第5話 王弟殿下アスランの事情

 むかしむかし。アスランは王国一のモテ男だった。第二王子であるアスランは地位も高い。豊かな王国ゆえ、臣籍降下したとて貧乏暮らしとは無縁の立場。そして、何より顔が良い。スラリと背が高く、手足は長くて筋肉も付きやすい体質ゆえにスタイルも抜群。王妃譲りの金髪は明るく輝き、澄んだ青い瞳は長い睫毛に囲まれた大きな目に収まっている。雰囲気も柔らかく、かといって馬鹿でも腑抜けでもないアスランはモテる要素の塊のような男だった。


 そんな彼にも欠点はある。


「アルフレッド。私は恋にも愛にも興味がない。女性たちが群がって来るのが鬱陶しくてたまらないよ」


 柔らかく爽やかに響く声で発する言葉は意外と残酷。そんなアスランも二十二歳。


「そろそろ結婚を考えなければいけないお年頃ですよ、坊ちゃま」

「坊ちゃまはやめろ」

「そう思われるのでしたら、結婚されてはいかがですか?」


 忠実な侍従であるアルフレッドの助言に従い、婚約者探しの夜会が開催される。そこに現れたひとりの令嬢。この令嬢は、王国一のモテ女だった。美しく気高く気位高く、もひとつオマケに美しく、というくらいの魅力的な令嬢であった。


 そんな令嬢がアスランを一目見て恋に落ちる。だが、アスランはつれない。


「婚約者には私を選んでくださいませ、アスランさま」

「嫌だよ。婚約者を探そうと夜会まで開いたけれど、やはり私は恋にも愛にも興味がない。兄には既に子がいるし、私が生涯独身でも困らないだろう。今日の夜会は失敗だった」

「なんですって? 私の純粋な心を弄んだのね⁈」

「いや、キミ。さんざ令息たちの純真な心を弄んでいるよね?」

「酷いっ! 酷いわ、アスランさま。呪ってやる、祟ってやる」

「いや、祟るって……キミ、神仏か何か?」

「ただの貴族ですっ! なら、呪うほうだけにしておきますっ!」

「そうか」

「呪うのはいいんですかっ⁈」

「いや、ダメだけど?」

「でも呪いますっ!」

「呪うのか」

「アスラン殿下。アナタが誰かを愛することが出来るまで。そして、想い人から愛されることが出来るまで。アナタの時間を止めて差し上げますわっ!」


 その時から令嬢は姿を消し、アスランの時間は止まった。


「別に困らないなぁ」


 当初、アスランはのんきなものだった。年を取らない、といっても見た目だけの話である。肉体が老けないのなら丁度良い、とすら思った。だが徐々に変化は訪れる。年を取っていく周囲と年を取らないアスラン。見た目はもちろん、体力も落ちていかないアスランと周囲との温度差は少しずつではあるが確実に広がっていった。


 だから、父である国王から、

「屋敷を与える。だから、お前はそこで暮らしなさい」

 と、言い渡されたとき。これは事実上の追放だ、と、アスランは思った。


 アスランの見た目は変わらない。だが心は、自分で予想していたよりも急激に変化していく。死なないし、年も取らないけれど。国王の力で隠された存在となり、何の変化も起こせずに淡々と日々を過ごしている自分は、死んでいるようなものだとアスランは思った。


 忠実な侍従であるアルフレッドを連れ、この屋敷に来て何年が過ぎただろうか。


「チャンスがやってきましたね」

「そう思うか? アルフレッド」

「ええ、思います。旦那さま、リネットさまは特別ですから」

「そうだね、特別だ。しかも可愛い」


 アスランはモテることには慣れている。リネットにも好かれているように思う。


 突然、降ってわいた結婚話にアスランは困惑した。甥であるケンドリックが時々、突飛なことをするのは知っていたけれど。まさか自分の婚約者を叔父に押し付けてくるとは思わなかった。


「あんなに可愛い子なのに。ケンドリックは、どこが気に入らなかったのかな?」


 ウエディングドレスを着て現れた、綺麗で可愛いご令嬢。社交界を遠ざかって久しいアスランにとっては、全く知らない若々しいご令嬢。金の髪は艶やかで、緑の瞳は知的かつミステリアス。色白で細くて、今にも折れてしまいそうなのに。思いのほかシャンとしているご令嬢。こちらを見る目には好奇心が宿り好意もチラチラ見えるのに、必要以上に距離を取ろうとする怖がりのご令嬢。


「逃げ腰な所が小動物みたいだ。そこがまた可愛い」

「人間、逃げられれば追いたくなるものです」

「ホントだな? ウエディングドレスが重くて動きにくそうなのに。ケンドリックに言われた通り、素直にひとりで来てしまうあたりが、また可愛い」

「ましてや相手は元王太子婚約者。王妃教育を受けられた立派な令嬢です」

「賢くて真面目。でも可愛い」

「はい。旦那さまにとって、これ以上のご令嬢はいませんよ」

「そうだな。そのうえ可愛いしな?」

「頑張って、捕まえてくださいな」

「そうだな。可愛いリネット嬢の心を、私は捕まえなければいけない」


 最初に連絡を受けたとき、無理だと思った。若く見えるとはいえ、四十四歳の自分が二十歳の貴族令嬢とは。とても受け入れらないと思った。少々愚かな甥っ子の浅はかな企み事に、自分をまきこむな、と、怒りさえ抱いた。それが実際に顔をみたら、どうだ。こんなに心動かされるとは思っていなかった。


(だが呪いは……私が誰かを愛するまで解けない……そして、その相手が私を愛するまで解けないのだ)

 

 好きになるのと愛するのは違う。


 アスラン自身、リネットに好意を持ってはいるが、愛しているとは言い難い。それなのに。呪いを解くにはリネットを愛するだけでなく、リネットからの愛も必要なのだ。


 道のりは遠いな、と、アスランは思った。


「なぁ、アルフレッド。私はどうしたらいいと思う?」

「さぁ? 私にはわかりかねます」

「そんな冷たいことをいわないで、ちょっとくらいヒントをくれよ」

「そうですねぇ……まずは観察、ではないでしょうか?」

「観察?」

「どのような方か理解を深めれば、何かしら思いつくかもしれませんよ」

「そうか……観察か……」

 

 アスランが執務室でブツブツとつぶやいていた頃。リネットは新たに案内された奥さま部屋で拳を突き上げていた。

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