第14話 駅弁の秘密
もう少しで郡山に着くというところで、車内の雰囲気が変わってくる。静かになりつつあった車内から、楽しそうな声がちらほらと聞こえだす。
電車好きのたっつんだったら、「郡山の次に止まる福島駅で『やまびこ』と『つばさ』の切り離しがあるから、それをみんなが楽しみにしている」なんて言いそうだけれど、盛岡行きのこの新幹線は初めから、連結運転がされていない。それに、やまびこ・つばさと聞いて東北新幹線と山形新幹線を思い浮かべる人がこの車両にどれだけいるかは、乗っている人の雰囲気で何となく分かる。
「少し早いけれど、私達もそろそろお昼にしましょうか」
景色を眺める事しか出来ない状況に飽き始めた日和のために、お母さんは声をかける。
外の世界を夢見る塔の上のお姫さまは、その一言に笑顔を取り戻す。クルッとこちらを振り向くと、「わーい」と一旦両手を上げてから、嬉しそうに小さく拍手する。
気の早い日和は、席についているテーブルを倒す。乗った時はやり方を僕が教えたぐらいなのに、珍しがって何度も倒したり直したりを繰り返していたから今ではお手のものだ。
「ねぇねぇ、やまびことつばさって聞いたら何を思い浮かべる」
日和に聞いたって初めから無駄だから、棚からビニル袋を取ろうと立ち上がったお母さんに質問してみる。
「山彦と翼?山彦っていったら山でしょ。それに翼があるのは鳥だから、登山とか遠足とかかなぁ。あっ、野鳥を見る会とかもあるかも」
お母さんは自分の言ったことに対して、独りで勝手に笑っている。
独りで笑うのはお母さんぐらいだと思うけれど、他の人に聞いたって大体こんな感じだろう。
「それじゃあ、はやぶさとこまちは?」
お母さんの邪魔にならないように体を避けながら、もう一つ質問する。
「隼と小町?うーーーん。なんだろ?思いつかないな」
お母さんが荷物を取り上げたのを確認すると、僕もテーブルを倒す。その上に駅弁の入ったビニル袋が置かれる。
「それって連想ゲームか何か?」
「ちょっと違うけれど、だいたいそんな感じ」
このクイズのヒントはこの袋の中に入っている。
僕は、赤色の駅弁を日和のテーブルの上に置いて、緑色の駅弁を自分のテーブルの上に置く。残った大人用の駅弁をお母さんに手渡す。
「はい、これで手を拭いて」
お母さんから受け取ったウェットティッシュで日和が手を拭いている隙に、破らないように外箱を外して駅弁の蓋を開けてやる。中には日和の好物のエビフライの他に、ハンバーグやゼリーまでついている。同じようにして僕の駅弁を開けたけれど、なかなか開かなくて、壊さないようにするのが大変だった。
僕もエビフライが食べたかったけれど、何があってもこの駅弁を買うって決めていたから全然問題ない。
「それじゃあ、いただきましょうか」
「うん、いただきます」
「いただきまーす」
日和はエビフライにガブリと食いつく。僕はケチャップライスをすくって口に運ぶ。お母さんは、高そうなお肉を「家に残してきたみんなに申し訳ないな」と美味しそうに食べている。
やっぱり駅弁は最高だ。
楽しい気持ちととカッコいいという気持ちがプラスされて、何倍にも美味しく感じられる。
日和と僕は、岩手に着いたら何をするか話しながらお弁当をどんどんと口に運んだ。普段の日和だったら残してしまいそうな量だったのに、全部平らげてしまいそうな勢いだ。
お母さんは、「すごい」と目を丸くして驚いていた。
「今度から日和がご飯を食べなかったら新幹線に乗せようかしら」
「それいいね、賛成!今度からそうしよう」
お母さんは冗談かもしれないけれど、僕は本気で賛成している。
二人の視線の先にいる日和は、何も言わずにお澄まし顔でデザートのゼリーを食べている。
他の席からも駅弁を食べる準備をする音や、美味しそうに駅弁の中身の話とか楽しげな会話が聞こえてくる。
日和だけじゃなくて、車内にいるみんなが新幹線の魔法にかかっているみたいだ。
こんな素敵な魔法が使えるなんて、お前はすごいなと駅弁の蓋を撫でる。
僕は食べ終わった二つの駅弁をお母さんのとは別の袋に入れて、壊れないように大切にリュックへ仕舞った。
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