第11話 入学式:お決まりの自己紹介にはご用心

詩乃がどういう結論を出したのか。今はまだ分からない。時間のかかることと推察する。しかし、別れ際の彼女の雰囲気は、僕の知っているものだった。活力に満ちた後ろ姿を見送った。


「はい!私の勝ち!お父ちゃんよっわwww紅恋よりよっわwww」


「浅ましいですねぇ。所詮は子供の遊び。いいですか、大人になると体力の振り方に余念がありません。さぼれるときは適当にさぼって、自分のやりたいことに時間や体力を費やすのが、大人というものです」


「でたよ~妖怪へりくつうんちく親父。お母ちゃん聞いて!お父ちゃんまた負けたのにみとめないの!」


隣の部屋からいつものやりとりが聞こえる。気にせず日記の続きを書いていく。


両親に学校を辞退すること。別の学校に通うこと。安定した収入一本で生活できそうなこと。二人とも深くは詮索しなかった。否、微塵も突っ込まれなかった。そうなのねとか頑張れよといった二言で了解は得た。いつものことだ。信頼されている。僕は一家の大黒柱なのだから。


「紅恋~お父さんにそんなこと言ったらだめよ。もっと効く言葉を選ばないと、でしょ?」


「わかった!」


「家庭内ハラスメントですか?よくないですねぇ。私は強く生きてほしいと願えばこそ、世の中の厳しさを紅恋に教えてあげようとしているのに」


「家族カースト最下層のくせに!負けをみとめろ!」


「効きませんねぇ」


「お兄ちゃんに男としても負けてるくせに!負けをみとめろ!」


「響きませんねぇ」


僕は寝ころんだ状態でうつらうつらと眠くなっていた。もう少し書いたら寝よう。


あと一週間もすれば高校生活が始まる。宗明家に学校で使うものが届くので、三日後に取りに行く手はずだ。その時に改めて護衛のフォーメーションを伝えられる。とはいえ、彼女の父親は表の人間だ。そういったことは僕の方がいい案を出せる。長い協議が予測される。事前にお菓子とか飲み物を用意しておこうか。金はたくさんある。正確には三千万飛んで……


「ざあこ!ざあこ!ざあーこ!みーとーめーろー!!!」


「効かぬ、響かぬ、認めぬ。論が拙いですねぇ~」


「うふふ、あなた、その辺にしたらどうかしら。そろそろ、そのクソ煽りも聞き飽きたわ」


「……ふぅむ。ここは負けを認めましょう」


「やったーーー!」


(Zzz)


「これも大人の対応です。あえて負けるというのは」


「まだ言うか」×2



ーーーーーーーーーーーーーーーー



「……以上を持ちまして、令和○○年度桜蓮学園の入学式を閉会いたします。新入生退場」


「なぁ、あの子可愛かったな」


「それな。髪もすげぇ色してたし、付き合ったらぜってぇ注目されんぞ」


「はぁー、チューしてぇ」


「バカお前、声抑えろ」


雲一つない快晴の元、入学式が執り行われた。花や動物が顔を出し、風さえ僕らを祝福しているような季節だ。


僕ら新入生は上級生の列に囲まれながら体育館をでた。我慢の短い者からひそひそ話が聞こえてくる。


「あの新入生代表の子めちゃやばかったね。私から見ても可愛かった」


「頭もいいんでしょ?代表ってことは」


「髪すごくない?何人だよ」


話題はことさら詩乃さんのことで持ち切りだ。制服を着た彼女は一層可愛く見えた。


ブレザーは淡いピンク色やパステルブルーのような柔らかな色合いで、優しさと華やかさを引き立っている。シルエットは程よく体にフィットし、女子らしい曲線を引き出していた。


スカートはふんわりとしたAラインで、膝上丈にデザインされている。柔らかな生地が揺れるたびに、可愛らしい風情を演出していた。


(さて、ここからだな)


僕と彼女は同じクラスになった。理事長が意図的に配置した形だ。理事長の支援はここまでであり、この先は僕が守ることになる。


(窃盗犯は彼の近しい人物から情報を受け取って犯行に及んだという。詩乃さんがどの高校に行ったかなんて、知られているだろう。刺客が送り込まれているかもしれない。先生か、清掃員か、あるいは……生徒)


ホームルーム中、自己紹介のコーナーがあった。1人が教壇で話し終えると拍手が起こる。僕の番になり、壇上からクラスメイトをさっと観察した。


(刺客はいなさそうだが)


みんな恵まれた環境で育ったであろう、特有の品がある。


「初めまして、白雲憐はくもれんです。みんなと楽しい学校生活が送れたらなと思います」


しかし、スパイのプロならそういった品を再現することは難しくない。


(まあアクションを起こすとしても、ある程度環境が落ち着いてからだろうな)


当たり障りのない内容で終わらせた。ゆっくり観察するとしよう。カジノのイカサマ師を掴まえたように。


順調に自己紹介が進行していったが、1人の生徒が順風な流れを乱した。


宗明詩乃そめいしのです。みなさんと楽しい学校生活が送れたらなと思います」


彼女と夜の噴水場で話して以来、僕らは会っていない。彼女は自身の葛藤にどう向き合ったのか。教壇に上がった姿を見て、僕はそんなことを思っていた。


「入学のきっかけは白雲憐さんでした。憐さんとは幼馴染で一緒によく遊びに出かけました。彼がこの学園を志望していたので入学を決めました。よろしくお願いします」


彼女は軽やかに、それまでの発言者と同じようにお辞儀をした。それはあまりに自然な挙動だったため、語った内容とのギャップに一瞬の静けさを生んだ。クラスメイトはすぐにことの重大さを察してドッと騒がしくなった。


「片思い?!」


「追っかけってこと?」


「おいまじかよ……」


「やっばー!」


男子からは阿鼻叫喚が、女子らはバラエティー豊かな反応が起こった。


(なんだその設定は……聞いてない。周りの視線が痛い。どうすりゃいいんだよ)


僕は瞬間的な感情を表に出さない訓練をしている。そんな僕が、この時ばかりは引きつり笑いがこぼれた。

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