのは本当だぞ」


 おじちゃんは優しい。さっきから乗り物がらみの話をしてくれる。


「それ本当なの?」

「おうさ」

「その後はどうなるの?勝手に踏切は上がるの?」

「流石にそこまでは知んねなぁ。駐在さんに連れてかれて、こっぴどくやられるかもしんねぇからヒロ君はやんなよ」


 おじちゃんは笑った。


「スキーもだけど、こんな雪国にピカピカの金具が付いた革の靴履いてきちゃだめよなぁ」


 この話が出てしまった。

 この流れはどう足掻いても変えられそうにない。

 乗り物がらみの話は、車に乗ってから直ぐに使い果たした。


 ヒーローは必殺技を使って最後に敵を倒す。

 それは、何かがある時の為にとっておきは残しておく。


 後の祭りだけれど、また一つ勉強になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る