第18話 デート


「ねぇ、あの決闘のあなたの魔法、少しおかしかったと思うの」

「……どう言う意味だ?」


 サリナは厳しい目つきで俺に対して詰問してくる。興味がある、というのはそういう意味だったか……まずいな……。


「確かにルイスくんの魔法は素晴らしいものだった。けれど、途中で明らかに増幅されていた気がするのよね。それも発動直後に。彼の魔法特性かなって思ったけど、同時にあなたは何かしらの魔法を発動させていた」


 彼女は自分の所感を述べる。早口であり、そこにはある種の確信のようなものが宿っているようだった。


 ま、まずい……そう言えば、サリナは魔法知覚能力が高いんだった。俺の知っている原作程度ならば、問題はないが──ここはウルトラハードの世界観。俺の既存の範疇を超えていてもおかしくはない。


「けど、魔法の発動兆候はあるのに、何も起きていない。あるのはルイスくんの魔法が増幅されていると言う事実のみ。それに派手に転がって出血していたけど、あまりダメージを負っているような様子はなかった。あの決闘は不審な点が多いと思うの」

「……」


 そこまで冷静に分析しているのか。これは彼女の実力を見誤っていたな。


「ねぇ、あなたは一体何者なの?」

「俺はただの怠惰な学生だ。それ以上もそれ以下もでない」

「へぇ……」

「……」


 う。ま、まずい。明らかに俺のことを怪しんでいる。これは流石に、今回のダンジョン演習では実力を抑えないといけないな。


「まぁ、いいわ。そのうち分かることでしょうしね。じゃあ二人とも、改めてよろしくね?」

「はい!」

「あぁ……」


 そんなこんなで俺たち三人はパーティを組むことになったが、大丈夫だろうか。いや、大丈夫だよな……? と内心焦っていると、ルイスが俺に声をかけてきた。


「ウィルくん」

「どうした?」

「明日って、お時間ありますか?」


 明日から休日で、週明けにダンジョン演習が始めるスケジュールになっている。幸いなことに、今は剣聖も賢者の予定も入っていない。いや、多分大丈夫だよな……先週みたいに急に予定が入らないことを俺は祈っていた。


 うぅ……これも悲しく社畜のさがというか、なんというか。


「まぁ、今のところは大丈夫だ」

「実は杖を新調したくて。でもその……あんまり詳しくて、買うのを手伝ってくれませんか?」


 杖か。確かに、決闘をした時にも思ったが、ルイスの杖はかなり使い込まれている。それこそ、何年もずっと使って来たのだろう。あまり古いと魔法の出力も悪くなってくるし、買い替えるには良い機会だろう。


「確かにダンジョン演習を機に買い替えてもいいかもしれないな」

「はい。お願いできませんか?」

「……」


 普通はヒロインのサリナに頼む方がいいんじゃないか? と思ったが、そうだ。こいつは女性なのである。あれ、でも待てよ。そうなってくると、ルイスの攻略対象はどうなってくるのだろうか。


 女性ということは、男性……になるのか? いやしかし、昨今の情勢を考えると、百合の可能性もゼロではない? だがここでそんなことを尋ねる勇気は俺にはない。


「? ダメですか?」


 心配そうに見上げて来るその姿はまるで子犬のよう。くそ! 分かっていてやっているのか? 俺はそんな姿を見せられて無碍に断ることは出来なかった。


「いや、問題はない。じゃあ明日、街の噴水前に集合でいいか?」

「はい! ありがとうございます!」



 翌日。俺は早朝に起床して、いそいそと準備をしていた。その様子をメイドのアイシアがじっと見つめてくる。


「休日ですのに、外に出るのですか? 珍しいですね」

「あぁ。ちょっとな」

「……女ですか?」


 こわっ! アイシアは時折、こうして厳しい視線を向けて来ることがある。体には黒いオーラを纏い、明らかに不機嫌ですよと訴えかけてくる。


「いや、男だ」


 表向きは、な。嘘は言っていないが、真実でもない。俺がそう言うと、アイシアはホッとした様子を見せる。


「そうですか。あまり帰りは遅くならないように」

「あぁ」


 そうして俺は待ち合わせ場所の噴水へと向かった。王国内の中央に鎮座している噴水は、待ち合わせスポットとして有名だ。既にここにいる俺の周りでカップルたちがここで合流し、腕を組みながら歩みを進めていく。


 くそ! リア充どもめ……! と、心の中で悪態をついていると、パタパタとあわてて走ってくる──ルイスの姿が目に入ったが……え?


「はぁ……はぁ……ごめんなさい。遅れてしまいましたか?」

「……? ルイス、なのか」

「はい。そうです」

「……」


 どうして俺が戸惑っているのか。それはルイスの姿が学院でのものと異なっているからだ。もう夏も近く、日差しが強いので麦わら帽子をかぶっているのは、まぁ理解できる。


 服装といえば、真っ白なワンピースであり、彼女の清純さをそのまま反映しているようだった。スカート丈は少し短く、膝あたりぐらいだ。そして少し高めのサンダルを履いている。


 大きな胸はこれでもかと強調され、さらにはなぜか髪が長い。鎖骨まで伸びる髪を見て俺は違和感を覚える。


 え。学院でのルイスはショートヘアだ。髪が伸びる魔法でもあるのか?


「髪、どうやって?」


 緊張のあまり、なぜかカタコトになってしまう。


「あ。これはウィッグですよ。私もこうして外出するときは、やっぱり女の子らしくしたいので。ふふ。驚いてますよね?」

「あ、あぁ……」


 は? は? マジで可愛くないか……? 口調もいつもよりもずっと柔らかいし、声も高めだ。一人称も私になってるし、これが本来のルイスなのか。


 男として振る舞うために相当の努力をしていることが、今回で分かったが……それにしてもギャップがえぐい。ギャップ萌えなんてものをここでモロに喰らうとは思わなかった。


「ウィルくん。どうかしましたか?」


 俺の顔を覗き込んでくる。その際に、彼女の豊満な胸の谷間が見えてしまう。ただし、そんなことをルイスは意識しているわけもなく、俺はその純粋さにも当てられていた。


「い、いや……普通に似合っていると思ってな」

「可愛いですか?」

「あ、あぁ。可愛いよ」

「ふふ。ありがとうございます。とっても嬉しいです」


 微かに見せる笑顔。それはもはや、どのヒロインよりもヒロインしていると言っても過言ではない。


 ぐおおおおおおおお。なんて、なんて破壊力なんだ。これがギャップ萌えってやつなのか? 俺はただただ、唖然とするしかなかった。まさか二人で出かけるだけで、ここまで動揺するとは……流石はルイス。


 これが主人公の風格なのか……!


「では、行きましょうか」

「あぁ……」


 戸惑いつつも、俺はルイスと一緒に街へと繰り出していき──今回の出来事でルイスという女性の素顔を知ることになる。



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