第13話 鬼上司は結局仕事を振りまくってくる

あの後、爆発させたキッカケを話すまで離してくれないので仕方なく木ノ下さんの件を伝えることになった。


「……なんでそんなしょうもない相手にムキになるんだよ」

はぁ、と心底呆れたようなため息をこぼされて何も言い返せない。


(そうだけど。ていうか、この人今、しょうもない相手って言った?木ノ下さんのことしょうもない相手って言った?)


「ムカついて……」

ストレートな言葉を思わず吐いたら目が合う。


「わかるけど。相手が悪すぎるわ、なんであんな……」

言いかけて口を噤むから思わず問いかける。


「……あんな?」

首をかしげると久世さんは自分の口を手で覆って咳払いをした。


「これいうとマジでパワハラ発言になるからやめとく」

つまり何かよろしくない言葉を言おうとしたのかと判断して、もうそれ以上追及するのはやめた。


「とにかく。そういうことでしか優越感を感じられないような相手と同じ土俵に立つな、あほらしい。時間の無駄だよ、そんな相手に貴重な自分の時間費やすな、マジで勿体ないわ」


(なんか十分パワハラ発言してると思うけど)は、飲み込む。


「……すみませんでした」

いろんな意味を込めて謝ると、久世さんがジッと見つめてくる。


「今までは言えないこともあって我慢してたのかもしれないけど、もう溜め込むな。これからは言って?」

さらっと頬を撫でられてカッと顔が熱くなった。


「できる限り聞く。なんでも言ってほしい」

そんな胸をフワフワさせるようなセリフ、真顔で言うってなに?これ以上ドキドキさせられたら色んな意味で持たない。


「……はい」

ドキドキが声から伝わりそうだ。絞り出すようになんとか返事して頷くとフッと笑われた。


(イケメンの破壊力。こ……殺される!!!)



家に帰ってからもなんだか信じられなかった。


何度も何度も思い返しては胸をドキドキさせていた。泣いてしまったこと、今まで溜め続けていた気持ちを吐き出せたこと、それを受け止めてもらえて抱きしめられたこと。優しいキスも触れるゆびさきも、どれも生々しく記憶に残ってるから身悶えた。


好きと伝えてしまった。その時ふと気づくのだ。


(あれ?それでどうなるの?)


久世さんはどう言ったっけ?遊びや慰めでキスはしないと言ってくれた。

私に結婚や彼氏の有無を聞くということは自分にもいないという意味でいいのか?


(ん?私、好きとか付き合おうとか何も言われてないよな?)


私も好きと言ったけれど付き合ってくださいも何も言っていない。


(んん?だからどうなるの?)


「まだ……久世さんの下で働きたいです」


私はそう言った、それはつまり……。


(部下でいたいです、になるのかな)


だからつまり、上司と部下の関係のまま??



翌朝、実験台に分厚い本が置かれていてこれはなんだろうと思う。

ペラッと好奇心でめくると新しく導入された測定装置の手順書だとわかった。


「なにこれ」

呟くとその上に紙が一枚降ってきた。


「優先に測ってほしい元素は丸つけてるからそれからデータ取ってくれる?」

いつのまにか傍にいた久世さんが見下ろしてくる。


「……えっと」

渡された紙と久世さんを交互に見ながらも、理解が追い付かない私に納得したように椅子を引いてきて腰を落とした。


(ち、近いな)


ドキドキしかけた私をよそに完全仕事モードの久世さんは一気に話し始める。


「新しい装置のばらつきを確認したいからそのデータ取り。混合できるやつはしてくれていいし測定は一気にできるけど……解析がまぁめんどいよな。最終的には全元素測るから随時進めてくれる?」

「……えっとぉ」


「やり直しのやつはちょこちょこ空き時間あるだろ?納期もまだあるしまぁなんとかなるだろ。もちろん試験を優先して構わないけど、このデータがとれないと装置も使えないからそこは考えて進めて?なにか質問は?」

「……この装置、まだ触ったことありません」


「だろうね。俺と井上しか触ってない。井上もほぼ触ってないに等しい。だからはやく立ち上げたい。部長にも急かされてるし」

その言葉に眉を顰めると笑われた。


「初めて触るときはとりあえず声かけて。立ち上げからは俺も立ち会うし、いきなり一人で全部やれは言わない」

「……全部?」


「全部。データ取りから解析まで全部」

「……え?」

「悪いけどさ」

下から見上げるように久世さんが見つめてくる。

背の低い私が椅子に座る久世さんと並べば見下ろす位置にはいるけれどさほど目線は変わらなくて。むしろ無駄に近くなっただけなのにさらに距離を詰められた。


「山ほどあるんだわ、やらせたいこと」

そう言う瞳は意地悪く光っている。


「仕事、したいんだろ?」

「!」


「頼りにしてるよ」

そう言って頭をクシャッと撫でられた。

その手がそっと頬に触れて長いゆびさきでほっぺをきゅっとつままれた。


「よろしく」

意地悪そうに、でもとてつもなく甘い笑顔で笑って立ち去っていく。

その後ろ姿を見つめながらつままれた頬に触れて思う。


手の温もりが、かけてくれる言葉が、触れたゆびさきが……目の前にあるだけで十分だ。


久世さんとこうして繋がり合えたなら、それだけで私の毎日が輝きで満ち始める。



~完~


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