第13話 マドンナとの新しい日常
入学から1ヶ月と半ばが過ぎた。側溝にたまった桜の花は消え、通学路が日常の一部に溶け込んだ時期だ。
僕の高校生活は意外に落ち着いたものとなった。初めは詩乃との絡みをからかう同学年がいた。それは時期に収まっていった。中学生の頃はよくいじられている現場を目撃したが、高校生は思っていたより大人なのかもしれない。
「なあ憐、お前詩乃さんとはいつ付き合うんだよ」
椅子にまたがって僕の方を見ながら彼は言ってた。もう目の前の友人くらいしか、いじる人はいない。週一で同じ問答が教室の片隅で繰り広げられる。たまに後ろの出入り口から入ってきた同級生が話に参加することもある。
「言ったろう翼、僕らはそういうんじゃない」
「お前はそういうけどさ、詩乃さんの距離の詰め方、ありゃ正直言って異性に友達としてコミュる感じじゃないぜ」
(それはそうだな)
「ありゃ異性への好意から近寄ってんだよ」
「それはない」
僕の高校生活初めての友達、空谷翼。彼は人気アイドル風のパーマに制服を着崩した容姿をしているためか、女子人気がある。それでいて人当たりがいいから、男子からも好評だ。
(それはない。だって僕らはバディなんだから)
横目で彼女の席を流し見した。席4つと後ろから3番目の位置が彼女の席だ。今は休み時間であるが、決まったメンバーが彼女の周りを囲っている。彼女は自身の後ろにいる女の子に振り返ろうとした。その時、僕と目が合うとウィンクをしてくれた。
「おっ!いつもの見れた」
僕の机を音が反響しない程度に揺らしながら翼が言った。これも最初は冷やかしの対象だったが、目が合うたびにするものだから日常の一つになった。
「そう、いつもの」
「おいバカやめろ!俺にしてどうすんだよ」
僕は翼をからかう目的でウィンクをした。彼は笑いながらいなしてくれる。同時に教室の一部の女子生徒が歓喜の声をしゃくりあげた。翼ほどではないが、僕にも一定層の女の子から支持されている。彼女らは僕と翼が絡むと注目してくる。
やんちゃそうな見た目の翼に対して、僕は中性的な顔立ちをしているらしい。詩乃から僕の顔の感想を聞いたことがある。それは宗明家で彼女に勉強を教えてもらっていた日のことだった。
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「ねぇ、僕と翼が話すと面白がってる女の子たちがいるんだけど、どうしてかわかる?」
「それはあれです。ズバリ!男の子同士のカップリングに萌えている女の子です!」
「それって面白がるようなことなの?」
「面白がっているわけではないと思いますよ。まあ、あんな大っぴらにはしゃぐ子たちは珍しいですけど。女の子の趣向は多岐に渡るんですよ。なので私なりの解釈ですけど、尊がってるんだと思います。真の愛……みたいな!」
「ふーん、そうなんだ。でもなんで僕らなのさ。他にも二人でつるんでる男子がいるじゃないか」
「それは~、ズバリ!顔です!翼君はちゃらちゃらしてて、遊び人って感じの顔ですよね」
「そうか?」
「でね、憐さんは中性的なご尊顔をしていらっしゃるんですよ。眉毛は細めで、でも硬すぎず、おっきな目が優しい雰囲気を漂わせてて~~」
(中性的か、確かに男らしい喉ぼとけはないな)
「それで鼻はちょうど良い大きさで、こう直線的な輪郭を持っていて、顔全体のバランスを取るのに一役買ってるんですよ!口元は柔らかく!それでいて微笑むと口角が上がって、ほんのり赤らんだ唇が~~」
(髪がストレートだからかなと思ったけど、色々あるんだな)
「あと肌は瑞々しくて、柔らかそう!ふんわり感が強調されてるんですよね~。顎はやや小ぶりで、丸みを帯びたフォルムがね、その中性的な雰囲気をひとっっっきわ!際立たせてる!」
(……)
「それからまつげ!長すぎ!私と同じくらいかそれ以上か……そしてなんと言っても~~」
(…………)
「~ということなんです」
「……ん。よくわかった。いや、勉強中にする質問じゃなかったね。続きをしよう」
「了解です!」
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(なんてことがあったな)
ボールペンのクリップをいじりながら、熱が入りすぎた彼女のことを思い出していた。
「まったく、どうして我らがマドンナはお前みたいな性悪を手厚く扱ってるんだろうね」
「性悪とは心外だな。翼に意地悪した覚えはないよ」
「つい数分前のことを忘れたのか?」
「あれは性悪と違うよ。そうだな、強いて言うなら」
僕は翼の方へ身体を乗り出して、口元に手を添えて言った。
「ファンサービス」
「憐!そういうとこだぞ!」
僕は彼のこうした反応が楽しかった。自分で言うのもなんだが、年頃の男の子って感じだ。
(……ごめんな翼。詩乃がグイグイ来るから、ここでバランスを取っておきたいんだよ)
実際、僕の行動はそれなりの効果があるように思う。同性愛者じゃないかと噂が立っているのは好都合だ。
彼女は入学から1週間でクラスのマドンナになった。男の子の人気投票は間違いなく彼女が独占している。そんな状況で彼女は僕に対してやりすぎな程、コンタクトを取ろうとする。それも熱烈に。それはもう嫉妬の嵐だった。
女の子たちは詩乃には寛容だったが、僕には冷たかった。彼女らなりの優しさなのだろう。アプローチしてくる女の子をむげにするな、というのが冷たさの根底にある主張だと僕は考えた。
それが今は丸く収まった。彼らは僕にその気がないことを知ると、マドンナとの関係に発展の兆しを見出した。
彼女らは諦めさせモードに突入し、頼もしい近衛兵へと変わった。
どちらの勢力も僕に関わろうとはせず、一部のモノ好きだけが僕を認めてくれている。
(このくらいがちょうどいいな)
僕は全く寂しさを感じてはいない。ただ気になるとすれば、翼にちょっかいをかけると、詩乃が目元をピクつかせながらこちらを見ることだ。微笑んでいるが、目は笑っていない。僕は角が立たぬことの難しさを、彼女の視線からヒシヒシと感じた。
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