▼004『世界が変わるたった一日のこと』編【03】

◇これまでの話








◇第三章




「店が、地下に降りていく……!?」


 おかしい、と己は思った。


 ……いや、この建物、明らかにそういう構造してなかったよね!


 だが、


「合体ロボとか特撮のコクピット移動みたいで格好いいよな、コレ!」


「――北側店舗の共同使用する隠れ里”引き込み線”訓練所にようこそ、って感じだな」


 言ってる間に、天井側が閉じていく。

 移動したのは客席側と、カウンターの内部。

 壁や、軽食屋のカウンターは上に置き去りだ。

 降りていく下。そこにあるものが見えた。



 ……板張りの空間と、左右に長いコンクリートの通路?


 どういうことだろうか。

 答えは無く、だがまだ下降は止まらず、動けない。

 そしてカウンターが、下から来た。

 地下の板張りフロアに接地されている別のカウンターが、生えてくるかのように合致する。

 震動と共に出来上がるのは、地下空間に作られたオープンカウンターで、


「――スポーツアイスパーラー”アイスガンジー”。補給にいいフレーバー揃えてるぜ?」



「どういう……」



「――”隙間”の概念だ」


 と、黒魔先輩が、左右の手をぎりぎり合わせる処で止める。

 その両手を右の眼前に翳し、


「細い隙間も、こうして中を覗き込むと奥が広く感じるだろ? その”感覚”を現実化してる」


「立川は元々、米軍基地があってな? そこに向かう引き込み線が西立川駅の方を通ってたんだよ。

 そして米軍が”撤収”した際、そこに空いた”隙間”を地下に押し込んで”ここ”が出来たって、訳だ」


「DE子さんの住んでる南側は、やっぱり同じような通路で、浅間神社や東京大空洞UCATと繋がってるのね。一応、こことも行き来出来るけど」


 何が何やら、という感じだ。


「……何でそんな派手な仕込みを?」


「00年代、大空洞範囲は各国各組織が手を出してきた場所でな? 東京五大頂と組んだ中央大空洞自治体は、地下通路を”隙間に仕込む”ことで対応、行き来や連絡の場としたんだ」


「その”隙間”の内、デカい空間を”隠れ里”って呼ぶんだが、ここはその一つな」


「……荒れてた時期に作られた仕掛けの再利用、って処ですか」


 ですわね、と牛子が頷いた。表示枠でアイスのメニューを見ている梅子を横に、


「川崎? そちらにはこういう仕掛け、ありませんでしたの?」


「アー、確かに学校とか公園の地下に地元用航空艦のドックや建造所があったな……」


 あれと同じだと思うと、何となく親近感が湧いた。


「近所の”基地”みたいなもんですね。――でも、ええと、ここで?」


「お前のレベルアップ処理の続きと、いいもの教えてやる」


 それは、


「――”世界に抗う方法”、だ」



 こっち来い、と言ったハナコについていく。

 席を立ち、板張りフロアからコンクリートの通路へ。遠くには壁が見えて行き止まりだが、



「あまり周囲を見過ぎるな。

 今、あたし達しかいねえし、制御も”ガンジー”だけだ。

 いろいろ確定してねえから感覚で広さが変わるんで、周囲に気を取られると遠近狂うし、上に戻ったとき酔うぞ」


「あ、じゃあ奥の照明消しとくわ」


 その通りになった。

 背景に薄暗い通路を置き、ハナコが宙に手を翳す。

 すると、


「流体マテリアルで作った350ml缶。――このくらいか?」


 流体で出来た青白く光る円筒が、彼女の手に射出される。



 いきなりのことだ。こちらとしては首を傾げ、


「……術式です?」


「この訓練場は、こういう訓練用のダミーを登録リストから呼び出せるんだよ。

 空間広く作って町くらいは再現出来るからな?」


「五店舗くらい協働しねえと駄目だけどな」


 だなあ、とハナコが小さく笑う。その上で彼女はこちらに対し、


「DE子、ちょっと真剣くれ」


「え? あ、ハイ」


 頷き、気を引き締める。



 すると視界の中央でハナコが流体缶をアンダースローで構え、


「ほれ」


「あ、ハイ。――ハイ」


 と、ちょっと馬鹿になった気分で缶をキャッチ。

 手にした流体缶は、不思議な事にやや冷たくて、そして重さはちゃんと中に350mlが詰まってるようだ。

 手の中で、しかし缶が消える。

 光に散る。

 代わりというように、別の缶をハナコが構えた。


「今、キャッチしたな? あ、真剣保て」


「あ、ハイ。――キャッチしました」


 言っていると、白魔先輩が視界の隅で動いた。

 表示枠で何か店長に注文した上で、軽くこちらに手を上げる。 


「DE子さん。ちょっと違和感出るかもだけど、気にせずいてね? そしてハナコさんに傾注」



 ……違和感?


 何だろう。

 まあ、それを知るための時間なのだと思うことにする。だから、ハナコに視線を向け、


「――御願いします」


「ほれ」


 と投げてきた。しかしそのスローは先ほどと違う。

 缶が、緩く回転しているのだ。


 ……回ってる。


 だけど緩い。

 ならばこのくらいキャッチ出来るだろうと、己は確保位置を確定するために半歩前に。その上で両手を伸ばし、


 ……ん?



 何だろう。

 全身が、不意のズレを感じた。



 ズレだ。

 震動ではなく、振動でもなく。

 全身がどこもかしこもパラフィンのような薄いもので包まれて行く、そんな錯覚。

 本来の動作が、薄皮一枚、こちらの意思とは望まぬ変動を加えられるみたいで、


「わ!」


 失敗した。

 流体缶をキャッチ出来ず、胸に当たる。

 が、その直前で流体缶が光に弾けて消えた。



 キャッチ失敗だ。

 だけど自分はこう思った。今の失敗についてだが、


 ……今のは、”キャッチ出来なかった”んじゃない!


 今のは、こういう感覚だ。


「……”失敗”した?」



 ”キャッチ出来なかった”ということと、”失敗”したということ。

 この違い。

 自分としては、今の結果は前者であると思いそうになるが、


 ……そうじゃない! ”失敗”だよな、今の!


 しかし何だろう。

 上手く、両者の差が言語化出来ない。

 だけど、


「――何となく解ってるな? じゃあ、次行くぞ? そしたら種明かししてやる」


「え? あ、ハイ!」


 頷き、身構える。

 だがハナコが手を左右に振った。思い切り振りかぶって、


「ちょっと防御姿勢取れ」


「は? いや、防御姿勢で?」


「おーい、真剣、そして防御な? 同じの投げるから」


「あ、ハイハイ」



《――白魔様のホストで言定状態に移行しました》



《やるんだ……?》


《何やるか大体解ってますけど、……ちょっと流れが早くありません? 理解出来ますの?》


《DE子さん、かなり素直な人?》


《つーか一昨日ハナコがやらかした通り、今日はノーマルフォームでも前バアって開けて来たから、あんまし疑問に思わんタイプなんだろうな》


《あれは、そういうものでしたの? ちょっと疑った方がいいと思いますのよ?》


《だよなあ。牛子とか、何か試そうとすると”何でですの?”って邪気なく問うてくるからなあ……》


《な、何事もコントロールは自分に置いておきたいものですのよ!》


《でもハナコ様も、随分楽しそうですよね》


《ん。何となく、それは解る》



《――言定状態を解除しました》



 ……キャッチ出来ないとヤバいよなあ。


「両手キャッチな。――ほら」


 と、不意打ちのようにいきなり来た。

 右手オーバースロー。

 先ほどと同じ緩い回転。そして、


 ……あ、マズイ。


 と、そう思えるタイミングだった。

 ちょっと用意がなかった。しかし、


「……お?」


 腰を落とし、”己”は構えた



 ……体が、自動的に動いてる!?

 

 そうだ。

 全身が、各部、順を追って動いていく。


 ……まずは――。

 

 脚だ。

 脚が、肩幅よりやや広く”立った”。

 そして腰が落ち、膝をやや前に。

 続く動作は踵を浮かせる。

 その上で両肩が前に出る。

 肘が左右に広がる。

 左右からの手が八の字を作り、顔前に翳される。

 何か表示枠が自分の横に射出されたのが見えた。

 同じタイミングで缶が来た。

 応じる己の体は、


 ……どう動く!?


 疑問への回答は、腰を後ろに、背ごと引くことだった。

 結果として、全身は一つの挙動を作る。



 爪先で、後ろに身をステップ。

 缶をキャッチするための、良い位置を”とった”。



「――――」


 手の中に缶が来た。

 左右の手を網のようにしてキャッチ。

 取った。

 直後に全身の重量が実感出来た。


 ……主導権がこっちに戻った!?

 

 その通りだ。

 だから己は息を吐き、 


「――と!」


 身を起こし、軽く後ろにステップ。

 両手には流体の缶がある。



「どうだよ? 一連の挙動」


 結果は解りきっている。

 飛来した缶をキャッチしたのだ。

 受け取った。

 ホールドしている。

 だけど自分はこう感想した。


「……何も”してない”のに成功”した”!?」



 両手の間で光に散っていく流体缶を掴んだまま、己は問うた。


「――ハイ種明かしの時間です!? 宜しく御願いします!」


「お前、ノリがいいな。

 ――でも今の、何か違和感あったか?」


「ありまくりですよ!」


 そっか、とハナコが言った。

 こっちのキャッチ姿勢をそれなりに真似して、


「今の動作とか、やったことあるか? つーか、お前、何かやってた?」


「いや、別に? 地元の友人達との付き合いで3ON3とかたまにやりましたけど、基本ザコみたいな」


「それにしては結構いい受け方だったな」


「”ダークエルフの動作”ってことか」


「そんな個性出るんですか?」


「出る出る。アー、ユムシのオッサンの言う通りかもな、一瞬入ったバックステップ動作、明らかに”やってないと出ない”動きだったし」


「どういうことなんです?」


「ああ、そうだなあ……」


 ハナコが、やや思案した。そして一つ頷き、


「おい白魔、ちょっと説明してやれ。あたし、こういうの苦手だ」


「最悪かつ最低――ッ!」




 まあサブリーダーだもんね、と白魔は納得。

 まずは手元に表示枠を一枚。これは、


「DE子さんのキャラシ。

 実は昨日のミッション入り際で、こっちにちょっと管理権限貰ってるのね。

 いろいろ設定する必要もあって。

 ――あ、DE子さんいないと開けない設定だから、陰で勝手にイジってはないからね?」


「あ、何かよく解ってないんで、御願いします。それで今のは――」


「うん。今、DE子さんのキャラシ、こうなってるのね」



 キャラクターシートは、初期段階からレベルと幾つかの専門スキルで変更がある。

 そして己は、空中に流体でテーブルを呼び出した。

 その上に、先ほど二人が遣り取りしていたような流体缶を出す。


「”判定”の話をするね?」



■判定

《素人説明で失礼します

 判定とは、何か行動をとったとき その行動が成功するか失敗するかを システム的に判断して分ける という事です》



「えーと、……今、缶をキャッチ出来るかどうかを”判定”してた?」


「おおう、解ってるねえ、いいねえDE子さん。

 そう、実は今さっきのDE子さん、このキャラシ側の数値に従って、その判定を行ってたの」


 まず、と己は言った。


「このテーブルに缶がありまーす。

 ――これを手に取るのは、誰でも出来るから、難度0とするね?

 難度が無いから、無判定で手に取れます」


 手に取る。

 見せる。

 DE子さんがやや考えてから、頷く。

 ゆえに自分は、次に進む。

 表示枠で動作シークエンスをプロンプト指示し、缶にそれをキャストする。

 すると缶が消えた。


「え?」


「見てて見てて」


 と行ってる間に、缶が来た。

 右手奥。

 薄暗い通路の奥側で射出された缶が、そのまま水平にこちらに飛んでくる。

 自分はそれを両手でキャッチ。


「はい。

 無回転で緩く飛んで来たね?

 ――これ、テーブルの上にあった缶に比べて、難度はどうなってると思う?」


 やや考えてから、DE子さんが応えた。


「……難度は、上がって、……ます」



 DE子は思った。


 ……何となく、という言葉を、今日は幾度も思っている気がする。


 でも今もそうだ。

 初めての、何かに触れて、何となく知りつつある。

 それも体験として、だ。


「……難度が上がった缶のキャッチですけど、その際、何か違和感ありました。動きは自分がやっているのに、自分の意思よりも……、動きが優先されてる?」


「うわ言語化してきた!

 説明楽だね私!」


「アー、中学の時、テストとかで、上手く行かなかったら、何でそうなのか説明出来るようになれって言われてまして……」


 だが今のは、ようやく言葉に出来た、という感だ。



 自分の動作なのに、動きというものが、自分から離れていくような感覚。



「アレは、何です?」


「――今のは”パッシブ判定”」


 いい? と白魔先輩が言葉を作る。


「難度がある行為に対し、キャラシの数値でそれがクリア出来るかどうか、この大空洞範囲の管理システムが自動で判定するの。

 そしてパッシブ判定で成功した場合――」


 言われた。


「DE子さんの経験の中で、最適と判断される動作がオートで再生されるのね」



「最後の一発。

 あたしが投げた缶に対して、お前はパッシブ判定に成功した。

 そして成功のための動作として、お前の中にある最適動作が大空洞範囲側に採用された。

 あとはそれが自動でTLに乗って進行。

 結果、キャッチ出来た訳だ」


 ハナコに言われて、己はふと考えた。

 ここまでの説明、何か、変な処がある。


 ……えーと……。


 お? という空気が皆に生じた。

 そういうことは、ここで疑問に思うことは正解なのだ。

 違和を感じたこと。

 それを己は言った。


「自動で発動するパッシブ判定があるなら、……能動的なアクティブ判定って、あるんですか?」



《――黒魔様のホストで言定状態に移行しました》



《おい、ハナコよりも頭いいぞコイツ》


《それ、全人類の十割以上が該当すると思うのね……》


《オイイイイイイ! あたしは今、虐げられている……!》


《ふふ、なかなかですわねDE子も》


《牛子様もコレ、英国時代で解ってましたからね》



《――言定状態を解除しました》



 そうね、と白魔は言葉を前置きした。

 今日は良い日だ。

 覚えの良い後輩が、こっちが想定していなかった処まで踏み込んでくれる。

 ゆえに己は台詞を繋いだ。


「アクティブ判定という言い方はあるけど、あまりその言い方は使わないかな。

 何故なら、”それ”こそが、本来の”判定”だから。

 パッシブ判定は、日常用や単純労働、ケアレスミスを無くすためなどに向けて作られたオートマで、元々はそうじゃないマニュアル型のアクティブ判定がある訳」


「それが本来の”判定”……」


 そう。


「じゃあ、その”判定”のやり方。ここで教えちゃおっか」





◇第四章



「じゃあ、パッシブじゃ無い、能動的なアクティブ判定のやり方を教えるね?」


 ”判定”。

 マニュアル型、アクティブ判定としての発動方法。

 それを白魔は、DE子に伝える。

 まずはDE子のキャラクターシートをお互いの視線の先に出して、


「アクティブ判定には、キャラシの数値を使うのね。

 でも思い出して? DE子さん、さっきキャッチの前、ハナコさんにどのようにして受け止めろって言われた?」


「ええと……、”真剣に”?」


「そうね。じゃあ、キャラシのここ見て」



「判定のためには行動しなければならないけど、その行動をどのように行うか。

 大空洞範囲の判定システムだと、ここにある”感情値”をまず使うの」



 DE子は、一つの言葉を聞いた。


「――我ら全ての行動を感情によって始め

 理性によって進行し

 意思によって意味づけるものなり」


 白魔先輩の言葉は、一昨日のアリーナで聴いたものだ。

 入場の際、客席の皆が声をそのように上げていた。

 否、あれはもっと長いものだったか。

 そして入場のための大型ハッチの上にも、やはり同じものが刻印されていた。

 また、昨日にも、牛子から同様の言葉を聞いた。


 ……何か、意味が深いものなんだろうな。


 それを今、再び自分は聞いた。

 そして見る己のキャラシだが、


「……感情値”喜・怒・哀・楽・冷”ってありますね」



「赤いチェックや○がついてるのは今の処気にしないで。

 ――で、”真剣に”って言われたとき、DE子さん、どの感情値を使っていたんだと思う?」


 喜・怒・哀・楽・冷。


 喜怒哀楽の意味は解る。冷はといえば、


「冷静、ですか?」


「ワア、話が早いねDE子さん。

 そうソレ。

 クールとか、冷静ね。

 真剣にやる場合は大体ソレ。

 ――で、まずDE子さんは、”冷静に”なることで、感情値として”冷”を選択したのね」


 成程、と思う。

 そして自分の”冷”は5だ。

 他の数値に比べ、喜の7には負けるが、二番目に高い。


 ……ハナコさん、このあたり解ってて指示したんだろうなあ。


 そのくらいの信頼感はある。

 そして今、思案すべきは、


「どういう感情で行動をすべきか決めたら、次はどうするんです?」


「うん。じゃあ、次はその隣、右にある統括スキルを見て」



「”統括スキル”はSTR~CHRまで並んでいるよね。

 て、横の漢字から何となくそれぞれの数値の意味が解るかな?」


「アッハイ、これですね」



 STR=力

 INT=知

 AGL=速

 DEX=器

 WIS=識

 PIT=信

 CHR=導


「じゃあ、行動するとして、さっきの状況ね?

 ”缶をキャッチする”には、どの数値を使うかな?」



 ……何だろう。


 力・知・速・器・識・信・導、という七つの数値。

 これらから、運動に関しそうなのは、


 ……力・速・器……?


「”器”は、器用のことですか?」


「バアカ、人間としての器の大きさだよ。あたし99くらいあるぞ」


「器用で正解ですね?」


「ああ、DEXはDEXterityで、ここだと器用の意味な?

 ――馬鹿に聞く前にこっちに聞いていいぞ?」


「おい! その対応!」


 まあ正解は解った。

 くっそー、と言いつつアイスカウンターに向かうハナコを見送り、


「ええと、さっき使ったのは”器”ですね?

 構えてキャッチだから力も速度も要りませんし」


「そうそう。

 ――でね? 感情値と、”スキル”の数値をプラスするの」


「数値、ガバくなりません?」


「いいのいいの。こっちは損しないでしょ?」


 言われてみると確かにそうだ。

 そして数値計算をやってみると、


「感情値・冷=5 統括スキル・DEX=4 これをプラスすると5+4=9ですね」



「うん。

 それでまあ、今の内に言って置くけど、この計算結果の高い方が、”判定”に成功するの」



「計算結果の高い方が”判定”に成功する……?」


「計算結果の低い方が”判定”に失敗する……、でもいいいぞ?」


「それって、つまり、”判定”の場合、常に何かと対戦してるってことですか?」


 疑問への答えは、横から来た。

 牛子だ。彼女は、リピート状態で空中に射出されている缶を指さし、


「あの缶だって、”取りにくい”という対戦を貴方に仕掛けてますのよ。

 ――そして、この対戦に用いるのが”アンサー”と”タスク”ですの」



■アンサー

《素人説明で失礼します

 アンサーとは 判定時における 自分側の数値計算の総計点のことです》


■タスク

《素人説明で失礼します

 タスクとは 判定時に置ける 相手側の数値計算の総計点のことです》


■アンサーとタスクの関係

《素人説明で失礼します

 自分側のアンサーは 相手側にとってのタスクとなります

 相手側のタスクは 自分側にとってのアンサーとなります》



「ホントに対戦してるんだ……!」


「補足しておくと、さっきからリピートしてる缶投げみたいな、”相手がいないもの”は”仮想タスクレベル”が想定されてる」


「素の状態を仮想タスクレベルゼロとして、何か変動が加わるたびにレベルが1上がると考えてね?

 そして、――レベル×6が、そのタスクになるから」


「ええと、さっきのは、缶が”飛んできて・回転状態”だったから?

 仮想タスクレベル2……?」


《正解です

 その場合のタスクは 仮想タスクレベル2×6=12 となりますね》



「……しかし何で難度は”仮想タスクレベル”×6なんです? 何処から6が?」


「”MLMがそう決めた”としか言いようが無いかなあ……。一応の浪漫説としては、東京大解放が裏表3秒の合計6秒で終わるものだったから6になったとか、そんな風にも言われてるけど――」


「――一応、最近の研究では、大空洞範囲に住む人々のキャラシを総括したところ、一般的な期待値の基準が6~12だという結果が出てる」


「つまり誰でも、仮想タスクレベル2くらいの作業は出来るようにって、そういうMLMの”調整”なんだってな」


「大空洞範囲のシステムには”ダイス振り”が無いから、この仮想タスクレベル×6って、結構大事なんだよね……」


「アー、確かに……」


 でも、と己は言った。


「タスクって、結構、簡単に上がりますよね?

 この缶投げだって、今の”飛んで来て・回転状態”に例えば”速球”って重ねると難度レベル3でタスク18です」


 さっき、アンサーを求める際”感情値+統括スキル”だと聞いた。

 だがそれであっても、


「自分の場合 感情値・冷=5 統括スキル・DEX=4 これを足すと5+4=9ですが、缶が”飛んで来て・回転状態・速球”だった場合、そのタスク18に全然届きません」


 問う。


「こういう場合、どうすればいいんですか?」



 白魔としては、ちょっと面白くなっていた。

 話がスムーズということもあるが、


 ……明らかに、”うちの戦力”が今ここで育ってるよねえ。


 教導の手応えというものか。

 流石に一年生も三人目となると、こっちも馴れがあるし、相手の反応の受け止め方も解っている。


 ……ハナコさんが育成ちょっと面白がる訳だねー。


 と、そんなことを思いつつ、


「じゃあ最後の仕掛けの種明かしね? ――感情値と統括スキルの下、専門スキルって言うのがあるよね?」



「さっき、発見とかのレベルを上げた処ですね?」


「そうそう。――で、最後、キャッチの前、ハナコさんに何て指示されたかな?」


「速く投げるから防御しろ、みたいな?」


「”ちょっと防御姿勢取れ”だぞ!

 正確! 正確にな!

 間違っても大丈夫とか、そんなことじゃ赦しませんよあたしは!」


「何処の姑ムーブだ、お前」


 段々慣れて来た。


 ……目の前でやられなければ我慢出来るかなあ。


 そんなことを思いつつ、自分は今気付いたことを述べる。


「専門スキルに”防御”って、ありますね……?」



「おおう、先に気付いたねえ」


 笑って拍手される。


「もう、タネは見えてるね?

 判定計算のとき、”スキル”って書いてあるものは、プラス出来るの。

 だからさっきの場合、統括スキルのDEX=4に、防御=6がプラスされたのね。

 つまりスキル合計=10」


 その場合、どうなるか。


「感情値・冷=5 に スキル=10をプラスするから、

 5+10=15 ですね」


 解るか? と声がカウンターから聞こえた。

 何やら青いアイスをコーンに詰めている店長の正面、ハナコが、さっきのこっちのポーズを真似して、


「――こっちが”投げる・回転付き”で仮想タスクレベル2の缶を投げたとき、一回目ではキャッチできず、二回目では出来たろ?

 その差どうして生じたか。

 理由は”それ”だ」


「――じゃあ二回目の時”防御姿勢をとれ”って言ったのは――」


「ああ。

 パッシブでも動作に入ってればシークエンスはその流れになる。

 一回目は単に”冷5+DEX4=9”でタスク12をクリア出来なかったが、二回目では防御姿勢をとっておくことで”防御”スキルの数値が足されたんだよ」



「こっちの作ったタスクは12。

 一回目のお前は感情値と統括スキルだけだったからアンサーは9

 しかし二回目は防御スキルがプラスされて15

 だから二回目は成功した」



 成程、と己は思った。


「このキャラシの数値って、無茶苦茶重要じゃないですか……?」


「おお、そうだな。だが、――それだけじゃねえぞ」


 ハナコが言った。

 ここまででも、充分に無茶苦茶な話を聞いた。だがそれ以上があるならば、


「……ハナコさん、最初に言いましたよね? ”世界に抗う方法”を教えるって」


「つまんねえことよく憶えてんな。

 だけどその通りだ。

 何でか解るか?」

 

 問われ、考えるまでもない。

 キャラシをベースに判定をするならば、ある限界が出るのだ。

 それは、


「世界や相手が送ってくるタスクに対し、こちらが作れるアンサーは、

 ”感情値+統括スキル+専門スキル”

 の合計値ですよね?

 これ以上の数値は生じない……、筈です」


 つまり、という言葉の先を、ハナコが言った。


「――つまりお前の”抗い”は、このままだとキャラシの数値を超えることが出来ねえ。

 しかし世界はお前のキャラシじゃねえぞ。

 解るな?

 世界はお前のキャラシに書かれた数値を超えたタスクをブチ込んでくる。

 世界is最強だ」


 はい、と己は頷いた。

 つまり、


「――とはいえ、これは今の処、パッシブ判定の話です。

 しかしアクティブ判定の場合でも、キャラシに書いてある数字以上のアンサーを出す事が出来なければ、世界に抗う事は出来ません」


 言う。


「ならばアクティブ判定では、キャラシに書かれてる数値を超えて、――”世界に抗うこと”が出来るんですか?」



 そうだな、とハナコが言った。

 そして彼女は白魔先輩に向かって、


「なあ、このダークエルフ、暑苦しくねえ? パッツン前開けてんのにスチームオーブンか? 塩分落ちてねえけどよ」


「ここはちゃんと返した方がいいと思うんだよねー。ハナコさん」


 仕方ねえ、とハナコが一息。


「――ある」



「このクソ仕様の世界に対し、キャラシを利用しながらキャラシを超えて抗う方法はあるんだよ、ルーキー」



 言われた。


「アクティブ判定でのみ使用出来る”野生”と”スタック”がそれだ。

 これを今から、――黒魔が教える」


「私かよ……!!」


 まあ宜しく御願いします。




◇これからの話





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