4人目の勇者の仲間になるまで ー異世界転移後に助けた少女は魔王軍幹部でしたー

@kashiba_midori

第1話 異世界転生

どこだろう、ここは?


目を覚ましたところからすべては始まった。


普通は寝たところと同じ場所で目覚めるが、今日はそうではないらしい。


あたりを見渡すと、ここは協会だ。


結婚式会場によく似ている。


こんなところで寝た記憶は無い。


もしかして、これが夢遊病?


突如見知らぬ場所で目が覚めて、その事実から1つの病名にたどり着く。


脳の隅々まで酸素が供給されて脳が覚醒していくのを感じる。


今は病名などどうでもいい。


いや、どうでも良くはないが、先に考えることがある。


ここはどこだ?


昨晩は、俺が主演を演じる映画の撮影のために訪れたホテルで夕食を取っていたはずだ。


なぜかそこからの記憶は無いが、こんな教会の長椅子に寝た覚えはない。


服はいつも寝るときに来ているバスローブだ。


まだ夢の中?


そんな思考が頭をよぎるが、すぐに打ち消される。


こんなに思考がクリアなのだ。


夢であるはずが無い。


それに、夢と疑って、本当に夢である物語は存在しない。


夢であることを疑った時点で、現実なのだ。


念のために長椅子に手を掛けて触ってみるが、触覚もきちんと働いている。


夢の中ではないようだ。


はぁ、どうせなら、異世界で目覚めたかった。


俺が俳優になったのは、物語の勇者になりたいから、子供っぽい理由だ。


だが、この執念が俺をここまで連れてきた。


残念だが、ここは日本だ。


協会の出入り口には緑の非常用ランプが光っている。


そうなると、ここからどうにかしてホテルまで帰らないといけない。


手持ちを確認しても、スマホや財布はない。


スマホがあればタクシーでホテルに帰ることもマネージャーに迎えに来てもらうこともできたのに・・・。


バスローブ姿で外にでることはリスクが高い。


法的にはギリギリセーフだろうけど、人気俳優がとる行動としてはNGだ。


ファンに見つかると格好が格好なだけにどうなるか分からない。


誰かに見つかればSNSのおもちゃにされるに決まっている。


トレンド入り間違いなしだ。


最悪炎上したのち、今撮影中の役からも降板だろう。


この窮地を何事も無く穏便に済まさなければいけない。


部屋には窓が無く、今が何時か分からない。


ここは数百人くらい入れそうな結婚式場で、あたりは薄暗く非常用のランプと間接照明だけが部屋を照らしている。


正面にある白い十字架は一際目立つようにライトアップされている。


信仰心のかけらもないが、こうしてみると神々しく感じる。


ん?誰かいる。


薄暗くて気づかなかったが、古代ローマを連想させる白い服を着た女性が十字架の前で跪き祈りを捧げている。


結婚式場かと思ったが、もしかして本当に協会なのだろうか?


いや、今はここが協会だろうが結婚式場だろうが、俺のやることに変わりはない。


とにかく、トラブルを起こさずにホテルに帰らなければいけない。


未だに信じられないが夢遊病で歩いてここまで来たとするとそれほど遠くないだろう。


この女性に頼んでタクシーを呼べば数分でホテルまで帰れるだろう。


このチャンスを逃す手は無い。


だが、どう声を掛けるべきか。


第一印象は大事だ。


第一印象を決める重要な要素は、性格などの内面では無く、見た目などの外面だ。


顔は悪くない。


自分で言うのはあれだが、顔立ちはいいのだ。


だが、服装がダメだ。


壊滅的だ。


バスローブ姿の時点で、第一印象に期待できそうにない。


祈りを捧げている女性も古代ローマを連想させる服を着ているため、変人である可能性が高いが、ここが協会であの服装が正装である可能性がある。


用心するに越したことはない。


不用意に声を掛けて、不審者扱いからの強姦未遂で刑務所行きになると笑い話にもならない。


もしそうなったら、翌日のニュースは、あの有名俳優が一般女性強姦未遂!できまりだ。


私の輝かしい俳優人生どころか人生に幕が下りかねない。


だが、ここで引き下がるわけにはいかない。


どのみち、ここでじっとしていてもホテルには帰れない。


幸い人は少ない。


このまま、ここにいて人が集まってくる前に行動すべきだ。


行動するしかないのだ。


このまま、待っていても状況は良くならない。


柔らかい声と堂々とした態度で、強姦と間違われないようにすしよう。


これは持論だが、堂々としていれば多少変なことをしていても他人から突っ込まれることはない。


今回の場合では、私は少し変わった服を着ている。


ただそれだけだ。


常識人であればバスローブ姿で外出はしないだろうが、服を着ていることに変わりはない。


そう。服を着ているのだ。


何も変なことはない。


自分の感情を殺せ、様々な役を今まで演じてきたでは無いか。


役を演じろ。


俺がこれまで演じてきた役は、こんな窮地幾度となく乗り越えてきた。


冷静沈着で、少し愛嬌がある感じで話しかけよう。


第一声が悲鳴でなければ、会話さえ出来れば、なんとかなる。


よし、後は実行のみだ。


「すみません、携帯を貸していただけないでしょうか?友人とはぐれてしまいまして、」


叫ばないように祈りながら声を掛けると、予想を遙かに超えた答えが返ってきた。


「明日太郎さん。あなたは選ばれし勇者となりました。」


祈りを捧げていた女性は、立ち上がりこちらを振り向くと語りかけてくる。


「えっ!?」


「混乱されるお気持ちはよくわかります。私が管理している異世界を救ってほしいのです。」


その一言で、俺の不安が吹き飛んだ。


ここは明らかに日本だが、目の前にいる女性は、神の使者か何かで、不思議な力で俺をここに呼び出したのかも知れない。


そう考えると、不審な点が解決する。


俺は夢遊病の兆しなどこれっぽっちも無かったし、ここが協会であることの辻褄も合う。


新聞の1面を飾らなくて済んだのだ。いや違う。


長年の主人公になれる時が来たのだ。


異世界に行くために、女神に呼び出されたのだ。


つまり、異世界転生や異世界転移は実在したのだ。


これが、歓喜せずにいられるだろうか。


俺は様々な役をそつなくこなす人気俳優だが、実は超がつくほどの隠れオタク。


そもそも俺が俳優になったのも小説の中の主人公になりたかったからだ。


今、異世界に行くことでずっと憧れていた漫画の世界の主人公になれる。


今このチャンスを逃してはいけない。


俺は選ばれたのだ。


女性を見ると、私が世界一の美女と崇め奉っている女優に似ている。


神か神に近い存在であろう女性の顔は、完成されている。


そして、その神の顔に似ている彼女もやはり完成されていたのだろう。


非の打ち所がなく、まさに絶世の美女である。


すべてを察した俳優の俺は、バスローブを勇者のマントのようになびかせて、女神の前に跪き、堂々と言う。


「すべてを察しました。お任せください。」


一瞬女神が驚いた顔をしたようにみえた。


あっ、この女神、やっぱり俺の好きな女優に似ている。


相手は神なのだ、俺にとって好ましい姿を形取って現れたのかもしれない。


「察しがよくて助かります。ひとつお聞かせください。なぜ、迷いなく勇者を引き受けてくれるのですか?」


女神なら俺の考えていることなどすべて知っていてもおかしくはないだろう、むしろ知っているからこそ、俺が選ばれたと考えるほうが自然に感じる。


小学生の頃から毎年初詣の際に異世界転生したいと願い続けていた願いが叶ったのだ。


毎年15円のお賽銭は無駄ではなかったのだ。


涙が、あふれ出てきてしまう。


異世界転生などアニメや小説の中だけだ。


せめて、せめて演技の中だけでも主人公になろうと思い妥協で始めた俳優。


最近、漫画の主人公の役を演じることも出てきたが、やはり偽物。


CGばかりで撮影中は白いスクリーンの前で剣に見立てた棒きれを振るくらいだ。


やはり、演技とリアルは違うのだ。


しかし、もう諦めていた夢が叶う可能性が出てきたのだ。


これほど、うれしいことは無いだろう。


幸せの頂とは、今のことだ。


ならば、取り繕わず本音を伝えるべきだ。


俺は女神を見つめ力強く答える。


「私は、生粋のオタクです。ライトノベルによくあるような展開に憧れております。神から頂いたチート能力で勇者となり異世界を救いに行く展開などあるはずがないと諦めておりました。ですが、その夢がかなえられるチャンスが今来たのです。断る理由などありません。」


「・・・・・。」


女神の顔が氷ついた。


しまった。


今の発言では、チート能力を欲しているみたいではないか。


今の反応から、チート能力はもらえないようだ。


それもそうだ。


チート能力は世界のバランスを壊しかねない。


現実はそこまで甘くないようだ。


だがしかし、チート能力をもらえない程度で夢を諦める理由にはならない。


私は、物語の主人公になりたくて、日本有数の俳優まで成り上がったのだ。


異世界でも必ず成り上がってみせる。


「女神さま、チート能力がもらえなくても、私は勇者を希望します。どうか私を異世界に連れて行ってください。」


「ブッ、もうむり、アハハハハハ。あなた、分かったからってそれはひどいわ。」


急に女神が笑い始めた。


なぜ女神様が笑い始めたのか理解が追いつかない。


自分はそんなに変なことを言ったのだろうか?


早く異世界に連れて行ってほしいものだ。


ガッチャン


「すみませーん。ドッキリでーす。クスクスクスクス。」


扉の開く音とともに部屋が明るくなる。


背後の扉からプラカードを持った芸人とカメラマンがにやけながら入ってきた。


えっ!? どういうことだ??


ドッキリと書かれたプラカードを持った二人が近づいてくる。


俺の表情がよほど面白かったのだろうか、腹を抱えて笑いながら近づいてくる人もいる。


助けを求めるように女神を見ると、好きな女優に似ている女神様ではなく、女神の格好をしたその人だった。


なぜ、今まで気付かなかったのだ。


「あなた、オタクだったのね。これ、生放送だけど大丈夫かしら?」


理解が追いつかず、ぽかんと大きな口を開けていたが、やっと理解が追いついてきた。


終わった。


完全に終わった。


俺は盛大に勘違いをしてしまっていたのだ。


女神が一瞬驚いた顔をしたのは、チート能力を準備していなかったからではない。俺が、のりのりで異世界転生に同意したからだ。


目が覚めて、寝たところと違う場所にいたのは、夢遊病でも異世界転生のために女神に呼び出された空間でもない、ただドッキリスタッフに仕込まれたことだったのだ。


俺はクールキャラを売りにしている俳優なのに、完全にキャラが崩壊してしまった。


役者は、イメージが大切だ。俺の場合はクールキャラを売りにして、今まで様々なクール役を演じてきたが、それも今日まで、もうクール役は回ってこないだろう。


しかも生放送、もう取り返しがつかない。


いや、俳優のキャラ崩壊はまだいい。


本当につらいのは、異世界にいけないことだ。


叶わないと諦めていた夢が叶うと思わされた直後の手のひら返し。


この落差が俺の心をえぐる。


1分前が幸せの頂なら、今は地獄のどん底だ。


やはり、異世界転生など絵空事でしかないのか・・・。


そこに、追い打ちを掛けるような、生放送。


窓の外を見ると登り掛けていたと思い込んでいた太陽は沈んでいた。


俺の俳優人生と夢が終わった。


全国の茶の間に笑いを届けて終了した。


そんなの、あんまりだ。


俺のお賽銭返せよ。


全く、意味が無かったでは無いか。


「いやだぁぁぁぁぁぁぁ。」


ブツン


俺の思考はそこで途絶えた。




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