連れ子の悶々

渡貫とゐち

連れ子の悶々


「なにを最近落ち込んでるのかと思えば、親父と血が繋がっていないから? ……んだよ、そんなことで元気がなかったのかよ……心配して損したじゃねえか」


「そんなことって……っ、――兄さんはいいよね、だってお父さんと血が繋がってるから!!」


「あのな、それを言い出したら、おれも母さんとは血が繋がってねえんだけど……、再婚した夫婦のそれぞれに連れ子がいれば、片方の親とは血が繋がってないんだから当たり前だろ。……血が繋がっていないのがそんなに嫌か? 繋がっていようが、繋がってなかろうが、ほとんど関係ないと思うんだけどなあ……」


「……血縁関係が、家族の証明じゃん……っ」


「なんだよ、学校でからかわれたのか? 血の繋がりがなければ父親じゃなくて他人じゃねえか、ってさ――」


「そこまでは言われてないけど……」


「言われてなくともそう感じたからこそ、気にしてんだろ? ……そんなことを言うやつとは縁を切れよ、くだらない相手だ。中学生とは言え、言っていいことと悪いことの判断くらいできる年齢だろ。冗談だとしても悪質だな……、よその家庭に口を挟むな――って言っとけ」


「うん。言ったよ、ついでに思い切りビンタしておいたから大丈夫」


「実はストレス発散し終わってるんじゃないの……?」


 深刻な顔をした義妹いもうとが、珍しくおれの部屋を訪ねてきた。重い相談ならこっちも片手間に話を聞くわけにはいかないが……、聞いてみれば想像を下回る軽い相談だった。


 なんだそりゃ、相談するまでもねえじゃねえか。

 なのでベッドに横になり、楽な体勢になる。その態度に義妹はちょっとだけ口を開きかけたけど、文句を言えない立場だと分かり、気持ちを抑えたらしい……まあ、口を出されたところで怒ったりはしなかったけど、おれにしか分からないことか。


 相談するまでもない悩みだが、しかし、義妹からすれば深刻な問題なようで……、抱える問題の大きさは人によって変わる。大したことないように見えても、当人からすれば抱えるストレスで心がすり減るような問題であることも多い。


 ここは――、大したことないことをアピールするためにいなすよりも、正面から、真面目に向き合った方がいいか……一度、きちんと清算しておいた方が義妹のためだ。


「相当気にしてるんだな……、血縁関係なんて、おまけみたいなものだと思うけどなあ……」


「じゃあ……兄さんは、家族と他人を、どう線引きしてるの?」


「生活空間を共有しているかどうか。親の思想を継いでいるか――ってところか。極端なことを言えば、毎日顔を合わせるクラスメイトと、滅多に会わない親戚だったら、クラスメイトの方が家族に近い。ほぼ会わない親戚なんて他人と一緒だろ」


 親戚には聞かれたくない言い分だったけど、でも本音だ。

 遠い親戚って、赤の他人と同じじゃないか?


「そっか……いやでも、そう、なのかな……?」


「他人に近いけど、会えば話が弾むのが親戚なのかもな――血縁関係なんてなくてもさ、親の考えや価値観がおれたちの中に根付いてしまえば、それでもう親子なんじゃないかって思うよ。容姿が似ていなくても、行動や反応がそっくりなら親子って言えるだろうしな。おれからすれば、梨奈りなと親父はもうどこからどう見ても父娘おやこだ。再婚したのなんてとうの昔で、お前は物心ついたばかりの頃だぞ? 生活習慣で染みついてんだよ。親父の意思は、ちゃんと梨奈に流れてる――、ただ単に、血の繋がりがないだけの親子だ。血縁関係なんて欠けたピースは、絶対に必要なものではない」


「そ、そう? わたしとお父さん、そっくりかな……?」


「ああ、そっくりだ。たまに親父と見間違えるくらいに」


「それはやだ」


 即答で拒絶された……、親父が聞いていたら泣いていたかもしれない。

 ただ、中学生の子が中年とそっくりって言われるのは、そりゃ嫌だろう。


「それは言い過ぎだけどさ……そっくりだよ。だから安心しろ、親子を親子と決めるのは、なにも血の繋がりがあるかどうかだけじゃない。もっと言えば、書類上で、おれたちはひとまとめとして囲われてるわけで……、その時点で誰がなんと言おうと親子なんだから……。外からなにを言われたところで、疑う必要なんかないんだよ……それに」


「……それに?」


「元も子もないこと言うけど……親子じゃないとしてさ……別にいいじゃん」


 ――そのおれの言葉に、義妹は口を開けて固まってしまった。……変なことを言ったつもりはないけど、もしかしたら義妹の頭の中にはなかった発想だったのかもしれない。


「おれたちが親父のことを親だと思ってる。親父はおれたちのことを自分の子だと思ってる。それで成立しているなら、それでいいじゃん。その関係性に親子という名を付ける必要もない。――こっちで勝手にやるだけだしな。だから血の繋がりなんて、今更どうだっていいだろ?」


「……兄さんは、母親似だね」


 と、部屋に入ってから初めて、義妹が笑った。

 その顔ができるなら、もう大丈夫だろう。


「いや、お前は俺の母さん知らねえだろ……あ、前のじゃなくて?」


「わたしのお母さんの方……というか兄さんの今のお母さんでしょ? ……似てるよ、そっくり。わたしが兄さんよりも先に相談した相手って、お母さんなんだけど……今兄さんが言ったことと同じこと言ってた……」


 それはそれで恥ずかしいな……。じゃあ、義妹からすれば二回目ってこと? 知っているセリフをなぞって言っていた、なんて思われてないよな……?


「……盗み聞きしたわけじゃないし、母さんから聞いたわけでもないからな? これはおれの意見だ。母さんの影響は……だから多く入ってるんだろうな……」


 おれは物心ついてしばらく経っていたけど、それでも幼少の頃から見ている母さんだ。

 影響は、多大に受けているはず。


「意思を継いでる……ってことなんだろうね」


「ああ、そういうことだな……、長年一緒に生活していれば、母さんの生き方が正しいって思うようになるし……」


 一番近くにある模範だ。

 とりあえず真似をしてしまうのは、仕方のないことだろう。

 それが正解かどうかは、生きながら判断していけばいい。


「そっか……これが、血の繋がりがない親子ってことなんだね!」



 …了

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