小説のサイコ殺人鬼の兄に転生したのでどうにか耐えたい

ペボ山

第1話 弟に殺されかけたら前世を思い出しました

どん、と。

 確かに背を押された。振り返る間も無く、おれの身体は宙を舞っていた。くるくる、くるくると落ち葉にでもなったような心地だった。

 気付けば冷えた水面に叩きつけられていて、強張った体が沈んでいく。口から吐き出したあぶくが、歪んだ形のまま消えていって。

 遠ざかっていく水面から、無機質な翠色の目がこちらをただ覗き込んでいるような気がした。


***


 刺すような寒さの中で、おれは夢を見た。

 画一化された扉の下から流れ出る血溜まり。

 無数に転がる、制服姿の生徒たちの死体。

 血と死臭が蔓延る鈍色の光景。

 その中に悠然と佇む、痩躯の青年。柔らかそうな鳶色の頭髪も、真っ白な肌も、同じく真っ白な制服も。

 凄惨たる光景から唯一切り離されたように、青年は清廉としていた。


「………………明希(あき)」

「おにいちゃん、おにいちゃん」


 温かいベッドの上で目を覚ました俺は、またギュッと目を閉じた。恐怖ゆえに。

 起き抜けに、弟──高倉明希(たかくら あき)がこちらを覗き込んでいるなんていう、超絶恐怖ゆえに。

 一瞬視界に映り込んだ点滴やら何やらから察するに、俺はどうにか一命を取り留めた的な状態なのだろう。そして、健気にも兄である俺を心配して名前を呼ぶかわいい弟。

 恐怖する要素なぞどこにあるのか。その疑問は尤もであるが、これならどうだろうか。


 弟は、俺を池に突き落とした張本人である。


 どうだろうか、お分かりいただけただろうか。俺は他でも無い、この弟に極寒の池に突き落とされて生死の境を彷徨ったのだし、弟は今も俺をこうして見守──もとい監視している。

 これ以上にないサイコでホラーな展開である。

 そして加えて朗報だが、三途の川特典か何かなのか俺は、『前世の記憶』なんて物を引っ提げて生還していた。


 前世の俺は、ごく普通のサラリーマンだった。人並みに部活や勉学に打ち込み、人並みに青春を謳歌したのち社会人になった。そんな平々凡々な人生を送る中でのささやかな楽しみが、月額1000円弱のストリーミングサービスでの映画漁りであって。専らホラーやサスペンスなどを好んで漁っていたが、その中でも特に異彩を放つサイコスリラー、もしくはサスペンス。小説を原作としたその作品に、俺はドップリとハマった。

『降霊ゲーム』

 とある全寮制の男子校。その一クラスで行われた『降霊ゲーム』。霊を呼び出し、願いを叶えてもらうと言う度胸試しに参加した青年たちは、次々と異常現象に見舞われ、惨劇の渦中で命を落としていく。

 猜疑や欺瞞は、とうとう学校という閉鎖空間全体に及び。生徒たちは次第に疑心暗鬼に陥り、殺し合いを始める。

 後に、世間を震撼させた、『貴船高校連続不審死事件』として作中に語り継がれることとなる事件だ。

 そして最後の最後。関係者中での唯一の生き残りが息絶えて。異臭の蔓延る空間に悠然と現れるのが、高倉明希。

 弟と同姓同名の男である。

 頭脳明晰、容姿端麗、篤実温厚。三拍子揃った人気者にして、主人公の友人。降霊ゲームを行った初期メンバーの1人でもある。

 物語の中盤で命を落としたかのように思われたが、それは偽装された遺体でしかなかった。そして彼は、舞台裏に身を潜め要所要所で惨劇の糸を引いていた。

 一見怪奇現象と思われた惨劇は、全てその青年の手によって引き起こされた物だったのだ。

 要するに黒幕である。

 実写で高倉明希を演じた俳優とは、髪色も造形も異なるなるが、小説では確か、『鼻梁の通った端正な顔立ちに、翠色の目、鳶色の蓬髪』と描写されていた。弟と一緒である。

 そして極めつけは、その経歴。高倉明希は、独白パートにて幼少期に彼自身の兄を極寒の池に突き落とした旨を語った。『期待ほど面白みはなかった』という余計な一言まで添えて。

 兄の名は高倉陽介(たかくら ようすけ)。

 寄しくも、俺と同姓同名だった。

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