▼005『自分が知らない自分の物語』編【02】

◇これまでの話



◇第一章




 ミツキとしては、ちょっと参った状態だった。

 観客席側からの声も、今は歓声ではなくて期待のざわめき。そんな中で自分達はDE子さん達と向かい合って、


「競合って言うから、どんなユニットが来るかと思えば……」


「というか、ミツキさん達だけなの?」



「アー、この時間帯に予約入れてるユニット群の中で、踏破条件に合うパーティが君達2パーティだけだったんだよ。

 そういう場合、先着優先でどっちか先に入れるのも有りだと思ったんだけど、初心者パーティとなると踏破成功率低いからね。

 2パーティ同時出場の方がいいという判断」


「ちなみに先着優先だと、うちの方が優先ね」


「うちは昨日のアレの後で予約ぶっ込んだからねえ……」


「誠に申し訳ないであります」


 何かやったんだろうか。

 否、


 ……ミツキさんのユニットは、昨日のアレで、採取系のミッションをやり直しになってたんだっけ。



「時間的なコストや、準備したものが無駄遣いになったりして、赤字でねー」


 その取り返しとして、ここで予約を入れたのだろうが、


「まさかここに踏破ミッションが置かれることになるとは」


「すまんね。

 今回の踏破条件が外れだった場合、すぐ後ろに検証用の調査隊を差し込みたいんだ。

 今日の午後から再調査で二十四時間。

 その後は検証や推測の会議を設けて土日が潰れるが、上手く行けば月曜には新条件で再出場出来るようになる」


「今回の条件は、――ハズレなの?」


 梅子の問いかけに、図書委員長が苦笑した。


「君達は踏破条件を満たすよう、楽しんでランしてくれ。

 その結果次第だよ。

 そして私達もその結果を見て結論する」


 いいかい。


「まず行動しろ。

 しかし行動せずに考えるな。

 そういうことだ」


「考えてから行動するんじゃないのかい?」


「――我ら全ての行動を感情によって始めるものなり」


 図書委員長が、何も無い空中を右手の指で弾いた。

 左上。

 そこには何も無いが、彼女が言いたい意味は解る。


「キャラシの左上に感情値がある意味、解るだろう?」



 白魔は、図書委員長の言葉に小さく笑った。


「テツコさん、格好つけ過ぎ――」


「クク! 私は初心者に説教するのが好きなんだよ」


 さてまあ、と彼女が皆の前に行く。


「――一応ルーチンとして儀礼ね? 確認事項」


「御願いしまーす」


「御願いしますわ」


 彼女達の言葉に頷いてるテツコの尻尾。

 兎の●尻尾が咲くように軽く震える。

 一年生は素直でいいなあ、とか感動してるんだと思う、多分。

 そしてテツコが表示枠を開いて言う。


「よーし一年諸君。

 今回は気軽な踏破ミッションだ。

 タイムアタックなし。

 参加パーティによるゴールへの全員到達が必須で、ゴール位置は東側、岸壁上のフロアだ。

 今回は初心者用ミッションなのでデバッグスキルはキャンセルしてる。

 メンバーはアタッカーが三人。

 サポートは無しだけど――」


「うちの聖女さんは総合サポーターだからどっちでも大丈夫ね。

 あと、バックアップは私」


「了解。

 ”エンゼルステア”も”しまむら”も、どちらも聖女の加護範囲ってことで”有り”にしとく。

 ――で。今日の大空洞は第一階層が5th-G基準。

 問題無いね?」


 一年生全員が頷いた。でも、


 ……梅子さんが第一階層の経験ほぼゼロだから、そう素直に頷かれるのはちょっと不安かなあ。


 でも”しまむら”の三人組も頷くということは、相手パーティも自パーティも、そのほとんどが第一階層経験者ということになる。

 ならば無知によるミスの暴発は確率低いだろうと、保護者としてはそう納得しておく。


「じゃあ全員、プロテクトシールを貼るといい……、と言いたいけど」


 テツコさんが、ハッチの前に回った、両腕を左右に広げ、口を開く。


「――我ら前を見る者なり!」



 DE子は聞いた。

 地響きのように、空鳴りのように、声の大勢が響いたのを、だ。


「――我ら前を見る者なり!」


 観客席。全ての者達が足を踏み、叫ぶ。


 ――我ら前を見る者なり

   我ら全ての行動を感情によって始め

   我ら理性によって進行し

   我ら意思によって意味づける者なり

   我ら何もかもと手を取り

   我ら生き

   我ら死に

   我ら境界線の上にて泣き

   我ら境界線の上にて笑い

   我ら燃える心を持ち

   我ら可能性を信じ

   我らここに繋がる者である


 ああ、と己は思った。


 ……何となく解る。


 三日前、この通路を行くとき、左右から聞こえてきたこの詞は、まだ意味が解っていなかった。

 だがこの三日間。いろいろあって、何となく解るように思えた。



 完全に解った訳ではない。



 ……これからもきっと、もっと深く”解っていく”んだろうな。


 そういう詞であることが、理解出来たのだ。

 だから、


「Hello World!」


 その声に合わせ、プロテクトシールを貼って、前に出た。

 開いていくハッチの向こうへと、駆け込んで行く。




『――さあ開始されました大空洞攻略、土曜午前の部第四組は本日最初のイベントシークエンスです!

 大空洞第一階層二重未踏破区画へのアタック! 

 鬼が出るか蛇が出るか!

 はたまた何事も無く一年生達の緩いハイキングになるのか!

 正にこの第一階層はカオスの商店街!

 実況は私、東京大空洞学院放送部のボーダーコリー”境子”がお届けします。

 そして解説は何と、あのエンゼルステアからハナコさんです!』


『よお、どいつもこいつも数日振りだな? 生きてっか?』



「ハナコ君は相変わらずですねえ」



 と、きさらぎはMUHS総長という立場上、観客席とは別の関係者席にいた。

 一方、二つほど右に離れた席に座る人影が、こちらに対して右の手を挙げた。


「お? ――久しぶりだな。

 見に来たのか?」


「宙子君と話をしに来た帰りですよ。そうしたら面白い見世物をやっている」


 あ、と己は黒魔に軽く会釈する。


「うちの若い衆が御世話になっております」


「ああ、村様関連か。

 あ、いや、TAKE2か?

 まあどっちにしろ、アンタが上にいてくれれば学校間抗争にはならなくて助かる」


「こういうのも、ハナコ君は”好きにさせとけ”ですからね」


「いろいろとメーワク掛ける。

 ……と、一年組は着地したか。

 特殊系の降下術式の降下や着地なんて、しばらくしてないな私……」




 梅子にとって、降下術式による降下と着地は、不思議なものだった。


 ……私、成文化苦手だなあ。


 なのでよくリアクションする同輩に言わせると、


「――正直、コレ、かなり面白いよね!」


 感覚としては、アレだ。


「落下時はオワアアアア! って感じだったけど、地表近くになったら、トランポリンの上昇する?

 そんな動きで下降?

 着地と同時に術式が切れるから、一気に重量来て尻餅だけど」



「ふふ。

 降下中、遠距離攻撃系がいないと、無防備極まりありませんけどね」



「一応、ステルス結界張ってるから、下からは見えなかった筈」


 と言う自分が尻餅状態から立ち上がるのは、草と石の地面だ。

 草は臑丈。

 所々に石畳にも見える石の平面がある。

 周囲は空で、つまり浮島だ。

 ここは百メートル四方あるだろうか。

 他、空を見渡せば、あまり上下の差がない座標関係で幾つもの島が浮いている。

 どれも底部は鍾乳石のようなものが下がり、そして遙か向こうに、


「あれがゴールだね」



 縦に長い長方形の影がある。

 遠いために青く霞んだあの場所に、これから行く訳だ。

 ふと気になったのは、下の状況だ。

 同じことを考えたのだろう、DE子が、


「下、ワイバーンはどうなってるのかな……?」


 と呟いたと同時に、彼女の顔横に表示枠が出た。


《仮想タスクレベル3:ワイバーンの生態》



「え?」


 何事? とDE子が反応を失う。

 そして数秒すると、表示枠が消えた。


「どういうこと?」


《今 貴方の行動は各空洞内設定に切り替わっています

 常に”判定を行う機会かどうか”判断されている状態です

 今のは 貴方が”ワイバーンの生態”に興味を持ったため その知識を思い出すかどうか 判定しようとしたのですが――》

 

「DE子が、判定するための準備時間を何もせずに過ごしたので、判定しないものと判断されたんですわ。

 だから表示枠が消えましたの」


「アー、起動してから触れずにいると勝手に消える、みたいなアレ」


「一応補足しますけど、判定拒否や失敗の場合、同じ判定は数分出来なくなりますから気を付けた方がいいですわよ?」


《ついでに言うと 判定が成功した後 一定時間おかずに同じスキルの組み合わせで判定を行うと ペナルティでアンサーが大体下がります

 気を付けて下さい》


「単純作業の連続でミスるアレかー……。

 というか”大体”って何?」


「それが下がらない場合もありますの。しかも状況によって違うようで」




『いつものクソ仕様だよな!』


『私達、MLMの気分で生かされてますよね!』



「ともあれ下はどうなっているのかな……」


 自分が言うと、梅子が手を挙げた。


「私の方で判定成功したけど、この時間は大体のワイバーンが寝てるって。

 見張りは起きてるけど、巣を守ってるだけって言うから」


「夜行性……、って訳じゃないよね。

 主に朝と夕方だけ活動するとかいう、アレなのかな」


 ともあれ理解。

 牛子が巨大岩壁の方を指さし、


「行きますわよ?」



 果たしてどのようにして”行く”のか、と思いつつ、己は牛子についていく。

 足下、草群が邪魔だと思ったが、よく見ると石畳状の場所もあるので、そちらを主に踏んでいく。

 空は晴れ。

 太陽は無いから、空が明るいのだと思う。

 だからだろうか、大気もやや温暖。

 走ったら汗を掻くような気温だ。

 そんな場所を歩いていると、


「ハイキング感覚って、そう言われた通りだ……」


「下と上は大違いですわね」


「牛子は、下に行ったことあるの?」


「死に掛けましたわ。

 ――あの巨大岩壁の底。底面部に第二階層へのゲートがありますから、まず第二階層に移動して、そこから帰還しましたの」


 言う彼女の口調には、しかしどことなく楽しんでいたような感も得る。


《TASK:SECRET:牛子の感情(口調)》



 ……そんなのも判定で出るのか!


《交渉の時などに必要です

 感度を全体的に下げるか

 各個人ごとに指定するか

 等々 諸処設定出来ますので御利用下さい》


「……ひょっとして今まで、自分の表情とか、読まれてたりする?」


《さあ? それは相手に聞いて見て下さい》


 まあそういうもんだよね、と思う。

 こういう部分で、ロジックやデジタルではなく、アナログ感が強い。

 要は使う人次第、ということだろう。

 ともあれ歩き、浮島の縁が見えてきた。

 すると視界に入ってくるのは、


「ホントにロープが張ってある!」



 ロープだ。色は赤と白の注連縄。

 ロープの下には、十数メートル間隔で防鳥用の蛇の目風船が吊してある。

 梅子は以前に、別の小空洞で”これ”を利用したことがある。


「他の小空洞でも、これ使ってる処は多いよね」


 と言って辿り着いたのは、橋用ロープの袂だ。

 ロープは登山用。地面には打ち込まれた鉄杭の、その上部にあるフックに堅く結びつけられている。


「ナイロン製だから、渡るときは刃物とか厳禁。

 靴底にも装甲入れてるか確認してね」


「結構、対岸までのロープが弛んでるね……」


『ヤホー。

 ――浮島、実はちょっと移動してるのよね。

 基本は行ったり来たりだけど、その移動マージン分、ロープに余裕をもってあるの』


 表示枠で解説が来た。


『アー、結構いい処に初手降りたね。

 そこからのルート出すから、利用して』


『複数ルートあるんですか?』


『たまに浮島の移動でロープが外れたり、ワイバーンが上がって来たときに引っかけて切っちゃう時があるんだよね。

 だから予備として、どの浮島も二本以上のロープで結んであるんだけど……』


『踏破条件探しに皆が行ったり来たりでロープ追加したり減らしたりしたから、今の配置だとビミョーに一番奥まで最短距離が取れないんだコレが』


『本数多そうですし、整備のミッションも、今後は生じそうですわねえ……』


『ワイバーンさえ上がって来なければ、鉱物系や植物系は安定して採れるもんね。

 うちの土木研が出したプランだと、開幕落下位置に浮島を移動させて、初心者採取用に使えないかとか、そんなネタ』


 ともあれ、と白魔が言った。


『こっちからだと、ちょっと北回り? そんな感じになるから、急ぐ方向でね』



 言われてDE子は、ロープを試すことにした。


 ……綱渡りかな?


 判定としてはどのようなものが出るだろうか。

 というか、実際の動作として、こんなことをした経験はまず無い。

 だとすると判定は出ないだろうな、と思いつつ、


「よ」


 と、杭に近い部分に足を乗せた。すると、


「ンンン?」


 ロープの上に見えない橋が有る。



「おお?」


 と、己は足裏の違和感を確かめるため、ロープ上に左右の足を乗せる。

 するとそこには、やはり見えない橋があった。


 ……これは――。


 板だ。

 吊り橋のように、板を並べた橋が、そこに見えないままある気がする。

 だが、


「――わ!」


 いきなりそれを踏み外した。足がロープではなく地面に落ちるが、空足を踏んだという感覚が足裏に来る。


「……何だ? 今の”踏み外し”……」


 突然に、見えない板橋が無くなったのは、


「……ロープを踏まないと、橋が生じない?」


「正確には、ロープを踏むと足裏に見えない板? が生じるように、加護が張られてる」



■太縄通路

《素人説明で失礼します。

 太縄通路とは 東京五大頂の一角 武蔵勢が開発した技術です

 太縄回廊 注連縄通路 注連縄回廊 などバリエーションや言い方もありますが 統括すると太縄通路とされています

 彼らの住まう 航空都市艦の艦間移動に用いられています

 武蔵側では 艦を結ぶ牽引帯や太縄に重力制御の橋を作っていましたが ここではその派生として ロープを渡る足裏に重力制御の橋板を掛けるようにしています》



「ロープ側に橋を発生させるよりも、足裏にピンポイントで橋を発生させた方が、ローコストですものね」


《ええ

 開発はIZUMOが行い 注連縄ザイルに この杭から術式と加護を供給しています

 定期的に杭の流体燃料を補充する必要がありますが 通常使用量ならば半年は保持されます》


「じゃあロープを踏んでいけば問題無い訳だ」


「あ、先頭、私が行きますわ」


 と、牛子が前に出る。

 次は自分か、と思えば、


『梅子さん二番手ね。

 有事の際、牛子さんとDE子さんが前後に退避出来るから』


『え? その場合、梅子は……』


『私が担いで行きますわよ?』


 自分には無理だ。

 だとすると、牛子の後ろは梅子となるのがベストだが、


 ……こういうのって、術式系が一番後ろだと思ったら、違うんだな……。


 状況による、というものでもあろう。

 白魔先輩がバックアップで良かったと思う。


 ……ハナコさんだと、ここらへんもアバウトかなあ……。




『おおっと、先に移動を開始したのはエンゼルステアですね!

 ハナコさん! 先行しているのをどのように見ますか!?』


『別に昼飯食ってから移動でもいいと思うんだけどなあ。そういうミッションだろ? コレ』


『そういうミッション、とは?』


『御気楽ミッションってことだよ。

 いや、この前の、あたし達がタイムアタックで踏破したランあるだろ?

 あのときに条件として学年やレベル制限付けなかったから、あたしはDE子のレベルアップに丁度いいってDE子をパーティに入れたんだけどさ。

 まあアレで踏破できたのはいいとして、第一階層でアレだけ馬鹿げたランやると、ウケがいい一方でファッションユニットが”引く”んだよな』


『アー、成程。

 確かに第一階層へのアタックを掛ける初心者構成パーティ、及び低レベルパーティは少なくなってますね。

 今回も、エンゼルステアを除けば、しまむらしか居なかった訳ですから』


『そういうことだ。

 あたし達のランは映像としちゃ面白かったろうが、本来なら第一階層から採取ミッションなど簡易ミッションに手を付けるファッションユニットが、アレ見て第一階層から引いちまった。

 これじゃあ第一階層由来の資源確保が上手く回らねえ』


 だから、だ。


『ここでファッションユニットまたは低レベルパーティによる第一階層アタックのランを見せて、再集客だ。

 これで大空洞の経済はまた安定する。

 ――そうだろテツコ』



「コラァ! 仕事してる人をそっちの与太話に巻き込むな!」


 テツコは、表示枠内のハナコが薄笑いで手を振っているのを確認。

 自分の方は、白魔のいるバックアップ用コーナーにて、彼女から得られる第一階層の情報を見ていた処だ。

 そこに今の邪推話は、


「まあ境子の言う通り、アンタ達のラン以降、ファッションユニットの大半は、組んだパーティを地下二階以降に入れるか、他の中空洞や小空洞に回してる。

 大空洞は他の各空洞よりも難度が高いが、それがこの前のランによって可視化されたのだろうね」


「じゃあ、ハナコさんの言う通りなの?」


 否、とこちらは首を横に振るだけだ。


「未踏派区画が消えてないのは事実で、私達の条件割り出しも確かなものだよ。

 でもまあ……」


 ハナコの言う内容に、少しは思う処がある。


「白魔君の処の、あのダークエルフ君、あの子には、悪いことをしたと思ってるよ。

 こっちの踏破ミッションの条件付けが甘くて、ハナコ君にパーティ組み込まれたからね。

 初心者はもっと良いランやアタック、フリーミッションを経てから、ああいう無茶に挑むべきだ」


「あれはハナコさんのせい、ってので良くない?」


「否、こっちの甘さを利用されたのだよ?

 結果、ダークエルフ君は楽しくやってるようだが、私としては、もっと穏やかな流れでも良かったと思うのだ」


 そうとも。


「――もう既に、調査隊ユニットよりも、ファッションユニットの方が遙かに多いのだからね。

 ハナコ君の今の方針は”好きにやればいい”かもしれないが、多くのパーティを送り出している私は、”もっと気楽でいい”と、そう思うのだよ」



 DE子は、空中を渡るロープの上から、周囲を見渡していた。

 先行する梅子や牛子とは、それぞれ結構離れている。


『密集ダメね? 今回だと、前の人と五メートルくらい空けといて』


『五メートルの根拠は何ですの?』


『下からワイバーンが急上昇して当たったとき、五メートル空けておけば、被害は一人で済むと思うの。――あと、前後から食らったときも、密集してたら皆一緒にアウトだけど、それだけ離れてれば何とかなるでしょ?』


『……スポーツで言うポジションってか、陣形ですね』


『そうそうそう。

 話が早くていいねDE子さん』


 褒められてちょっと嬉しい。

 チョロいな、と思うけど、褒められたのは確かなことだ。

 そしてロープの上を歩いていて、気付くことがある。


 ……自分が、警戒役だ。


 これだけ離れていると、梅子も牛子も含めた周囲を視界に収められる。

 それはつまり、


 ……自分が最も、全体を見ているんだ。


『そうそう。

 牛子さんは基本、前方集中ね。

 梅子さんは左右とか確認するけど、牛子さんがちょっと邪魔。

 DE子さんは、出来れば梅子さんの見てるのとは別の方を確認しつつ、二人を含めた全体を見てあげて』


 言われて左右を広く見つつ、下も確認。

 遙か眼下遠く。

 そこには空中に浮かぶ大森林が、やはり青く霞んで見えていた。



 意外と小さい。

 だが石盤通路の幾つか伸びたあれこそが、以前に飛び込んだ竜の巣だ。

 今、空中森林の周囲には、時折小さな飛竜の姿があるが、


 ……こっちには来ないか。


 狩りの時間ではないのだろう。

 こちらから刺激しなければ問題無い。

 すると、


『あ、そっちもう渡ってるんですね。こちらも移動開始しまーす』



 顔横に開いた表示枠には、ミツキとヨネミが写っている。

 静止画だ。そして彼女達の背後には、遠く二つの浮島があり、それらを結ぶロープの上には、


『DE子さん達、小さく写ってるの見えます?』


『あ、解る解る。

 ってことは、ミツキさん達、そっちか』


 左手側、離れた位置にある浮上島に、恐らく彼女達はいるのだろう。

 だが、


『――そちら、ロープはゴール方向にありませんわよね?

 急いだ方がいいんじゃありませんの?』


 その通りだ。

 梅子が表示枠を翳して向こうを撮影。

 ややあってから、


『送った』


『お? ああいるいる、小さく写ってる私達』


『先に行くけど、そっち頑張って』


 言った瞬間だった。

 遠く、破裂するような籠もった音が聞こえた。

 何かと思えば、ミツキ達のいる浮上島の方だ。

 そちらの右端、ゴールに向かう方角の崖縁から、対岸の方へと、白い煙を引いて飛ぶものがある。

 あれは、


「――注連縄通路の発射機!」



 その通りの物が、発射された。

 螺旋を描いて伸びていく細い注連縄と、先端に飛翔する杭。

 それは確実に空を飛び、


『やったあ!』


 対岸へと届いたのだ。


「マジか――!!」


 言っている間に、ミツキ達が注連縄のテンションを確かめる。

 対岸の杭は、どういう仕掛けか、自動的に地面に突き刺さるようだ。


「コレ、こっちは急いだ方が良さそうですわよ?」


 頷きつつ見る視界。

 遠くの浮島で、ミツキがこちらに大きく手を振った。


『行けます――』


『ウワー。

何か凄い!

こっちも急ぐから、そっちも頑張って!』


 振り返ると、牛子と梅子が会釈を返した。

 急いだ方がいい。

 足下への恐れは、その焦りで消えた。


「――あちらは、アレを使って最短距離で行くつもりですわね」


「先行されるよ! 先にゴールされたらどうなるか、解ってる?」



「……ハナコさんに馬鹿にされる?」


『多分、一生言われると思う。

 油断してファッションユニットに負けたザコがいるって』


「じゃあ、急がないと……!」


 そういうことなのだ。




◇これからの話


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る