第89話 果てしない戦いが私を待っている。私は静かに家に帰り、優しき母親に電話しました。私の戦いは続いて行くのだから・・・その想いを言葉に込めて。




「流さんっ、大丈夫ですかっ!?」

 曹兵衛は獣が猛り狂う中、獣と対面していた戦友の横にサッと近付き声を掛ける。


「曹兵衛ッ!・・・雑魚を連れてきたのか?チィッ、聞いてなかったのかッ・・・こいつの相手は少数精鋭ダッ!エサを持ってくるんじゃないッ!」

 流はロングソードと盾を構えながら、唯一人の敵を見据え、横に来た曹兵衛に悪態をつく。


「大丈夫ですよ・・・大半はけが人などの救護に当ててます。あんな化け物に無闇に人を近づけるのは得策ではありませんからね・・・腕も頭も鈍ってないようで安心しました。」

 曹兵衛は流の悪態を受け流して、斬り返す。だが、


 仲のいい旧友同士が話している中で、突然事態は急速に動き出す。



〔サッ!〕

 流と曹兵衛が臨戦態勢で話している横を誰かが唐突に通り過ぎた。



「オイッ、誰だっ!?無闇に前に出るなッ!」

 流はたった一人で断凱に突っ込んでいく少年の背中に怒声を浴びせる。


「善朗君ッ?!」

 曹兵衛は最早勇敢さを通り越した無謀な特攻に思えたその行動をする善朗の姿に驚愕して身体が固まる。


 そんな曹兵衛たちの心配を他所に善朗の一刀が断凱に放たれる。

〔ガキンッ!〕

 もちろん、断凱はその一刀を愛用の手斧とは思えない大きな斧で軽々と防いで見せた。



「・・・ぐるるるっ・・・縄破螺なわはらの時の少年か・・・まさか、お前が俺に挑んでくるとはな・・・おもしろい・・・この猛りを鎮めてくれるか?」

 最早人間ではない断凱の口角は獣のように裂けて、よだれを流しながらギラギラと牙を光らせる。


(主ッ!どうしたというのだっ?!いくらなんでも無謀だぞっ!)

 善朗の頭の中で大前が余りにも危険な善朗の行動をイサめる。


 善朗はしっかりと断凱を見ているものの、その目はどこか光を失っているように見えた。

(たのしいな~~~・・・たのしい・・・こんなにたのしいのはうまれてはじめてだ・・・。)

 善朗の頭の中に善朗の声であるが、明らかに善朗ではない思考が止め処なく沸き立ち、大前の声を掻き消していく。



(主ッ!・・・どう・・・のだ・・・あ・・・じ・・・。)

 善朗の頭の中の大前の声が善朗ではないものの思考の声に掻き消されて、段々段々薄れて小さくなって、闇の中へと消えていく。




 大前の存在が頭の中から消えた善朗は断凱からサッと距離を離すと無気力な体勢でフラリと立つ。

「・・・・・・断凱とか言ったか?デカブツ・・・お前のその無駄にでかい図体で俺に勝てるのか?」

 善朗は右手にダラリと大前を持ち、左手の指を細やかに動かして、ニヤニヤしながら断凱を挑発する。


「・・・・・・生意気なガキだ・・・俺を挑発した事を後悔させてやろう。」

 今まで、猛り狂っていた断凱だったが、その善朗の様子に異変を感じたのか、口調は刺々しいものの、態度は至って冷静で慎重に身構え、相手を見定める。



 挑発に乗ってこない断凱を見て、善朗が肩をスボませて、がっかりしてみせる。

「おいおい、鈍いのに動きとめてたら、話にならないだろう・・・がっ!」

「ッ?!」

 善朗はなかなか攻めてこない断凱に痺れを切らし、闘々丸と同等の動きで断凱に迫る。その余りにも予想外なスピードに断凱の身体が硬直した。


 体が一瞬硬直した断凱のその一瞬の隙をついて、その断凱の巨体の頭上のさらに上に飛びあがった善朗が大前を構える。

〔ガキンッ、ガガキンッ、ガキンッ、ガキガキガキンッ!〕

 善朗の斬撃は大きな大きな断凱の更に上から無数に打ち込まれていく。


(グッ・・・軽く振ってるように見えるが、なんと重い連撃ッ・・・。)

 善朗の斬撃を両手の手斧で捌いていくも、その予想外の攻撃力にひるむ断凱。


「どうした、デカブツッ!・・・やっぱり図体だけか?」

 笑みを浮かべながら、善朗は断凱に休む事無く斬撃と罵声を浴びせる。


(・・・こいつ・・・。)

 断凱は気付く。



 善朗の斬撃は断凱がいなせる様にわざと放たれていると。



(何をするかはしらんが、いいだろう・・・のってやろうっ!)

 断凱は善朗のその挑発に乗るように善朗の連撃の中から一刀を選び出し、

〔バキンッ!〕

 断凱がその善朗の一刀を左手の手斧で、まず弾く。


 断凱は善朗の一刀を跳ね上げると、立て続けにガラ空きになった善朗のわき腹を狙いすましたかのように右手の手斧で切り裂こうとする。

「なめるなあああああああああああああああっ!!」 

 断凱の猛りと共に断凱の手斧が確実に善朗のワキ腹を切り裂かんと迫った。




〔ドゴオオオオオオオオオンッ!〕

 深い森の洞窟の大きな空洞の地面が大きく揺れる。




「ッ?!」

 その場に居た誰もが驚く。驚愕する。地面に叩きつけられた断凱もその一人だった。


 確かに断凱は善朗に隙を作って、そのわき腹に自慢の手斧を確実に正確に叩き込む瞬間だった。だが、断凱は気付くと、逆に善朗の片手一本で見事に地面に叩きつけられる格好になっていたのだった。


(・・・・・・どういうことだ?)

 余りの信じられない現状に目を丸くして固まる断凱。


「・・・・・・お前はそんなもんじゃないだろ?・・・お前の中の全部をさらけ出せよ・・・。」

 グリグリと断凱の頭を片手一本で地面に押し付けながら、ニヤニヤと善朗が断凱を見下ろしている。




「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」

 断凱の怒号が洞窟を、大地そのものを振るわせる。




 善朗は断凱と距離をスッと取って、大前を握ったその手を相変わらずプラプラさせている。

「楽しいな~~・・・楽しいよな、断凱・・・楽しもう・・・。」

 善朗は恍惚な眼差しを断凱に向けて、今度はわざわざ距離を取った間合いを無防備に詰めていく。


「・・・小僧・・・後悔するなよ・・・。」

 断凱が堪忍袋の緒が切れ、逆に怒りで冷静に善朗を睨み、言葉をよだれのように垂れ流す。






「・・・・・・菊の助・・・なんで、善朗をここにつれてきた・・・。」

 菊の助の隣にスッと近付き、鬼の形相で菊の助を見下しながら佐乃がそう言葉を吐き捨てる。


「・・・・・・。」

 菊の助は何も言えなかった。佐乃の視線を目を泳がせながら交わし、善朗の皮を被った見知らぬ怪物を見るしか出来なかった。しかし、菊の助はそのあまりにも想定外の善朗の変貌に、その現実を直視できない。


「・・・殿・・・ッ・・・。」

 秦右衛門は菊の助の後ろで悔しがりつつも善朗を見ながら、下唇を噛む。


 断凱と言う怪物を赤子のように扱う善朗がいるのに、なぜか菊の助達は感情が右往左往している。その感情の波に乃華も飲まれていた。

「よっ・・・善朗・・・さん?・・・どうしっ・・・。」

「乃華ちゃんッ!だめだッ!!」

 善朗の余りにも別人と化した変貌ぶりに不安に押しつぶされそうになった乃華がヨロヨロと善朗に近付いていこうとした。その余りにも無謀な行動を金太が素早く後から乃華に抱きついて必死に止める。




「きっ・・・金太さん・・・あれは・・・あれは、善朗さん・・・ですよね・・・?」

 完全に正気を失った目で乃華が金太を見ながら、そう尋ねる。




「・・・くっ・・・殿ッ!」

 金太は自分では「あれは善朗だ」と自信を持って乃華に言えず、菊の助に思わず話を振ってしまう。


 菊の助は金太の視線すら、まともに合わせられず、視線を自ら外してしまう。

「すっ・・・すまねぇ・・・こんなはずじゃ・・・。」

「こんなはずじゃないだってっ!今更あんたがそれを言うのかいっ!!」

 その場に居た誰もに謝るように菊の助が目線を下げると、それを胸倉を掴んで、無理やり自分の方に持ってきたのは佐乃だった。佐乃は抑えられない怒りの感情を菊の助に思う存分ぶつけて、責任の所在を明確に問いただす。




「アタシは言ったぞ!善朗はあんた達とは違うッ・・・大事に育てないといけないってっ!」

 佐乃の瞳には涙が溜まり、抑え切れなくなった涙が一筋こぼれる。




「あの子は子供なんだよ・・・どんな才能があって、力があって、強くても・・・あんた達の生きた時代とは違うッ・・・殺しが日常だったあんた達の物差しで計るんじゃないよッ!・・・ただの子供なんだよ・・・あの子の心はあんた達が思っている以上に弱いんだよ・・・。」

 佐乃はわきあがる感情を怒声に乗せて菊の助に浴びせていくが、最後には何かを諦めるように菊の助の胸倉から手を離して、うな垂れるしかなかった。


「よっ・・・よしろう・・・さん・・・。」

 乃華は善朗を見ながら、力なく崩れていく。金太はそんな乃華の身体を支える事が出来なかった。




「・・・私の監督不行き届きでした・・・佐乃さん・・・私にも・・・いえ、全責任は私にあります・・・申し訳ないッ。」

 佐乃がうな垂れる中、曹兵衛が騒ぎを聞きつけて、佐乃に静かにサッと近付き、丁寧に謝罪した。




 今まで、断凱の傍若無人な動きに現場は大荒れに荒れ、断凱一人に混乱していた救霊会側だったが、善朗の活躍?により、場は一気に落ち着きを取り戻した。そのことにより、一変した現状は相対していた周りの人間達が動き易くなり、曹兵衛もその戦況を利用して、菊の助達の所に前線から移動してきたのだった。




「菊の助さん・・・あんた、とんでもない化け物を生み出したんじゃないだろうな?」

 そう菊の助に詰め寄るのは流だった。


 曹兵衛の動きに合わせるように手の開いた主力達は現状の説明を求めて、自然と菊の助達の所に集まりだしていた。


「流さん、そんな言い方いけません。」

 流の暴言をいさめるようにパートナーの巫女のネヤが流を諭す。


「ちょっとちょっと、あの子すごくない?・・・やばいんじゃないの?」

 あっけらかんと他人事のように輪にスッと入ってきたのは、天凪あまなぎ


「・・・こうなっては、戦況を見守る他ありません。他の者は、けが人の搬送。力不足と判断したものの退避を急ぎましょう。」

 状況を正確に冷静に判断して、事態の悪化を最小限にしようと動く曹兵衛。




「・・・最後に闘うのが、仲間だったなんて事はやめて頂きたいもんだぜ・・・。」

 そういって、流が善朗の方を見て、言葉を投げ捨てた。












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