からかい好きなジャック

にゃべ♪

第1話 山田家にやってきたカボチャ頭

 瀬戸内海に面する小さな街、舞鷹市。その街には代々悪魔祓い、エクソシストを営む一族がいた。その山田家が舞鷹市に越してきたのは10年前。力を受け継ぐ一家の長男を悪霊から守るためだった。

 何故なら、一族が力に目覚めるのは15歳を過ぎてから。それまでは霊感はあれども力を行使する事は出来ないからだ。祓いの力を持たない霊能者の魂は悪霊共の最高のご馳走になる。そのため、子供が悪霊共に見つからないように霊的に浄化された街でひっそりと暮らす必要があったのだ。


 舞鷹市は母方の両親の住む結界に守られた街で、自然災害はおろか、悪霊被害もほぼ報告されていない清められた街。そのため、山田家当主の山田みずは家族をこの街に残し、自身は日本中を飛び回って職務を遂行していた。

 山田家を預かる瑞希の妻、ももは一人息子のきよしをこの街で大切に育てている。聖もまた、力に目覚めれば父の仕事を継ぐ気満々だ。


 舞鷹市の平和な環境で、聖はすくすくと成長する。そして11月1日、悪霊共に一番狙われやすい14歳の誕生日がやってきた。14歳から15歳までのこの一年が聖を狙う存在達にとって一番美味しい時期なのだ。この時を狙って街の結界を破るほどの大物悪霊が聖を襲おうと大量にやってくる。

 それはエクソシストの瑞希にとっても想定内。そこで彼は先手を打っていた。


 聖が14歳の誕生日を迎えたその日、父親から彼あての小包が届く。ホールケーキでも入っているのかと思わせるその四角い箱に、聖は胸をときめかした。


「父さんからの誕生日プレゼント、何かな?」

「きっといいものよ。あなたを守ってくれる」


 母親の百花の見守る中、聖は小包の包装をきれいに剥がしていく。そこから現れた術式の施された白い箱のフタを開けると、中に入っていたのは人の頭ほどもある大きなかぼちゃだった。彼は両手を添えて、そうっとかぼちゃを持ち上げる。

 それは、三角の目が2つに大きな口のハロウィン仕様に加工されたよく見るタイプのかぼちゃの置物だった。聖はかぼちゃをじっと見ながら首をひねる。


「なんで? ハロウィンは終わったのに」

「フフ、あの人らしいガーディアンね」

「え?」


 どうやら、百花は夫がこのかぼちゃを送ってきた意図を理解しているらしい。聖が戸惑っていると、優しく彼の頭を撫でる。


「まだぐっすり眠っているのよ。起こしてあげて」

「でもどうやっ……」


 母親のアドバイスに聖が困惑していると、突然かぼちゃの目が光る。そうしてガタガタ震え出したかと思うと、彼の手からポーンと勢いよく飛び出した。空中で停止したかぼちゃにニョキニョキと体が生えてくる。この突然の不思議現象に聖がぽかんと口を開けている間に、かぼちゃはタキシードの衣服込みですっかり体を出現させきっていた。その間、わずか数秒。

 完全体になったかぼちゃは聖よりも背が高く、180センチくらいはありそうだ。スラッとしていて余計な肉は全くついていない。痩せ過ぎな風貌と言って良かった。そのシルエットを目にした彼は思わずこぼす。


「かかしみたいだ」

「お褒めに預かり光栄です。はじめまして、山田家の皆様。私はジャックと申します。ご子息を守るためにマスターより使わされました。以後お見知り置きを」


 ジャックと名乗るおばけかぼちゃは流暢に言葉を操り、自分の出自を説明する。聖が力に目覚めるその日まで、悪霊から守るために彼はこの家にやってきたのだと。

 ジャックいわく、そこらへんの悪霊には負けない力を持っているらしい。


「悪霊が一番騒ぐのは地獄の門が開くハロウィンです。この日をやりすごせばもう大丈夫でしょう。それまでは私がしっかり守るのでご安心を」

「父さんは? 父さんがいたら君に頼らなくても」

「分かってください。我がマスターは多忙なのです。もしマスターが来れるなら私は派遣されておりません。マスターが信頼する私をどうか信じてはくれませんか?」


 ジャックはまるでベテランの執事のように聖をなだめる。百花は既にこの夫からの贈り物を受け入れて歓迎モードだ。いつの間にか入れてきた紅茶をジャックの前に差し出していた。


「お茶、どうぞ」

「有難うございます。うん、美味しい。実に絶妙です。流石はマスターの妻君、気遣いが素晴らしい」

「ふふ、それはどうも」


 彼女がジャックをもてなしているのを見て、聖は肩を落としてハァとため息を吐き出した。


「分かったよ。これからよろしくね、ジャック」

「ええ、こちらこそよろしくお願いします」


 ジャックは例の作り物の顔のまま紳士的にペコリと頭を下げ、うやうやしく左手を胸に当てて右手を広げる。こうして、山田家とガーディアンジャックとの共同生活は始まった。



 基本的に、普段の彼は母親のお手伝いをする居候だ。ジャック自身、まじないで体を与えれられた存在であり、山田家の霊力の範囲外に出るとその体を維持出来ずに頭部だけになってしまう。そのため、行動範囲は庭の敷地内までが限界だ。

 そもそも、見た目がカボチャ頭の大男、近所の人に見つかるだけでも噂話になってしまう。なので、基本的にジャックは家から出る事はなかった。特に目立つ昼間は――。


 それでどうやって聖を守るのかだけれども、そもそも悪霊がほとんどいない舞鷹市は昼間に襲われる危険性は皆無。やはり魔の眷属が暗躍する夜にこそ、ジャックの真価は発揮される事になる。

 夜になって山田家に対して襲ってくる悪霊共を、ジャックは得意の退魔術でビシバシと追い返したり倒したりしていた。全ては聖が寝ている間の出来事なので、彼はジャックの実力を全く知らない。


 ジャックの退魔術は長いステッキを巧みに使いこなす棒術が基本だ。マスターである瑞希にしっかり仕込まれたのか、雑魚悪霊などはいつも軽く一撃で対処していた。その夜も一戦を終えて、百花に紅茶とお菓子で労われる。


「お疲れ様。いつも見事ね」

「有難うございます。この街の結界は素晴らしい。しかし……」

「ええ。問題はハロウィンの夜よね」

「安心してください。私はそのために来たのですから」

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