第86話 磨き上げた最後のコインの一枚、私は機械に投入して目当てのフィギアにアームを伸ばす。その横で、札束で店員の頬を叩いたあいつが・・・不条理だ



「お前はすごいな、闘々丸。」

「ッ?!」

 突然、善朗が笑みを交えながら闘々丸をジッと見たまま、素直に闘々丸の実力を褒める。その言葉に身をビクッと小さく跳ねて驚いたのは闘々丸だった。


「・・・お前のその動きは、化け物みたいに早い・・・でも、捉えられないわけじゃない・・・俺と大前ならお前を越えられる・・・間違った力の磨き方をしたお前に勝てる。」

 善朗は大前をしっかりと構え、ジッと闘々丸を見て、そう闘々丸に言い放つ。


「・・・おもしろいことをいうじゃないか坊や・・・間違った力の磨き方?・・・坊やはお利口さんだねぇ~・・・きっと自分や他人が吐いた血反吐を這いつくばった事がないんだろう?」

 闘々丸は善朗の言葉と余裕とも取れる笑みにイラッとして、少し顔を歪ませてそう善朗に言い返した。


「・・・・・・。」

 善朗は闘々丸をジッと見て、黙る。


 闘々丸は切っ先をしっかり善朗の喉元に向けながら口を開く。

「アタシと大前は、同じ刀鍛冶が作り出し、菊の助の一族に一緒に献上された・・・云わば、これ以上ない血を分けた姉妹さ・・・だけど、アタシと大前じゃ、あいつにとっては全然違ったんだよ・・・。」

 闘々丸が大前と菊の助を交えた自分の生い立ちを話し出す。


「アタシは何処まで行っても、脇差・・・ここぞという戦場では私はアイツの傍には居れなかった・・・いつも、傍に居たのは大前さ・・・当然さね、大前は打刀・・・人を斬る為に生まれてきた・・・なのにっ!・・・なんで、アイツはヌクヌクとそこにいるんだい?・・・アタシより血の海が相応しい女が平然と暮らしている・・・。」

 闘々丸が善朗に向けていた切っ先が怒りでワナワナと震えて、標準が乱れる。




「・・・皮肉なもんだよねぇ・・・そんなアタシがアイツの最後の時をこの目に焼きつける事になるなんて・・・もっとも傍でね・・・。」

 そう話す闘々丸の歪んだ顔の瞳の奥が切なくウルむ。




「アイツの最後は滑稽さね・・・隣国の姫との和平のための婚姻のその日に敵に囲まれて・・・よりにもよって、夫婦になろうとしていた女にアタシを奪われて殺されたんだからねっ!」

 闘々丸の荒げた声が善朗ではなく、丁度善朗の後ろに控えていた菊の助に向けられる。


「・・・・・・。」

 菊の助は自分の最期を話す闘々丸を静かに見て、黙っている。


 菊の助の冷めた反応にイライラが更に募るのは闘々丸。

「・・・その後は更に滑稽さ・・・アタシはそのまま姫に持ち去られて、ホウボウをたらい回しにされたよ・・・献上品として・・・盗品として・・・商品として・・・・・・それに比べて、姉の大前はアイツの亡き後も家宝として一族に大切にされてたってね・・・。


 ・・・・・・許せなかった・・・・・・


 アタシの中で、恨み辛み妬みだけが鬱鬱うつうつとヘドロの様に溜まって・・・いつしか、妖刀として、血の海の真っ只中に居たよ・・・。」

 闘々丸はそこまで話すと口が人間のそれとは比べ物にならないぐらい裂けて、白い歯がギラリと闇夜に輝いていた。



(アタシハセンジョウデアイツトイタカッタノニ)

 闘々丸の歪んだ想いが血反吐の沼の中に消えていく。



「・・・秦右衛門さん達は必死にあんたの事を探してたよ・・・あんたもっ・・・。」

「ダマレッ!!」

 闘々丸の生い立ちを聞いた善朗が、菊の助達の思いを闘々丸に教えるように話そうとする。が、闘々丸はそれを頑なに拒絶する。




「小僧ッ・・・アタシを捉えられるだって?・・・言ってくれるじゃないか。さっきは優しさで遊んで(いたぶって)やれなかったが、今度はそうはいかないよ。」

 闘々丸は右手に持った脇差をプラプラと上下に揺らしながらニタニタと善朗を見る。




「・・・すぅーーーーっ・・・。」

 善朗は闘々丸の臨戦態勢を察知し、呼応するように大きく息を吸い込み、大前を構える。


〔ダッ・・・ジャキンッ!〕

 音を置き去りにする闘々丸の踏み込みを大前を盾に受け止める善朗。


〔ジャキキンッ、ガキンッ、チュインッ〕

 先ほどと同じように大前の内側を素早く動く闘々丸。善朗の身体が先ほどと同じように縮こまって固められていく。が、


〔ギャンッ!〕

 闘々丸の打ち込みの一振りに合わせる様に善朗は大前に力を込めて振りぬき、闘々丸を後方へと飛ばす。


「やるねぇ~・・・だけど、それだけじゃぁ、アタシは殺れないよっ!」

 闘々丸が善朗に飛ばされて、着地と同時に地面を蹴って、再度善朗の間合いの中に踏み込もうとしたその時。


〔ゾクッ〕(・・・なんだ。)

 闘々丸が背中に悪寒を感じて、動きが止まる。




黄刀 疾刀迅雷こうとう しっとうじんらい」〔パーーーンッ!!〕




「ガッ・・・ハッ・・・。」

 闘々丸は強烈な破裂音を耳にした次の瞬間。いや、破裂音が闘々丸の鼓膜に届く前に、その身を強烈な電撃が突き抜けて、己を内から焼かれる感覚を持つ。


 闘々丸は飛びそうな意識を必死に繋ぎとめ、敵である善朗を見る。

 善朗は技を繰り出し、大前を確かに振りぬいた後で、また構えなおしていた。


 闘々丸は何が起こったのか分からない。


『黄刀 疾刀迅雷』という技を喰らった事だけが確かだった。







「・・・なっ・・・。」

 第三者の俯瞰ふかんした目線で善朗の技を目の辺りにした曹兵衛は驚きを隠せない。


 善朗が放った技は、曹兵衛の目を持ってしても、光の線が善朗から闘々丸を貫いて走った風にしか見えなかったからだった。しかし、曹兵衛の頭の中にはその正体についての確信があった。




(あれは、間違いなく・・・イカズチ・・・。)

 そう、曹兵衛の目には線でしか捉えられなかった善朗の一振り。しかし、強烈な破裂音と闘々丸の状態から曹兵衛は善朗の大前の一振りから雷が放たれて、闘々丸を貫いたと想像出来た。まさに、音速を超える光速が闘々丸を捉えていたのだ。




「んvそうぇhふぉんヴぉあsぁ」

 菊の助が曹兵衛に何かを話しかけている。


「?」

 しかし、雷鳴の音を無防備に間近で聞いてしまったせいで、菊の助の声が曹兵衛には届かない。


 菊の助は苦笑いをしながら、頭を掻いている。

「・・・まったく・・・この技は使うのはいいが、周りに人間がいる時は配慮してねぇといけねぇな・・・わりぃ・・・想定外だったわ・・・。」

 曹兵衛は霊なので、自然と鼓膜が再生して、菊の助の言葉が聞き取れるようになった。


「曹兵衛さん、大変ですッ!霊能力者たちが耳を押さえてッ!」

 菊の助の心配事が現実となり、周りを取り囲んでいた霊の一人が事態の緊急性を慌てて、曹兵衛に伝えに来た。


「まったくッ・・・貴方って人は・・・急いで手分けして、人をこの場から離して下さいッ!本部にも連絡して、霊能力者の代わりに霊体のモノを中心に至急、ここに寄こす様に通達してください!」

 曹兵衛は善朗の戦いに後ろ髪を引かれながらも、仲間達の乱れた陣形を整える為にその場を報告に来た霊達と一緒に離れていく。もちろん、菊の助を睨んで。


 菊の助が曹兵衛に手のシワとシワを合わせながら謝っていると、隣にスッと秦右衛門が近付く。

「いやはや・・・末恐ろしいというか・・・もはや、身が震え上がりますな・・・。」

 善朗の戦いぶりを見て、秦右衛門が着物の中で腕組みをしながら、苦笑いする。


「・・・もしかして、ヨシ坊・・・闘々丸に勝っちまうんじゃ?」

 善朗を見ながら、未だ不安そうにしているのは金太。


「・・・闘々丸があのまま終わるとは思えねぇが、あの一撃をモロに喰らった時点で、決まったかも知れねぇな・・・。」

 菊の助は真剣な顔に戻り、腕組みをして、闘々丸を見据える。






(・・・バッ・・・馬鹿な・・・一体何が起こったんだ・・・体が・・・全身が焼けるように熱かった・・・。)

 傷が治まった闘々丸が善朗から目を離さないまま、自分の中で、今自分に起こった事態を整理しようとする。


 闘々丸がジッと事態の整理をしている中も、

「・・・・・・。」

 善朗は闘々丸をジッと見返して、次の闘々丸の動きに備えている。自分からは今も尚、決して仕掛けない。


「・・・やってくれるじゃないか・・・確かにその技ならアタシを捉えられるね・・・でも、その一刀はアタシより早いのかい?」

「ッ?!」

 闘々丸は善朗に話しながら、自分を落ち着かせて、善朗の技の弱点をつくように一気に動き、瞬時に間合いを詰める。そのスピードに善朗は備えながらも驚きを否めない。


〔ジャキンッ!ガキンッ〕

 闘々丸は善朗と身をつけるかのように間合いを限界ギリギリまで近付けて、連撃を浴びせていく。そして、


鬼炎絶斬きえんぜつざん」〔ゴゴゴゴゴワアアアアアアアアアアッ!〕

赤刀 活火激刀せきとう かっかげきとう!」〔ゴゴゴゴゴゴゴゴッ、ズバアアアアアアアアアンッ!〕

 刹那の連撃の中に闘々丸が大業を忍ばせる。それに対して、善朗が瞬時に対応する。


 闘々丸は業を繰り出すが、その違和感に空を見上げる。

「ッ?!」

 闘々丸の目線の先には、紅蒼の大火の激突を利用して、空に浮き上がった善朗の姿が飛び込んできた。


「黄刀 疾刀迅雷」〔パーーーンッ!!〕

 善朗は笑みをうっすらと浮かべる中、身体を焼かれながらも、闘々丸の力を利用して、一瞬の間合いを得て、透かさず技を放つ。


「ガッ!?」

 見事稲妻に貫かれた闘々丸の身体が電撃で硬直し、そのダメージで片膝が折れる。


「・・・・・・。」

 善朗は追撃をせずに冷静に闘々丸と距離を取り、体勢を整える。が、


〔ギャインッ!〕

「ッ?!」

 ダメージが回復するや否や、闘々丸の猛追が善朗を襲った。


鬼炎連獄きえんれんごく」〔ゴゴゴゴゴゥーー、ズババアアアアアアアアンッ〕

 闘々丸は間合いを詰めるや否や、今度は透かさず初見の大業を出し惜しみせずに出してきた。闘々丸の放った業火の二連撃。鬼炎絶斬とは違い、闘々丸が放った2連撃はどちらも蒼い焔をまとって善朗に襲い掛かった。業を食らうその瞬間、善朗は興奮で無意識に笑みがこぼれた。


「ぐわああああああああああっ!」

 善朗は2連撃を防ぎきれずに連撃の一振りをその身で受ける。




「逃がさないよッ!」

 闘々丸は自分の攻撃で後方に跳ねた善朗を見逃さずに迫る。




 闘々丸の血に染まった怪しく光る刀身が善朗の喉元を貫こうとしていた。







pixivにて、「雷鳴一閃」挿絵有

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