第63話 現場検証(後編)
善杖さんが不法侵入者を捕まえた後、僕らは当日に真行寺さんと蘭虎さんが通ったルートを移動した。
「一階は、まだ数が限られていたが、ここに固まっていたんだ」
真行寺さんが指差した先は、サンシャインシティの二階にあるアミューズメント施設だ。
魔薬入りのエナジードリンクを受け取った人の多くが若い人たちだったようで、ここで多くヒヒが発生してしまったらしい。
そして施設の構造上、出入口が限られてしまっていたせいで、多くの人が逃げられずに犠牲になったそうだ。
施設の中に足を踏み入れると、どこもかしこもメチャメチャに壊されていて、床一面が乾いた血で黒ずんでいた。
「蘭虎さん、ここでは何頭倒したんですか?」
「覚えてないわ。次から次だったし、数えている余裕も無かったわ」
蘭虎さんの言葉を裏付けるように、壁のあちこちに大きな弾痕が残されている。
デザートイーグルの弾丸さえ絡め取ったというヒヒの体毛も、アンチマテリアルライフルの至近弾には成す術が無かったのだろう。
黒帽子との初対決の時には苦渋を飲まされたが、今回はキッチリとリベンジした形なのだが、蘭虎さんの表情が冴えないのは、倒したヒヒが元は人間だからだろう。
僕自身、六頭のヒヒを殺している。
魔薬によって遺伝子レベルで変質されてしまって、もう元に戻る可能性が無かったとしても、やはり元人間の命を奪ったという事実には変わりはないのだ。
「蘭虎さん、大丈夫ですか?」
「んー……あんまり大丈夫ではないわね」
僕はてっきり大丈夫だと言うかと思ったのだが、蘭虎さんはあっさりと不安を認めた。
「あのヒヒよりも硬い奴が出て来たら、あとは徹甲弾を使うぐらいしか手が無いからね」
「あぁ、そっちの心配ですか」
「当然でしょ、一応勝ったとはいえ肝心の黒帽子には逃げられているし、いつ次の戦いが始まるかもしれないのよ。相手は更に強くなると考えて備えておかなきゃ駄目でしょ」
てっきり元人間の命を奪ったことを気にしているのかと思いきや、蘭虎さんはもう次の戦いを見据えていた。
「あぁ、誠は次とか考えなくてもいいわよ。まだ正式に特務課へ配属された訳じゃないからね」
「でも……たぶん、黒帽子には目を付けられたと思いますよ」
高校も卒業していない僕は、まだ正式な特務課の人員にはなれないが、昨日の戦いで黒帽子は僕を狙って移動してきた。
「そうね……鈴音さん、誠が狙われる確率が増えるんじゃないですか?」
「どうだろうね。誠君、逆に君が黒帽子を探すことは可能かい?」
「黒帽子が魔力を晒していれば可能ですが、見つけたと同時に僕の存在も伝わってしまうと思います」
「黒帽子は誠君の存在を探し当てられると思うかい?」
「僕が魔力を晒していて、その時に黒帽子が探知魔法を使っていれば発見される……いや、そうじゃない。不味いなぁ……」
「どうしたんだい、誠君」
僕らがイベントスペースに立て籠もっている時に、黒帽子が探知魔法を使ったのを思い出した。
最初は弱い探知魔法だったが、回数を重ねるごとに強力な探知魔法になっていき、とうとう反射の魔道具である指輪が反応してしまったのだ。
「それは、あまり好ましい状況ではないね。黒帽子が誠君の家族を誠君だと誤認しかねないということになるね」
「そうですね。護身用に用意したのに、逆に危険に晒してしまっている状態ですね」
「誠君、家族に連絡して、指輪を外してもらった方が良い」
「でも、父さんは出勤してしまっていますし、外しても回収できなければ意味が無いかと……」
「それもそうか、では誠君、今夜のうちに回収しておきたまえ」
「分かりました」
家族から回収した指輪は、異空間収納に入れておこう。
あそこならば、探知魔法を使われたとしても反応しないはずだ。
あとは、今日のうちに黒帽子が探知魔法を使わないのを祈るしかない。
若干の不安を抱えつつ、アミューズメント施設を後にした僕らは、イベントスペースがある階へと移動した。
停止しているエスカレーターを歩いて上がったサンシャイン広場には、黒い戦闘服に身を包んだ人たちが動き回っていた。
真行寺さんが、その一団を指揮している男性に声を掛けた。
「唐橋、少しいいか?」
「あぁ、構わんが、何か用か?」
「昨日はバタバタしていて紹介しそこねたのだが、将来特務課の一員として活動してもらうことになる涼原誠君だ。誠君、こっちは特務課の討伐班の班長、唐橋雅玲だ」
「はじめまして、涼原誠です。よろしくお願いします」
善杖さんと遜色ない巨体の持ち主である唐橋さんに、キッチリ頭を下げて挨拶をした。
「唐橋だ、よろしく。俺達は街に出て来たゴブリンやオークを討伐している。それにしても、特務課の人員とは思えない礼儀正しさだな。願わくば、そのまま特務課に染まらずにいてくれ」
「はぁ、善処します……」
「真行寺、彼が黒帽子を撃退した功労者なのか?」
「そうだ、昨日は家族と遊びに来ていて、たまたま巻き込まれてしまったのだが、誠君が居なかったらどうなっていたことやら」
「いえ、黒帽子を撃退したのは僕の力ではなくて、ルカ師匠が作ってくれた反射の魔道具のおかげです」
僕が左手の薬指に嵌めている……いや、嵌められている反射の魔道具を見せると、唐橋さんが身を屈めて覗き込んできた。
「君は、その歳で妻帯しているのか?」
「いえいえ、違います、ちがいます、この指輪が反射の魔道具なんです」
指輪を見せながら、同じ性能をもつ指輪が母さんを救った状況と、黒帽子が撥ね飛ばされた状況を説明した。
「ヒヒの攻撃だけでなく、黒帽子の攻撃を弾き、その上、防御していた黒い靄まで吹き飛ばしたのか? この指輪が?」
「はい、そうです。これ、結構凄いんですよ」
「真行寺、この指輪をうちの隊員に行き渡るように用意できないか?」
「それは、誠君次第だが……どうかね?」
家族のために用意した時点で、こうした状況は想定しておくべきだったのだろう。
「これは、ちょっと難しいです」
「難しいという理由を教えてくれるかい?」
「これは、天竜というドラゴンの鱗でできています。普通の人では入手困難で、むこうの世界だったら国宝級の品物だそうです」
「ドラゴンの鱗だって!」
唐橋さんだけでなく、真行寺さんも驚きの声を上げた。
そういえば、反射の魔道具を手に入れてきたとは話したが、どんな材質でできているとか詳しい話をしていなかった。
天竜の説明から始まって、天竜の巣や鱗の加工方法などを説明すると、唐橋さんは大きな溜息をもらした。
「はぁ……そんな代物じゃ部下に配る訳にはいかないな。それに黒帽子の襲撃を受ける可能性があるのでは尚更だな」
「誠君、家族から回収した指輪を討伐の時だけ借り受けられないかね」
「でも、それですと一人分足りませんよね?」
「無駄に丈夫な善杖の分を除けば丁度足りる」
「おいおい、か弱い俺様を除け者にするなんて、何を考えていやがる」
特務課の人員を眺めれば、善杖さんを除いた三人が使う方が良い気がするが、近接格闘する善杖さんが使った方が良いような気もする。
僕の家族が身に付けていると、黒帽子に捕捉される心配がでてきてしまった以上、討伐の時などに特務課の皆さんに使ってもらった方が良いのかもしれない。
「とりあえず返事は、僕の家族以外の人間が使っても良いか、ルカ師匠に確認してからでも良いですか?」
「構わないよ、魔薬についても調べてもらわないといけないし、誠君には近いうちに出張してもらわないとならないな」
この後、現場検証は唐橋さんたちも交えて、昼過ぎまで続けられた。
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