旦那様が私に一切興味がないのは好都合。冒険者として名を上げてみせましょう!

桃月とと

第1話 領主の妻は冒険者

「テンペスト~! 今からダンジョンか?」

「そうだよ~」

「急ぎの注文が入ってな。ゲルガーの核なんだが」

「任せて!」


 私、テンペスト・ブラッドは新米冒険者。とはいえすでに素材買取所のおっちゃんに頼まれごとするくらいの腕前だ。


「げ! テンペストだ!」

「巻き込まれないようにしねぇと」


 ダンジョンの入口付近で、私を見た冒険者達がざわついた。昨日大技の魔術を使ったらちょっとばかり……15人くらい巻き込んでしまったのだ。


「だって大型トカゲサラマンダーだよ!? あのくらい破壊力なきゃ全滅してたじゃん!」

「いいや! お前ならもう少し被害を抑えられたはずだ!」

「え? 褒めてくれてる?」

「相変わらずテンペストはポジティブだなあ~」


 私は魔術には自信がある。魔術には何よりイメージが大事で、私はそのイメージがこの世界の誰よりも得意だという自負があった。


(前世で漫画やアニメ三昧だったのがこんな所で役に立つなんてね~)


 自分が異世界に転生したと気が付いた時は、多少なりとも絶望した。生活様式も価値観も違う。だが、この世界には魔法があった。私は前世、魔法使いになりたかったのだ。その夢がまさか叶う日がくるとは。


 ゲルガーはダンジョンに入って2時間ほどかかる場所にいる。それほど強くはないが、催眠系の技を使ってくるので少々厄介だ。


「いたいた! ってあら……」


 ふよふよと浮遊する黒い影の下で冒険者が3人倒れていた。意識を失っているようだ。このままだとゲルガーに生命力を全て吸い取られて死んでしまう。


「あら、あらあらあら!」


 1体だと思っていたゲルガーが奥から沸いて出てきた。新たな獲物に気が付いたようで、一斉にこちらに向かってくる。


「ラッキー!」


 私は指鉄砲でゲルガーに照準を合わせると、


「バーン!」


 と大きな声でを唱えた。本当はもっと『火球よ! 焼き払え!』なんてかっこよく決め台詞っぽい呪文を詠唱したいのだが、この世界では前世のような作法が守られることはない。変身シーンで敵は攻撃してくるし、呪文の詠唱も待ってはくれない。だから、バーン! なのだ。


 ボトボトと炎に包まれたゲルガーが地面に崩れ落ちる。後続のゲルガーは危険を感じて逃げ出そうとしているがもう遅い。2発目で全部仕留めると、まずは倒れている冒険者へと向かう。


「おーい生きてる~?」

「うっ……」


 小さいが呻き声をあげているので生きているようだ。


「後で治療費払ってね~」

「うぅ……」

 

 これを同意と受け取って治療魔法ヒールをかけた。3人とも外傷は擦り傷程度だが、体力の消耗が激しい。


「はあ……助かったよ」

「油断したな」

「げぇ! テンペストじゃねーか!」

「どうも命の恩人でーす」


 3人の冒険者は私の表情を見て、しまった! という顔になっていた。


「私じゃなきゃ死んでたでしょ!」

「はい……感謝してます」

「じゃあさっさとゲルガーの核、取り出してちょうだい!」

「新米なのに先輩使いが荒いんだよな~」


 ゲルガーの核は少々重たい。魔術で運べないわけではないが、使えるものは転がっている冒険者でも使った方がいい。


「お金で払うより実働の方がいいでしょ」

「まー今払えって言われてもどうせ払えないんだけどな!」


 ガハハと笑う冒険者達は、ほとんどがその日暮らしだ。それを知っているからこそ、最初から金品の要求はしない。


「はい。お釣りよ」


 ゲルガーの核は良い値段で引き取ってもらえたので、核を運んだ3人へ銀貨1枚ずつ渡すことにした。正直私は懐に少々余裕がある。


「マジかよ!」

「いいのか!?」

「酒が呑めるぞー!」


 これで彼らは1週間、食うに困らない。

 私は大した苦労もなく評価を上げ、買取所は目当てのものが手に入り、冒険者達は命が助かった上に、銀貨1枚儲けている。皆ハッピーだ。


「数も多かったし、核の状態がいいって報酬上乗せしてもらったからね」

「当たり前だろ~テンペストの案件に傷でもつけたら後でどんな目にあわされるか」

「いい心がけね!」


 そうそう。畏れ敬いなさい! 私は伝説級の冒険者になるんだから!


「相変わらず偉そうだな~」

「これで自分は公爵夫人だなんて言い張るんだから世話ねーよ」

「怖いもんなしか」


 散々な言われようだ。が、私は嘘は言っていない。

 私、テンペスト・ブラッドはウェンデル・ブラッド公爵の若き妻である。公爵は冷血な男として社交界で有名だった。私はそんな奴と政略結婚させられたのだ。


「本物のテンペスト様は随分病気がちの箱入りだって噂だぞ!」

「社交界に現れないからって好き勝手言ったらダメだぞ!」

「不敬だ!」


 一瞬で先ほどの恩を忘れたのだろうか。

 私は社交界が好きではなかった。夜会パーティーもお茶会もダルいの一言に尽きたので、いつも逃げ回っていたのだ。

 実家はウィッシュ侯爵家。世間体を何より大事にしている家系なので、他の貴族の前に現れない私を病弱設定にしていた。


「アダダダ!!!」

「イデデデ!!!」

「調子に乗ってしゅみましぇん!!!」


 とりあえず私の言葉を信じない3人の鼻の穴を魔術で思いっきり広げてやったらすぐに音を上げた。


「フン!」


 領民達は、領主が結婚したことは知っていたが、その妻のお披露目はされなかったので、誰一人、公爵夫人の顔を知らない。


「公爵様って感じ悪いわよね。自分の妻を全く紹介しないだなんて」

「奥様は昔から病弱だっていうから養生してるんだろ」


 早速できた冒険者仲間に愚痴ったら、実家時代からの設定が引き継がれていることが発覚した。


「でも冷血公爵って噂だし、政略結婚の妻に意地悪してるだけかもよ?」

「それでもこの街のことは考えてくださってるわ。随分暮らしやすくなったのよ」


 お気に入りの食堂の給仕係にも同意してもらえない。


(うーん。貴族ウケは悪いけど、領民ウケはいいのよね~)


 ちなみに妻ウケも悪い。


 厳しいが公平で一貫性がありブレない。彼の政策はわかりやすいんだそうだ。

 それに……結婚式のあの日から1度も顔を合わせていないが、イケメンっぷりも人気の1つのようだ。


「あの顔を毎日拝めるなんて羨ましいわ!」


(そういや結婚式以来見てないな……)


 とりあえず女性人気もかなりあるようだ。


「実際の公爵夫人はどんな方なんだろうねぇ」

「ウィッシュ家のお嬢様だぞ! たいそうお上品に決まってる!」


 テンペスト・ブラッド公爵夫人の人物像は領民の話のタネになっていた。


「目の前にいるじゃない!」


 Vサインをして、私はここよ! とアピールしてみる。事実だし。


「アンタそんな……ダメだよ~名前が一緒だからってそんなこと言っちゃあ!」

「そうだぞ! テンペスト様のご実家はウィッシュ家だぞ! あの家の所作の美しさを学びたがるご令嬢が多いんだろ?」


(えーえー知ってますとも。そこの子である私は苦労しました!)


 予想通り、誰も信じてはくれなかった。


「ホントなのに~」

「しつこい!」


 なんて呆れられる始末。


「おーいテンペスト~! お前また明日ダンジョン入るかー?」


 食堂の離れた席から最近よく一緒にダンジョンへ入る冒険者が声をかけてきた。


「朝イチで行くつもり~! レイドもー?」

「そしたら第3階層まで一緒に行かねぇか~」

「オッケー!」


 まぁ食事中に人前でこんな大声で会話している所を両親が見たら、泡吹いて倒れるだろうな。


 騙し討ちで結婚させられたのを怨みはしたが、今となっては両親の判断は間違っていなかった。

 帰ったら感謝の手紙でも書くことにしよう。……感謝の内容はぼかして。

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