第7話 隣領からこんにちは
いつもの朝食の時間、旦那様は食堂に現れなかった。私はなぜとも聞かず、いつも通りパクパクと食べ続けていると、
「奥様」
「うわぁ!」
急にヴィクターが話しかけてきた。屋敷の中と言えど、冒険者なのに気配に気づかないなんて!
「公爵様は昨晩から急用で外出されておりまして。本日の朝食をご一緒出来ないことを気にしておられました」
「わ、わざわざありがとう」
私がショックを受けるとでも思っているのだろう。可哀想に、という表情で見つめられた。
と言うのも、ヴィクターの中ではどうやら私は旦那様に秘めたる恋心を抱いていると勘違いしていることが、エリスの調べでわかったのだ。
(なんで旦那様に都合のいい解釈になってんの!?)
だがそう勘違いしているせいか、あのヴィクターが最近少し優しい。
(ヒールのこと話したのかな?)
まぁ私のヒールは超絶効果があるから他人に話したくなる気持ちはわかるけど! まさか本人まで勘違いしてないでしょうね!? そんな想像をすると、
(私はお前に恥をかかせる女だぞー!)
と、宣言したくなる衝動に駆られてしまう。そんな私の気も知らず、ヴィクターは気遣うような声で話しかけきた。
「それから。本日はお出かけされることはお勧めいたしません」
とは言われたものの、いつも通り冒険者街へと向かうと、何やら冒険者達が騒がしい。ギルドの前に群がっている。
「どうしたの?」
「ワイバーンの群れが近づいてるらしいぞ!」
「マジ!?」
ワイバーンは小型のドラゴンだ。空を飛び機動力がある。そもそもこの世界、ドラゴン系魔獣はどれも強く、小型と言っても少しも侮れない。
「昨夜から隣領が襲われているらしい」
レイドは腕にボウガンを装着していた。彼はワイバーン討伐に向かうつもりなのだ。
「領主様も兵をまとめて援軍を送ったそうよ~」
ミリアも群れの中の1人だった。
「なんだ公爵夫人。知らなかったのか?」
「全然!」
それでいなかったのか。
ギルドの中から冒険者達が興奮気味に出てくる。
「領主様が馬車出してくれるってよ!」
「上位ランク優先だ!」
どうやら隣領はまだ危険な状態らしい。バタバタと慌ただしく上位ランクの冒険者達は馬車に乗り込んで隣街へと出発して行った。
「くっそ~せめてBじゃなきゃダメか~」
馬車に乗れなかったレイドは肩を落としていた。ミリアも口がとがっている。
ドラゴンの素材はどれも高価だ。もちろん討伐すれば評価も高い。
「領主様も気前いいよな~隣領とは不仲なのに」
「あっちが襲われ終わったらこっちに来ちゃうからよ~」
「どうせ暴れるなら自領以外がいいわよね」
ミリアと私の意見を聞いて、レイドはゾっとしていた。ギルド街の衛兵も緊張した面持ちだ。襲われている地域はここからそれほど遠くはない。
(私も行きたかったな~)
どちらかと言うと先日のマンドレイクのような小型の的より、ワイバーンくらい大きな的の方がやりやすい。派手な魔法の方がイメージしやすいのだ。前世の記憶を遡った時、やはりド派手な映像の方が印象に残っていたからだろう。
「追加の馬車が出るかもしれねぇし今日は待つか~」
というレイドの意見にブラッド領に残った冒険者達は頷いた。
だがまさか敵が向こうからやってくることになるとは。
ーーカランカランカラン
「え!?」
ちょうどお昼時、見張り台の鐘がけたたましく鳴り響いた。
「ワイバーンだ!!!」
まだ米粒程度だが、遠くの方に確かに何かいる。
(にーしーろー……12体!?)
あっちこっちの店や食堂から冒険者が飛び出してくる。
「隣領はどうなっちまったんだ!?」
「やられたとは限らないわぁ~追い払われたワイバーンかもしれないしねぇ」
ミリアは不謹慎だが少し嬉しそうだ。アレらが金のなる木に見えているのかもしれない。
だが他の冒険者達の反応はまちまちだった。Bランク以上の冒険者のほとんどが隣領へ向かい、今この街にいるのはC以下が大半だ。
しかも数が多い。その判断が出来た冒険者は急いで逃げにかかる。
職業:冒険者は体が資本だ。利益よりリスクが高いと判断したら撤退も作戦のうち。私のように名声が目的で冒険者をやっている者ばかりではない。
もちろん私は俄然やる気を出していた。
(上空ならやりやすい!)
大技は威力がある代わりに周りを巻き込んでしまう所が欠点だ。ダンジョンの中でも、森の中でも、町の中でも、近くに誰かいることは少なくない。二次被害も心配だ。出来るだけ
(どこか開けた所に行かなきゃ)
「ダンジョンの辺りなら開けているし、何体落としても大丈夫よ~」
ミリアは私がこれからどうするか気が付いたようだ。
「アハハ! じゃあ急ごう!」
「おーい! お前ら急げー!」
レイドが早く早く! と手を振っている。私達が逃げるとは少しも思っていないようだ。
残っていた少数の冒険者達はミリアが言った通りダンジョンの方へ走り始めた。大砲を運んでいる兵もいる。飛行能力がある魔獣は攻撃が届きにくい。出来るだけ早めに地上に落とす必要があった。
「頼むぞテンペスト!」
「ガンガン落とせよ!」
「はぁ~!? 止めまで刺しますけど!?」
こうは言っても、同業者に実力を認められているのがわかって嬉しい。
「行ってきまーす!」
思いっきり空へとジャンプする。飛行魔法は実は難しい。常に魔力を持っていかれるし、風圧でそれほど速度は出せない。
ある程度飛び上がったところで足元に
ワイバーンはもうすぐ目の前にまで来ていた。ギャオギャオとそれらしく吠えて私を威嚇している。
(上等! 一気に冒険者として名前を売るチャンス!)
手を真上に掲げ、バチバチと雷の塊を纏わせる。それを出来るだけ圧縮して威力を高めていく。
「何だあの魔法は!?」
地面で大盛り上がりしているのが聞こえてきた。そりゃあ見たことがないだろう。この手のイメージが出来る人間はこの世界にはいない。
(振りかぶって~……)
「おりゃあああ!!!」
私は大きくなった電撃の弾をワイバーンに向けて投げ放った。
バチバチと放電しながらワイバーンへと向かっていくが、ヒュっと避けられてしまう。
「ああー!」
と、落胆の声が下から聞こえるが心配ご無用。
「かーらーの~バーン!!!」
掛け声に合わせて、電撃は周りに一斉に広がった。ギィィィッ! とワイバーンは絶叫し、ボタボタと地面に落ちていく。
「よくやったぞー!!!」
私が仕留め損ねたワイバーンに止めを刺しながら冒険者達は大はしゃぎだ。
「はぁ~なんだかスッキリした!」
久しぶりに思いっきり魔術が使えた。それに地上からの歓声は気持ちがいい。
こうして、大満足のワイバーン討伐を終えたのだった。
◇◇◇
「被害が全くない!?」
「はい。全て冒険者が処理してくれたようです。これも公爵様の冒険者街の政策がうまくいったということでしょうっ!」
ヴィクターはうっとりと自分の主人の功績を褒めたたえている。
「いや……」
(高ランクの冒険者はほとんどいなかったはずだ……)
自分がそう命じたのだ。ブラッド領にワイバーンがなだれ込む前に決着をつけておきたかった。隣領に恩も売れるだろうと踏んで、高レベルの冒険者用の馬車を出したのだ。
だがそれは結果的に間違いだった。あまりの人間側の反撃に一部のワイバーンが逃げ出したのだ。見張り台の鐘の音が聞こえた時は血の気が引いた。
公爵は自らの足で12体のワイバーンが解体されている様子を見にダンジョン前の広場へとやって来た。夕日が沈み始めている。
「これは領主様!」
「私にかまわず続けてくれ。遅くまですまないな」
「鮮度の良いうちに解体してしまいまさぁ!」
素材買取所の職員たち総出でワイバーンを解体していた。彼らはその道のプロ、冒険者よりも綺麗に素材を取り出せる。
(これだけいて被害がないなんてありえるのか?)
隣領からは何とか討伐し終えたが、甚大な被害が出ているとの報告が来ていた。
「あの雷の魔術は凄かったなぁ」
「雷の魔術?」
「いやね。新米の冒険者なんですが、なかなかの魔術を使うんでさぁ」
解体人の話を聞きながらヴィクターの方を見る。
「その報告は上がってきております。ちょうど公爵様がご移動中に空中に飛び上がって雷の魔術を使い、ワイバーンを地面に叩き落としたそうです」
その姿を見てみたかったと公爵は少し悔しい思いがした。
「その冒険者の名は」
「えーテンポラス? レンペルト? そのような名の女冒険者だそうです」
所詮一介の冒険者、仲間内以外ではその程度の認識だった。
「そうか」
その日見かけた自分の妻は、どうやらいつもより機嫌がいいようだった。ニコニコと侍女となにか話しているのが遠目に見える。
(平和だな)
公爵はまた執務室へと入って行った。
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