引きこもりバンザイ?

 私たちは再度扉に触れ、現世に戻ってきた。こちらでは日出が映し出されていた映像を食い入る様に確認し、何やらレポートをまとめている。そして、千暁は母親の事を心配そうに見つめていた。


 田口さんの母親はエーテル体をかなり使ってしまったのでかなり衰弱していた。そのため、1週間ほどここで療養させることを千暁に伝えた。しっかりご飯を食べ睡眠をとっていれば療養場所は問わないのだが、常世の理でどうにもならないことがあった場合、私と日出がいた方がよいであろうという理由からだ。


 「東雲さん、お疲れ様です。しっかりと見届けさせてもらいましたよ。音声が聞こえないのが残念でしたが…、いったい何話していたんですか?」

 「ぁぁ、あっちの世界だとやはり我々エーテル体を持つ者は恰好の餌だという話だ。日出、お前が喰われた理由もそれだ…。」

 「やはりですが…。わかっていた事とは言え、向こうの住人に言われたって事は…。」

 「あぁ、そうだ…。このままゾンビパウダーが普及すれば、喰われる奴が出てくるだろうな…。」


 私が絶対に気づかれるなとテスター達に注意したのもこの懸念があったからだ…。そして、幽世の住人からの忠告のあったのだ、もっと重く受け止めていかなければならない。しかし、私はもう逢魔製薬から離れた身…どうもしようがない。


 そして、エーテル体とは向こうの住人にとってはエナジードリンクの様なものなのだろう…。自分達はアストラル体で構築されており、エーテル体を持たない…、しかしエーテル体を持つ者を捕食した場合、そのエーテル体のエネルギーを体に宿す事ができる、そんなところであるということを日出に今作っているレポートに記載するように話しておいて。


 「俺もいろいろ疲れた…、まだ日は高いが寝る。」

 「東雲さん、お疲れ様です。」

 「東雲さん、お母さんをありがとうございます。」


 私は軽く手を振り、シャワーも浴びずにベッドに倒れ込んだ。

 アストラル体、エーテル体を喰われた人はどうなるのだろう…そんな漠然とした疑問でモヤモヤしていたが、重圧から解放された気持ちからの睡魔には勝てなかった。


 ーーその日の夜


 リビングで鳴り響く破裂音で目が覚めた。


 「東雲様、おはようございます。昨日は無事成功された様で何よりです。」

 「あぁ、コンシェルジュさん、おはようございます。どうしたんですか?」

 「東雲さん、お祝いですよ、お祝い!」


 日出の手にはシャンパンが開けられており、そのシャンパンに直接口をつけて飲んでいた。もう完全によっている…、テーブルにはシャンパンの前に開けたのであろうワインやらビールなどが所狭しとおかれている。


 「日出、俺が寝ているのをいいことに飲みやがって!俺にもよこせ!」


 日出の手からシャンパンのボトルを奪い取りガバガバと喉に炭酸を流し込む。

 飲まず食わずで寝てしまった喉に水分とアルコールが染み渡る。


 「東雲さん、おはようございます。私まですみません。」


 そこには千暁の姿があった…、母親がやはり心配でこの部屋に泊まることにしたようだ。そして、机に置かれている大半の酒はこの千暁が飲んだものだと日出に教えられた…。


 「千暁さん、おはようございます。あれ…、帰らなくてよかったの?」

 「はい、家も母と二人暮らしなので、母についていたくて…。」

 「あぁ、そうかそうか…。まぁ、ゆっくりしていって。ベッドとか大丈夫?」


 そう聞くと日出が私眠っている間にコンシェルジュが必要なものは全て手配してくれたという話をしてくれた。本当にこのコンシェルジュはエスパーなのでは無いかと言うくらい仕事が早い…。


 「お母さんの様子はどう?」

 「あの後、東雲さんに続いてぐっすり眠ったようで。今は立ち上がれるくらいにはなっています。」

 「それはよかった。まぁ、千暁さんもゆっくりしてね。」


 ゆっくりしていってという気の利かない言葉しか出てこなかった。こういう時コンシェルジュならもっと良い言葉をかけられるんだろうなぁと少し恥ずかしくなった。


 その恥ずかしさからキョロキョロと辺りを見回したが、先程までいたコンシェルジュの姿は無くなっていた。水を刺さぬように気を遣ったのであろう。


 「日出…、あの話の続きなんだが…。」

 「エーテル体ですね。」

 「向こうで全て喰われた場合どうなると思う?」

 「まぁ、現世の肉体は意識不明…、寝たきり…、そんな感じですかね。」

 「あくまで受肉はしないよな?」

 「向こうの住人がこちらにくるには扉を通るしか無いですし…、その扉も【ゾンビパウダー】を服用していない向こうの住人には見えないはずですから、それは無いんでは無いでしょうか。」


 日出の仮説と私の仮説は一緒であった。しかし、私はどこが引っ掛かる。


 「向こうで結合して、均衡を保った上でこちらの人としてやってきて、こちらで体を乗っ取る事は可能なのか?」

 「それは可能だと思いますが…。それを言うなら、一緒に扉を潜ってこちら側で結合して乗っ取るのとかわりませんよね。」

 「そうだな…、俺の考えすぎか。」


 漠然とした不安はあるものの、その場はその答えで納得したが、探求に終わりはない、次々と別の疑問が沸き上がる。


 「日出、何度もすまないが、エーテル体の利用は結合した後、どっちのアストラル体が主導権を持つんだ?」

 「エーテル体の利用ですか…。多分どっちも利用できるんじゃないでしょうか…。あくまでアストラル体の要望を叶えるエネルギーとして利用されると考えれば、アストラル体であれば誰でも利用できると考えるのが妥当でしょうね。」

 「やはりそうなるか…。」

 「二つのアストラル体一つの体にあったとして、エーテル体は双方で利用可能と言いましたが、どれだけ使えるかという比率の問題は未知数です。100%使えるのか、それともアストラル体の比率に応じてなのか…。」


 エーテル体でアストラル体を強化できる事は田口さんの母親の件で実証済みだ。更にいうと、あの時リリーは悪意を持たないアストラル体であったため田口さんのエーテル体を勝手に使うことがなかったであろう。


 この仮説の立証ができる頃には大変な事態が起こっていそうだ。


 「まずいな。そうなると、アストラル体の強弱に関わらず受肉の可能性が出てくるぞ。」

 「東雲さんどういうことですか?」

 「リリーの件なんだが、リリーの意識を出すために田口さんのエーテル体を使って一時的にリリーのアストラル体を田口さんより強くしたんだ。」

 「エーテル体の利用による、アストラル体強化での体の乗っ取りですね…。リリーは悪意がなかったからよかったものの…、そういうことですね。」


 日出は話が早い…、私とあの世界を渡り歩いただけのことはある。


 「逆にエーテル体でアストラル体を弱める事は可能か?」

 「理論上は不可能だと思います…。プラスの力をマイナスに転じさせるにはエーテル体とは全く逆の力でしょう。」

 「力を持ったものがエーテル体を使い弱く見せて人の中に鳴りを潜めてこちらにやってきて、復活!はできないということだな。なら、安心だ、お前を喰ったようなあの強い化け物が受肉できるとなると、おちおち眠れもしないよ。」


 日出を襲ったあの怪物…、リリーが教えてくれたあちらの世界における頂点捕食者がこちらの世界にきた場合、ご馳走の山であろう。右を向いても左を向いてもご馳走、ご馳走、そいつらにとっては天国の様なものだ。


 まぁ、受肉しない限りはアストラル体では肉体に干渉出来ないのだけが唯一の救いだな。


 「あーあ!これでやっといつもの日常に戻れるな。受肉なんてそうそう起こるものじゃないだろうし。」

 「そうですね。」

 「よし、引きこもり生活再会!」


 私はソファーに飛び込みシャンパン片手にゴロゴロと怠惰をむさぼり始めた。


 ーー幽世のある場所


 「主人様、今は聞こえてはおらぬとは思いますが…。石板に記載された者のうち三人が揃いました。」


 玉座で眠る男の前に跪き、その男は何かの報告を行っている。


 「知識ある者、力ある者、そしてそれらを導く者の三人です。どうか、彼らに…。」


 そう言うとその男は石板を脇に挟み込み、主人と呼んでいた眠っている男に一礼し、その場を後にした。


 「急がねばなりませんね…。あの者…禁忌の者たち…も動き始めた…。常世と幽世の境界が曖昧になる前に…。」

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