第29話 舌戦


「魔法師団がすでにドラッグの取り締まりをしていることは知っている。そして、それを公表していないことも」

「うん。そうだね。私にアポイントメインを匿名で取ってきたのもそうだけど、どうやらルシウスには優秀な部下がいるみたいだね」

「さて、それはどうかな」

「ふぅん……」


 情報を隠すことはせず、ライラは普通にそう言ってきた。


 しかし、彼女の腹のうちは全く読めない。原作でも主人公との絡みはそれほど多くはなく、ただの変わった人間という認識しかなかった。


 こうして直接対面してみると、伊達に団長ではないということか。打って変わって、彼女の纏っている雰囲気は鋭いものになる。


 視線は俺を値踏みするようなものになり、俺はそれと真っ直ぐ相対する。


「出所は分かっているのか?」

「さぁ、どうだろうねぇ」

「知っているな?」

「ううん。本当に分かんない。ただ今回のドラッグは今までのものとはちょっと違うかなーって」


 嘘をついている様子はないな。ただし、ライラ側からしても俺にただで情報を渡すわけもない。何かしらの条件を提示してくることは明白。


「違う? 具体的には」

「ここから先は有料プランでーすっ!」

「ただで情報はやれないと?」

「うん。ねぇ、ルシウス。うちに入りなよ。あぁこれは婚約とは別の話。今は団長として話しているから」


 やはり、か。二年前に会った時も勧誘されたが、今回も同様だった。俺はその勧誘を断っている。だって、普通に組織に属するとかめんどくさそうじゃん……それも魔法師団なんてものは、貴族主義が横行している聖地みたいなもんだ。


 常に権力争いがあり、誰かが蹴落とされている世界で生きるなんてごめんだ。それ婚約の剣は本当に勘弁してほしい……。


「断る」

「へぇ……そっか。ちょっと話逸れるけど、いい?」

「時間はある。構わない」

「そ。じゃあ話すけど、私ってほら可愛くて頭いいじゃん? 魔法の才能も凄いし、それに見合う努力もしてきた」

「まぁ、概ね肯定する」


 自意識の高さが凄いな。ただ、どれも事実なので肯定するほかなかった。この辺りの自己認識は、本当にライラらしいと思う。


「団長の地位も最年少で手に入れたし。私って、賢者になれるほどの天才だなーって思ってたの。ライバルはソフィーちゃんぐらいかなって」

「ソフィーも確かに素晴らしい魔法使いだな」

「そうだね。でも、二年前にあなたが颯爽と現れて、賢者の座を奪っていった」

「奪うとは言い方が良くないな。俺は正規の手順で賢者になった」

「だって、あなたのことなんて誰も知らなかった。聖抜の儀で注目株は、私かソフィーちゃんの二人だけ。私は完璧超人を目指してたから、団長と賢者になると思っていたの」

「まぁ、それはすまないことをしたな」


 まさかそんな背景があったとは。団長であるライラは原作で掘り下げられることのないキャラなので、俺にとって彼女との会話は新鮮なものだった。


「正直、あなたはレベルが違うって思った。その魔法全てが世界の理の外にあるような。トップレベルのさらに上にいるみたいな感じ。でも、賢者になってからは引きこもってばっかり。それが急にドラッグについて知りたい? 正義感でも芽生えたの? 最近は急に学会にも出てきたし、どう言う風の吹き回し?」

「正義感ではない。ただ、俺には俺の目的がある」

「それは開示できないの?」

「無理だな」

「じゃあ、私からも何も情報は提供しない……と言いたいところだけど、教えてあげる」

「? なぜだ」


 俺は既に帰る心持ちだった。話は平行線であり、俺がここに来たのはもしかすれば何か情報が手に入れるかもしれない──という低い確率に賭けたものだったからだ。


 それがどうして急に、俺に教える気になったんだ……?


「最近、論文出したじゃない?」

「あぁ。あれか」


 仮想魔法領域の研究の一部を俺は論文として発表してみた。まだ誰も開拓していない分野であり、理解できる魔法使いなんていないと思っていたが。


「仮想魔法領域ね。魔法領域に仮想領域を再設定して、そこに別の魔法式を書き込む。面白い発想だわ。まだ再現はできないけど、やっぱりあなたは史上最高の天才よ。あれ、マージで感動したから。その感謝で教えてあげる」

「そ、そうか……」

「なんで引いてるのよ」

「いや、そんなつもりで発表した気はないからな」

「人生ってやつは、どこで何が繋がっているか分からない。そういうものでしょ?」

「そうだな」


 そうライラに言われて俺は深く頷いた。確かに、この世界は俺が知っているようで知らない世界。何がどこに繋がっているかなんて、分からないからな。


 まさか自分が趣味で発表した論文の感謝で情報を教えてもらえるとは。やはり、何事もやってみることは重要だなと俺は思った。


「さて、本題に戻りましょうか。流布しているドラッグの効果は魔力の増幅よ」

「やはりか」

「すでに被験者でも見つけた?」

「まぁな。ただし、本人には受け取った記憶がない」

「それなのよ」


 ビシッと俺に向かって指を刺してくるライラ。彼女もどうやらそこまでは把握しているらしい。


「やっぱ、大元まで来るのを怖がっているのかしら」

「徹底的なリスクの排除か。考えられるな」

「ね。で、ドラッグの依存性はそこまで高くはない。けど、重ねれば重ねるほど深刻になっていくわ。最終的に魔力回路が壊れるほどに」

「そこまでなのか?」

「えぇ。一人だけいたわ」


 それは初見の情報だった。俺としても手に入るのはありがたい。魔力回路が壊れるほどか。それは流石に看過できないものだな。


「売買の場所は探しているけれど、手がかりなしかしら。深夜に調査隊を派遣しているけれど、成果はないわね」

「魔法結界を使っている可能性が高いだろう」

「私もそう思うわ。それもかなり高度なものね。ま、情報はこんな感じかしら」

「感謝する。非常に助かった」


 俺は立ち上がって帰る準備をする。やはり、ここに来て良かったな。ライラとも建設的な会話をすることができて良かった。


「ねぇ、ルシウス」


 去り際。ライラに呼ばれたので振り返ると、頬にある感触が残った。


「は……?」

「ふふ。これはお礼よ。私、本当にあなたの論文に感銘を受けたの。婚約の件もちゃんと考えてね?」

「あ、あぁ……そ、そうか」

「じゃあ、ばいばい」

「失礼する」


 ま、まさか頬にキスされるとは……本当にライラという人物は全く掴めないな……。俺は激しく動揺しながら、帰路へとつく。


 帰宅するとアイシアがいつものように待っていた。恭しく礼をして俺のことを迎えてくれる。


「おかえりなさいませ」

「あぁ」

「……くんくん。女ですか」

「いや、知ってるだろ。団長は女だって」

「いえ。これは意図的にマーキングしている感じです」


 犬かよ。というツッコミは心の中だけでしておいた。


「もしかして──何かありました?」

「……い、いや。その」


 全く光の灯っていないいつもの瞳。完全にトラウマになっており、俺は体が震えるのを感じる。


「正直に言えば、説教は短くしてあげます。嘘が発覚した場合は、分かってますよね?」


 にこりと微笑むその姿は、もはや死神そのもの。まるで喉元に大鎌を突き付けられているようだった。


「すみません……帰り際に頬にキスされました。あと、婚約を申し込まれました……」

「──は?」


 その日。彼女による説教は朝まで行われた。やれ、自覚がないだの。もっと慎ましくしろだの。もっと献身的に支えてくれる女性に意識を割くべきだの。油断している自覚がないから、つけ込まれるなど散々だった。


 正直に言っても、嘘を言っても、俺の状況って詰んでないか……? ぐすん……。



 そして、俺は今日手に入れた情報を活かして、早速深夜の街を散策することにするのだった。

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