第八層

 誰かの使いであったその禁忌の者との戦闘を終え私たちは若干の気のゆるみが発生していた。


 あの日出が襲われたとき以来の恐怖がよみがえってきていたのもつかの間、田村丸たちと千暁のおかげで瞬く間にそれらは退治されたのだ…。


緊張からの弛緩、そういう言葉が今の状況を表すにはふさわしい。


 千暁は自分が葬り去った禁忌の者に対して手を合わせている…。たとえそれが禁忌の者であったとしても、輪廻に帰ってしまえばまた人として生を受けるかもしれない、そういった事からの行動なのだと思った。


 「丸さん…、禁忌の者とそうでない者の見分け方は何なのでしょう…。」


 私はわからなかった、マードックやホルスも異形である…、素人から言ってしまえば禁忌の者と見分けがつかないのだ…。


 「そうですね…。しいて言えば…、アストラル体の質ですね…。」

 「アストラル体の質ですか…。」

 「長くこちらにいるとわかるんですよ。それが普通とは違い異質であると…。」


 感覚的なものであると田村丸は述べた。その話に対して、マードックとホルスも納得しているようである。私たちは腑には落ちなかったが、住んでいる世界が違うのだということで納得せざるを得なかった。


 「先ほど三下とおっしゃっていましたが…、根拠は何かあったんでしょうか。」

 「まず…、この場所は禁忌の者には過酷な場所である。そして、極めつけは中途半端な混ざりもの…、アストラル体が馴染んでいない証拠です。」

 

 田村丸はマードックとホルスの方を見て頷いた後、再度話をつづけた。

 

 「本当に強い禁忌の者はこれ見よがしに何と結合したということを誇示しません、能ある鷹は爪を隠す…そういうことです。完全に人型の禁忌の者が一番厄介です。」


 自分の手の内をさらさないということは非常に重要である。例えば、羽が生えているということが外見から見てわかる場合、飛ぶのだということを事前に察知できる。


 戦う前から情報戦は始まっているということだ。


 「しかし、三下とはいえ古き神々の命でこちらに来ているので、油断はできないですね。この奥にいるのは大罪人…、禁忌の者よりやばい存在です。」

 「丸のいう通りです…、ここは何とかなりましたが次が第八層です。気を引き締め直しましょう。」


 ホルスはそう私たちの方を向いて言ってくれたが、先ほどの話を聞いて私たちの顔つきには笑みなどなかった。


 第八層を前にしてその異質さから緊張の糸が張り詰めている。奥にいる何かがそうさせているのであろうか、先ほどの話で空気が閉まったのか…はわからない。

 

 第八層には満面に咲き誇る花はなかった。第八層まで落ちる罪人はそんなに居ないという事であろう。


 しかし、コキュートスは第八層の奥に続いている…、その目的の罪人がそこにいると示すかの様に。


 河の先を見たホルスは急に立ちくらみがした様で地面に足をついた…。


 「この先です…。私の目では耐えられませんでした。」


 ホルスは目から血の様にアストラル体を垂れ流し河の奥を指差した。

 慌てて私達はホルスの手当てをしようとするが、それは傷などではなく、手の施しようがなく、自然に治癒するのを待つしかない。


 常世の人間のようにエーテル体を持たない者は外部からアストラル体を供給しないといけないという事で、包帯のように形成されたアストラル体でホルスの目を覆い隠した。


 「ホルスの目がやられるとは…。マードック、客人をしっかり警護してくれ。客人も準備を!」

 「あぁ、大丈夫だ。八層に入ってからというものの動物的本能が訴えかけできている…ヤバいと。」


 田村丸は腰に下げていた刀を抜いた。マードックも先ほどまで顔を出していたが兜を深々とかぶった。


 私たちも必要な物を取り出し、いつでも対峙できる様準備した。


 「このソハヤノツルギが震えている…。いや私が震えてるのか。武者震いでは無い様だな…。」


 丸は奥から感じる恐怖に小刻みに震えていたことに刀を握ったことにより気がついた様だ。


 私たちも少なからず何かを感じていた…、漠然とした恐怖そのものを。


 恐怖に負けぬ様に、一歩一歩踏みしめながら、河の終端を目指して歩みを続ける。


 河の終端は小さな湖の様になっており、その奥に何者かが磔にされているのが見えた。


 黒いモヤがかかったそれは、コキュートスの水を固めて作られた、氷の鎖で繋がれている。


 バンザイをした様な体勢で手足に枷を嵌められ、繋がれ身動きが取れない様に固定されていた。


 その不定形のようなモヤは次第に人の姿に成り変わり、私たちに笑顔を向けた…。

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