幕間4 前夜祭

第95話 私は顔も知らない人物達と話し合う。そう、今回の注目馬についてだ・・・我々は互いに意見を出し合い、相手を出し抜こうと画策する



 悪霊連合の騒動から数日後。

 ネオ大江戸庁の一室。

 不可思議な面々が円卓を囲むように座り、各々の顔を見ながら互いの様子を伺っている。



「この度は集まって頂き、感謝しております。」

 最初に口を開いたのは霊界の長である死神ナナシ。



「ワシはともかく、こやつも同席とは随分だな・・・。」

 腕組みをしながら、ナナシに答えて、もう一人の同席者を睨む大天狗。



 大天狗に睨まれながらも一切ひるまない老人が口を開く。

「・・・儂としては、オヌシが同席している方が違和感があるのぅ~~・・・今回の件で、オヌシは関係ないようじゃが?」

 大天狗にそういって返すのは、紅いチャンチャンコを着た老人で、見た目は白いひげを蓄えた優しそうな好々爺こうこうやだった。


「ぬらりひょんさん、ここは話し合いの場ですよ・・・喧嘩腰では困ります。大天狗さんは私が言って、同席してもらっております・・・妖怪界を二分するお二人には同席して欲しかったので・・・申し訳ありません。」

 紅いチャンチャンコを着た老人をぬらりひょんと呼び、ナナシが二人の間に割って入る。


「死神殿に頭を下げられては何も言えませんな・・・仕方ない、大人として我慢いたしましょう・・・。」

 ぬらりひょんは皮肉混じりにそういうと、ご自慢の白いアゴヒゲを優しく触りながら、ニコリと笑う。


「・・・仕方ないの・・・ここは年長者としての落ち着いた対応をせねばな・・・。」

 大天狗もぬらりひょんの挑発に乗るようでいて、直接的ではなく、間接的に攻めながらナナシに同意した。


「・・・・・・。」

 一時の沈黙が、二人の間に火花を散らしているのを表現する。


(・・・参りましたね・・・まぁ、掴み合いの喧嘩になるよりはマシですが・・・。)

 少しため息をつきながらナナシが二人の雰囲気に負けないように前向きな気持ちに思考を持っていく。




「・・・・・・こちら、粗茶ですがどうぞ。」

 重苦しい雰囲気の中、円卓の三人にお茶を差し出したのは乃華。

 その後ろには何故かニコニコして何もせず、黙っている伊予の姿もあった。




「うむ。」

 大天狗は差し出されたお茶よりもその横の茶請けに興味を引かれている。


「ふぉっふぉっふぉっ、これはどうも・・・。」

 ぬらりひょんは出されたお茶を両手で持って、丁寧に飲む。


「ありがとう、君達はもう下がっていていいよ。」

 ナナシも乃華達にお礼を言って、二人に退席を促した。


「はい、それでは失礼いたします。」

 乃華はお盆を丁寧に持ち、深々と頭を下げて速やかに退室する。


「しつれいしま~~~すっ。」

 伊予も乃華の後ろに隠れながら、そそくさとニヤニヤしながら退室していった。この間、伊予はもちろん一切何もしていない。






「伊予ちゃん、なんでついてきたのよっ?」

 退室して、少し歩いてから乃華が興味本位だけで同席した伊予にそう強めの口調で詰める。


「ええええええっ、いいじゃんいいじゃん。妖怪だよ妖怪っ・・・霊界に妖怪が来るなんていいのかい?」

 伊予はウキウキとスキップしながら乃華をからかう。


「・・・・・・。」

「ごめんなさい。」

 下らない伊予のからかいに冷笑を持って制裁を加える乃華。伊予は絶対零度の視線に思わず、直立して、深々と頭を下げた。


「まったく・・・貴方って昔から余計な事ばっかりに首突っ込んでっ・・・。」

「それじゃ、私行くねっ!乃華ちゃん、またねっ!」

「あっ、こらっ!・・・もうっ・・・。」

 乃華の長い説教が始まろうとするや否や、伊予は巧みな軽快ステップで一気に距離を取り、逃げるように乃華から離れていく。その様子に、乃華はいつも通り、悪友に強く言葉を投げるが、半分諦めていた。




 伊予は足早に廊下を歩き、後方の乃華から姿を隠す。

「・・・さてと・・・ナナシは一体、何をお話しするのかしら?」

 伊予は乃華が見えなくなると、普段は見せない落ち着いた微笑みを浮かべながら耳に目立たないイヤホンをつけ、そのまま闇の中へと消えていった。






「・・・ナナシ殿のご令嬢はよくできておいでですな・・・。」

 ぬらりひょんが社交辞令でナナシに擦り寄る。


「いえいえ、まだ手が掛かる娘です。が、そう言って頂けると親としても喜ばしい事です。」

 ナナシはぬらりひょんの社交辞令を丁寧に受け入れて、場の空気を少しでも風通しがいいように持っていく。


「して、お前の要望はなんじゃ、ぬらりひょんっ・・・ワシらをタブラかせんのはお前も重々承知しておろう・・・。」

 大天狗が茶請けを早速頬張りながらぬらりひょんを言葉で刺す。


「・・・・・・。」

 ナナシの空気を換え様とした努力も虚しく、張りつめた雰囲気が再び3人を飲み込む。



「・・・要望?・・・はて、儂は毅然とした対応をナナシ殿がしてくれると思っておるが、念のため確認しにきただけじゃが?」

 ぬらりひょんは背筋を正しく伸ばしながら大天狗を見ているようで、ナナシに向かって言葉を投げる。



「善湖善朗君のことですか?」

 ナナシがニコニコしながら善朗の名前をスラリと出す。



「善湖善朗?・・・あの怪物はそういう名前をしておるのですか?」

 ぬらりひょんもニコニコしながら棘を持った言葉でナナシに返答する。


「ワシも善朗とは会ったことはあるが、妖怪が人の子を化け物とはなかなか笑える冗談じゃな・・・。」

 大天狗がナナシを援護するようにぬらりひょんを横から言葉で殴る。


「話によると、その少年は死んだばかりにも関わらず、『ろ組』と『い組』の悪霊をその手で退けたと聞いている・・・十分我々にとっては脅威ではないのか?」

 ぬらりひょんが笑顔の中にある鋭い眼光で大天狗を見て、賛同を求める。



「お前がワシを同列に入れてくれるとは・・・その方が恐ろしいわい・・・。」

 大天狗がぬらりひょんの巧みな話術を切り捨てる。



「・・・話がすすまんのぅ・・・死神様よ、こやつは置いておいて、この事態を貴方様はどう考えておられる?」

 ぬらりひょんは大天狗で遊ぶのをやめて、本題をナナシの方に尋ねる。


「善朗君は上の命により、保護観察対象となりました。現世への干渉は今後ないと思いますよ。」

 ナナシはぬらりひょんの問いに丁寧に答える。


「ほうほう・・・それはそれは、さすが高天原たかまがはら・・・寛大な処置、現世で怯えておる者達も枕を高くして寝れましょう。」

 ぬらりひょんはニコニコとしながら、ナナシの出した解答に何度も頷き喜ぶ。


「オヌシがそこまで言うのなら、少年を恐れて眠れない連中の里が知れるというもんじゃな・・・。」

 大天狗が喜ぶぬらりひょんに、速攻で冷水を浴びせる。


「オヌシは変わり者じゃからな・・・同胞の気持ちなど分かるまいよ・・・。」

 ぬらりひょうはニコニコした表情を崩さないようにはしているが、口調は大天狗の命を取らんばかりに切れ味が鋭かった。


「ふっはっはっはっはっ、これは愉快愉快・・・お前の同胞とは、これ以上ない笑えるサワリじゃ・・・はっはっはっはっはっ。」

 大天狗はぬらりひょんの言葉に思わず笑いを堪えきれずに腹を抱えながら笑い転げる。


「ナナシよっ・・・なぜ、こやつを同席させたっ・・・。」

 ぬらりひょんは今まで崩していなかった笑顔を少し崩し、明らかな不快感をナナシにぶつける。




「いうてやろうかっ?・・・お前が少年に毅然とした対応を求めたように、今回の悪霊共の度を過ぎた行動に対しての毅然とした対応をワシも求めに来たからじゃっ・・・お前の同胞という者共が、今回の件でどれほど罪無き者達を殺めたか、親しいお前なら存じておるだろうなっ・・・中には、妖怪化しようと目論んだ者までおったと聞く・・・度を過ぎた行動をワシラで毅然と対応せねば、どれだけ自分達の首を絞めるかをお前が分からぬとは言わせぬぞっ。」

 笑顔を崩したぬらりひょんに比例するかのように大天狗は赤い顔を更に紅くして、顔をぬらりひょんに近付け、鬼の形相でぬらりひょんをにらみつけて、目だけでも殺しにかかる。



 大天狗がいよいよぬらりひょんに掴みかからんばかりの勢いと思うや否や、ぬらりひょんは態度をコロッと変える。

「・・・・・・ふぉっふぉっふぉっ、何をそこまで怒る事がある・・・悪霊と儂らではまた違う話だ・・・悪霊には今回の事で厳然げんぜんたる対応で全員でのぞまねばなるまい・・・そこを否定などしておらん・・・いいではないか、儂はオヌシの考えを尊重しよう。」

 大天狗に本気で詰め寄られたぬらりひょんは先ほどまでの対応とはうって変わって、大天狗と友好的に話し合うことを心掛けるように、言葉を選び出した。


 ぬらりひょんはさらにバツが悪くなったのか、大天狗からそそくさと距離を取るように席から立ち、出入り口の方へと離れていく。

「儂はあの少年の闘いぶりが、鬼神の如し暴れっぷりと聞いておったから仲間達の事を思い、心配したまで・・・儂としては、少年への対応を聞いて安堵した。あぁ、よかったよかった・・・儂はこう見えても忙しいのでな・・・それでは失礼する・・・。」

 ぬらりひょんはそう言いながら、老人とは思えないテキパキとしたドアの開閉を披露して、あっという間に姿を消した。




「・・・あやつ、なぜ少年の闘いぶりを知っておる・・・。」

 颯爽と姿を消したぬらりひょんの残像を睨むように大天狗が疑問を口にする。なぜなら、あの場にいた悪霊という悪霊は一人残らず退治されたからだった。だが、ぬらりひょんは善朗の闘いを知っているかのように話した事に疑念が渦巻く。




「・・・どこまでも食えない人ですね。」

 ナナシはニコニコと最後まで笑顔を崩さずに今は姿無き、老人をそう評した。





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