(2)「振りですかぁ?」 「振りじゃねぇ」
ユッキー、もといユキさん起床。彼女は雪女だ。
「はいぃ。いったいどうなってるんですかぁ?」
こきっ、と聞きなれない音が足元からする。寝返りを打とうとしているらしい。朝に弱く、それ以前に元々ちょっと頭の弱い子だ。少しくらい動きにくかったところで構わず寝返ろうとするだろう。事実、足への痛みは増していく。
「ユキ、ストップじゃ! ストップなのじゃ!」
「動くな。それ以上動くんじゃない」
「はい? どうしてですぅ?」
口で説明したところで寝ぼけたユキに伝わるかどうかは疑問だが、とりあえず言ってみることにした。
「いいか、よく聞け。お前ら妖怪どもが妖怪の分際で卑しくも人間のように炬燵に入ったまま寝るという愚行に走ったおかげでだな」
「その部分は必要なのか?」
ミコが口を挟んできた。
「黙って聞け。で、それでだ。朝目覚めてみたらこの状況だ。僕たちは寝ている間に足を絡ませあったらしい。下手に動くと関節が極まる。いいか、絶対に動くなよ。動かすんじゃないぞ」
「振りですかぁ?」
「振りじゃねえ。いいからそのままの体勢でいなさい。時間が解決してくれる」
「そうですねぇ。千歳さんと足を絡ませ合えるなんて滅多にないですから、もう一生このままでもいいかもですぅ。」
「待て待て! それではうちが困るのじゃ!」
「僕も完全同意だ。この変態から一刻も早く逃げたい。協力して脱出に励もう」
「えぇ~」
ユキが不満そうな声を漏らす。その時、急に悪寒が走った。思わず身震いをする。
「ミコ、そっちに炬燵のスイッチあるだろ? もしかしてオフになってない?」
「なっとらん。絶賛強で稼働中だ。どうかしたかの?」
「入っているならいいんだが。いや何、寒気が。」
言っている間にもどんどん足が冷たくなっていくのが分かる。まるで氷でも当てられているような……。
「あっ」
ユキのせいだ。ユキが起きたからだ。
雪女であるユキは化け狐のミコとは違い、容姿こそそこらの可愛い女子高生と変わりなく、それこそぱっと見は『髪を白銀に染めた不思議系色白美少女』になるわけだがそこは妖怪である。他に漏れず妖怪らしい特性を持ち合わせている。ユキの場合は低体温と、冷気を操るといったところ。ただ朝に弱い子なので、寝ている間と寝起きは体温も人並み。目覚めて本調子になると、体は氷のように冷たくなる。本当、寝ているときは天使みたいなのに、起きて低体温、加えて変態とかはた迷惑な奴だ。
「一生寝ていればいいのに」
「冷たい千歳さんもこれはこれで」
「仕方ない、もう一度眠るがいい。ついでにミコ、すまん」
「は?」
くぃ、と軽く足をひねる。
炬燵の中が暴れ出した。
「いやっ、ちょ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
「くぁっ! ……っ千歳! やめい。止めるのじゃ!」
「止めるんじゃない。今ここでこいつの息の根を止めなければ凍傷の危機だぞ! 足切断だぞ!」
「大げさですぅぅぅぅぅ! あ、でもこういうプレイも嫌いじゃないかも……」
「眠れぇぇぇぇぇぇぇ!」
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
痛む心を押さえつけ、ひたすらひねり続ける。まあでも、たまにはこういう仕打ちも悪くはないかもしれない。僕は相当こいつらから被害を蒙っているわけだし。そう思うと、まだまだこんなものじゃ足りない気がしてくる。よし、次はひねりに緩急をつけて。
「ストップじゃあ!」
そこまで考えていたところで、ミコの絶叫が響き渡った。正月早々うるさいやつだ。
「なんだよ。」
「落ちた! もうユキ落ちたから!」
えっ、と足のひねりを元に戻す。対岸から息を荒くしたミコが言った。
「ここから、なら、はぁ、ユキの顔、が見えるのじゃ、はぁ……はぁ……」
「それで?」
「泡吹いておる」
やりすぎたようだ。あとで謝っておこう。
でも、これで時間を確保した。あとは脱出するだけだ。
「思ったんだが炬燵の中を覗いて足がどんなふうになっているか見れば解決は早いのじゃないか?」
「お主は女子が寝ている炬燵の中を覗こうというのか?」
「気にしないだろ?」
「そう思うなら遠慮せず覗くがいい。無事に出られた暁には、お礼に主を極寒の雪の中へユキと共に裸で放り出してやるからの」
「やめとくよ。そのかわりお前が覗いてくれ。俺の御身足なら見られても大丈夫だから」
「それがの、着物が邪魔でよく見えんのじゃ」
「使えねえな!」
「使えないとは何じゃ」
突然足を激痛が襲った。あまりの痛みに軽く悶絶する。
ミコめ、協定を破棄したな。この罪は重いぞ。厳罰に値する。と思いつつもあまりの痛みにのた打ち回るばかりで反撃ができない。ミコの奴、ここまで容赦ないの? 酷くない? さっきとは違った曲げ方してくるし、ここまで性悪な女狐だとは思わなかった。
「千歳、や、やめ、やめるのじゃあ!」
ミコの声だ。
「やめろって、やめ、くっ、お前がやっているんだろ!」
「違うわ!」
え、じゃあ誰が。
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