ゾンビパウダー

ろぶんすた=森

第一部 神殺しの陰謀 プロローグ

退職へのカウントダウン

 「ゾンビパウダーと聞いて皆様は何を想像しますでしょうか?死者が蘇る、不死の存在になる…、そういった事を想像している事でしょう。また、シャーマンが不気味な黒魔術に利用する、そんなことも想像するかも知れませんね。」


 大きな舞台でスポットライトを浴びたスーツの上に白衣を羽織った中年男性が巨大なスクリーンの前でプレゼンテーションをしている。プレゼンテーションをしているのはこの製薬会社の社長であり、舞台袖でそれを見ているのが私だ。


「長い前置きに付き合っていただいて申し訳ございません、ここからが本題です。我々、逢魔製薬が開発した新薬についてご紹介いたします。」


 プレゼンテーションをしていた画面が配信映像に切り替わり、プレゼンテーションを聞いていた観客の四人に焦点があてられた。


 「さあ、もう一度貴方が逢いたい人はいませんか?さぁ、選ばれしテスターの方々壇上へ!」


 配信映像に移っていた老若男女が壇上へ上がっていく。


 「さぁ、もう一度会いましょう!まずはテスターの皆様に誰に逢いたいかを一人ずつ答えてもらいましょう!」


 そう言うと、檀上の四人のテスターの人たちにスポットライトが当たり、画面にテスター達の様子が映し出された。


 「私は…、亡くなった母親に…。母さん逢いに行くよ!」

 「俺は…俺は…妹に…!」

 「先月亡くなった、愛犬のリリーに。」

 「わしは先立たれた妻に。」


 皆一同、亡くなった人たちに逢うと言う話をし始めた。この新薬を開発した目的は死別により精神的にまいってしまった人の療養目的に私がリーダーとなり開発したのだが、舞台袖で見ていることしかできないこれが大人の社会というものだ。


 「さぁ、その願い叶えましょう!このわが社が開発した新薬その名も【ゾンビパウダー】で!」


 会場がどよめいた…、冒頭に不気味な説明がなされたゾンビパウダー、それと同名の名が出たからだ。会場では、大丈夫なのか?黒魔術でもやろうというのかという声が聞こえてきている。

 そんな声はなんのその、ちゃくちゃくとテスターの人たちに脳波計測機の様なヘルメットを装着され、舞台上にある無機質なベッドに寝かされていった。


 ーー遡ること1ヶ月前


 「逢魔社長!どうなっているのですか、急に新薬発表会なんて!プロジェクトマネジャーの私も聞かされていないのですが。」

 「これはこれは東雲主任研究員ではないですか。このプロジェクトは逢魔製薬にとっての要なのです。社長判断で決定したのですよ。」

 「しかし、逢魔社長!まだ、危険性を拭い切れてないじゃないですか!時期尚早だと…。」

 「このプロジェクトを始めた時の契約では、私がこのプロジェクトの統括責任者であることは明記しましたよね。それと、この新薬の売上30%は君の懐に入る契約だったと思うが、今からでも契約を変更するかい?」


 社長室にアポなしで飛び込み、直談判をしたがそれも無駄に終わった…。この逢魔社長からの話に私はぐぅの音もでなかったのだ。契約当初、目先のお金に釣られ、自分の権利は全て放棄すると契約書にサインしたのだ…。このプロジェクトのマネジャーを務めていたが所詮は雇われの立場だ…、わが身はかわいい、ここでこの契約をふいにしてしまうわけにはいかないのだ。


 所詮雇われの任期付き研究者の立場は低い…、プロジェクトが終わったらフリーターに戻り、また任期付きの研究に応募する…、そんな生活を送ってきた。そのため、今回の契約は破格の契約なのだ…、この新薬が売れれば私はもう働かなくても良いだけの金が入る。


 「せめて、社長。安全性を担保するためにも、テスター達の訓練だけはお願いします。」

 「あぁ、それは頼もしいな。何せ、あの世界に関して君の右に出るものはいないからね。テスターの訓練とお披露目会のテスター達の案内人役だけは関わらせてやろう。それが終わったら君の任期は終了だ。」

 「ありがとうございます。」


 この【ゾンビパウダー】は偶発的にできた代物であった…、神がかり的な何かが噛み合い生まれた新薬であった。作成の手順をたどればだれでも作成できるまでに技術は昇華させた、一方でこの【ゾンビパウダー】の副作用や危険性に関してはまだまだ未知の部分が多い。それを社長の鶴の一声で断念せざる得ないのだ…。


 「テスターの訓練の前に一言だけ、社長に…。」

 「なんだね…?」

 「幽世の危険性に関して私なりにレポートにまとめておりますので、お時間あるときに読んでおいていただけますと幸いです。」

 「時間があれば目を通しておくよ。私は忙しいので、そろそろ出て行ってくれるかな?これが終わった後、君はお役御免だ。」


 常世の人間が死後の世界、幽世に行くということ…の危険性がすこしでも伝わればよいと思ったが、この時の社長の顔を見るにそれは困難なことだと察してしまった。


 私と部下のもう一人で【ゾンビパウダー】が完成した時、何度も幽世の世界の探求を行った…、そこで起こってしまったあの件もレポートにはまとめている。


 せめてそこだけでもと思いもう一度社長室にはいろうと思ったが社長のあの顔を思い出し、自分で何とかするしかないと決心した。


 この新薬【ゾンビパウダー】が後に、常世と幽世を巻き込むあんな事態を引き起こすとはこの時は全く考えていなかった。

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