不穏の足音

 ヘイムダルが少し慌てた様子で急に黙りだした。その光景を見た田村丸は何かを察したように私を連れて城の中庭に当たる場所へ急いだ。


 事前に王様の従者たちは集まる場所を決めていたようである。


 そこはこの城に住む住人達の憩いの場なのであろう、天井は吹き抜けとなっており、空を見上げると虹色に輝く空が見える。

 

 疲れた者たちが宙に浮く氷のオブジェクトから滴り落ちる噴水の逆のようなアストラル体を見ながらゆっくりとしている。


その中にひと際意気消沈しているマードックの姿と日出がもうやめてくれと言わんばかりの表情で、ホルスに話しかけられている。


 私を見つけた日出は迷子の子供が親を見つけたような面持ちで猪突猛進の勢いで走ってきた。


 「東雲さん、助かりました…。もう、こんなことになるとは思っておらず、ホルスさんのもう王様への崇拝が激しすぎて…。」

 「それで必要な情報はとれたのか?」

 「それなんですが、ここにはアカシックレコードの一部がありますよ。」

 「アカシアの記録か…それは本当か!?」


 日出は水を得た魚かの如く急にあの時の興奮を思い出したかのように話し出した。そして私もアカシックレコードという単語で心が躍った。


 「日出詳しく教えてくれ。」

 「それがなんですが…。」


 日出はホルスさんとの話を私に伝え、あまり情報は取れなかったということをあわせて話してくれた。そして、ホルスさんが近寄ってくると日出は私に隠れるようにアストラル体の影を薄くした。

 

 「東雲さんではないですか。日出さんと先ほどまで王様のすばらしさを語らっていたのですが、日出さんがこちらに走られて行ってから見当たらなくなってしまって。」


 日出は驚くことにアストラル体を変質させて、まるで周りに景色に溶け込むカメレオンの様に姿を隠している。


 日出の話を田村丸に話し、何とか話をそらすようにお願いをした。丸もその件に関してはよく知っていたようで快諾してくれた。


 「ホルス、少し落ち着け、客人も困っているだろう。お前の目でも見えないということは日出さんはこちらにはいないのであろう。」

 「その通りですね…、このホルスの目からは逃れられるものは王様くらいでしょう。」


 ホルスの目を欺ける日出のアストラル体変化に驚きを隠せなかったが、顔に出してしまうとばれると思ったので必死に私はこらえた。


日出は震える子猫の様に私に縋り付いていた。


 「あそこにいるのはマードックさんですかね…。なんかやつれました?」

 「あれは本当にマードックなのでしょうか…。」


 丸とホルスも心配になったのか、マードックに駆け寄っていった。


 ほとぼりがそろそろ冷めたであろうと私は日出に姿を現すように促したが、私は千暁の姿が見えないことに少し不安を覚えた。


 「マードックさん、千暁さんはどこに行きましたか?」

 「千暁さんなら…そこにいるじゃないですか…。」


 周りを見渡すが、巨大な斧しか見えない…。


 「東雲さんと日出さんが見えているその斧の後ろですよ…。」

 「千暁ちゃん…、それ…どうしたの…?」


大斧は体をすっぽりと隠すように地面に突き立てられており、その斧の側面を背もたれのように扱い千暁が座っていた。


 「千暁ちゃん…それはやりすぎだよ…。いくらしたの…?」

 「あ、値段のこと聞いてなかった…、マードックさんが買ってくれたんです。」


 日出はすべてを理解した…マードックはすべての財産をはたいたのだと…。そして、意気消沈しているのだと…。


 その話をきいて、丸とホルスはマードックに対して、王様に経費で落とせるか確認しようという提案をしていたが、マードックの顔が晴れることはなかった。


 「千暁ちゃん、返してきた方がいいんじゃない?マードックさん子犬の様になってるよ?」

 「でも男性からもらったプレゼントを返すなんて失礼に当たりますよ!」


 日出はぐうの音も出ない様子で撃沈していた。そして、その千暁の様子に圧倒されていた。日出は私に助けを求めていたが私も目の前にいる千暁には強く出られないくらい圧倒されていた。

 

 「まぁもう買ってもらったものは仕方ない…でも王様には、ちゃんとマードックさんの件は話すんだよ…。」

 「はーい。マードックさん、ありがとうございます!」


 こちらの武器がどのように作られているかは皆目見当つかなかったが、見るからに高いことはわかる…。

 

 「それより、この手袋見てくださいよ。ほら!」


 千暁がこぶしを握ると手袋からアストラル体が出てきてこぶしを保護する瞬間を見せた。


 「すごいなこれは…。日出、物質をアストラル体を変化させているぞ。」

 「千暁ちゃんのアストラル体とこの物質のアストラル体が結合しているということですかね…。」

 「一体化とは違うような気がするな…取り外しも可能なようだ。」

 「本体のアストラル体から電気信号の様に物質のアストラル体を干渉させているのか…。こちらの世界の理は本当に難しいですね…メンタル体と言い。」


 わからないことが楽しい、日出と私は目の前の課題が楽しくて仕方がなくなった。しかし、これから対応しなければならないことはしっかりと頭にこびりついている。


怨嗟の念の様にこちらの世界につもり、こびりついたメンタル体を輪廻の輪に返してあげるという事。メンタル体という言葉を頭に思い浮かべるたびにそのことが気がかりになる。


 「そうだ、東雲さん、千暁ちゃん、調べて分かったことを伝えるのを忘れていた。」

 日出はそう言うと、アカシックレコードで掘り起こされた記憶に関して話し始めた。


 「まず、東雲さん。あなたは盗賊でしょう。」

 「日出…、何なのだ…そのゲームの職業みたいな話しは…。」

 「もう、東雲さん、ちゃちゃ入れないでくださいよ。次、千暁ちゃんは戦士。」

 「戦士ですか…。」

 「二人とも…雰囲気作ってたのに、もういいです。アストラル体にも属性があるらしいんです。知覚が優れるものの盗賊、変化に富むものの魔法使い、力強いものの戦士、癒すもの僧侶、こんな感じらしいです。ほかにもありますがもう話しません。」


 日出は私たちのちゃちゃにへそを曲げてしまったようだ。本当に子どもっぽいところがある。そして、そっぽを向いた日出をなだめるために私たち二人は苦労した。


 「それぞれアストラル体には相性があるみたいで、東雲さんだとこう感じる力が強いらしいです。千暁ちゃんはシンプルに強い!そんな感じですね。」

 「あぁそうだったのか…、そのような話は私も門番のヘイムダルさんに聞いたよ。」


 日出は自分の手柄を取られたように感じたようで、またもやふてくされようとしていた。


そんな話をしていた時、王様の伝令というものが現れ問題が起きたということで、王座の間に集まってくれと、一報が入った。


そのことを私たちに告げると一足先に王座の間に戻っていった。


 さきほどの和やかなムードとは打って変わり緊張が体を支配するのがわかる。


これから禁忌を行い、常世の人間たちのメンタル体を輪廻の輪に返すそんなことが始まるのであると息をのんだ。

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