第6話 不穏な影

 男性が最後まで言わずとも、李を始めとした全員が状況を察し息を呑んだ。


「完全に解けてしまったん⁉」

「……はい」


 柳義以外の妹弟たちも、最悪の事態に各々表情を曇らせる。


「マジかよ」

「それはマズイね」

「まだ桃也様も見つかっていないというのに……」


 柳義だけは何も口にせず、男性鎮守官の方から鬼門へと視線を戻した。

 鬼門からは続々と異形が流出し、庭は既に異形の巣窟と化している。その中で、複数の餓鬼が柳義たちに襲い掛かった。


 すぐさま薙刀で迎撃し、横一閃。青い桜が弾け、餓鬼たちは一刀両断されて灰燼として消滅する。

 柳義は後方に控えている総監に指示を仰ぐ。


「もたもたしている暇は無い。李様、ご指示を!」


 しかし、李は不測の事態で気が動転し、柳義の声に気づいていない。


「李様‼」

「あっ、はい! えっと……」


 再度柳義が呼ぶと、ようやく李は我に返った。が、どうすればいいか分からず口籠ってしまう。


 普段は大人顔負けの沈着さと統帥能力を発揮している李が、今は狼狽し焦りを見せている。そんな彼女を要梅は神妙な面持ちで一瞥し、すぐさま異形を振り返った。

 今度は数匹の鎌鼬が尻尾を振り薙ぎ、邪気を纏った三日月形の刃を仕向けてくる。

 要梅は瞬時に抜刀し、軽々とその刃を斬り落とした。漆黒の邪気と相反する真白の霊力が刀身を覆い、白光している。


「柳義と槐斗は大鬼門の方に行け。アタシと姉ちゃんはここを片した後、別行動。アタシは大鬼門の方へ。姉ちゃんは桃也の捜索に。それでいいだろ」


 要梅の指示に、柳義は大きく目を見開く。桐玻や李も惚けたようにぽかんと口を開けていた。

 しかし、柳義はすぐ怪しげに目を細めて要梅を見据える。


「お前と桐玻がここを受け持つということは、単純にお前が桐玻と一緒にいたいという下心が——」

「それもあるけど、ちゃんと状況と戦力を鑑みて合理的に考えた結果だわこのクソキモナルシ野郎!」


 柳義が言い終える前に要梅は柳眉を逆立ててツッコむ。


 ——やっぱり下心あったんだ。


 一方、槐斗は水で創成した矢を番えて異形に狙いを定めながら、心の中でそう独り言ちた。


「誰がクソキモナルシ野郎だ。全く、これだから下品な言葉遣いを改めようとしないシスコン愚妹は」

「何だとテメエこのやろ――って、こんな不毛な口論してる場合じゃねえ」


 珍しく要梅が自制したので、止めに入ろうとした桐玻は秘かに感心する。


「アタシと柳義は近接プラス中距離型、対して姉ちゃんと槐斗はバリバリの遠距離型。だから、遠近で組み合わせて別れた方がお互いサポートしやすいだろって話だ」

「なるほど。確かにその方が良いですね」


 桐玻が銃を構えて炎弾を撃ちながら頷いていると、要梅がほら見ろと柳義にドヤ顔を向ける。


 ――いや、だから。別に俺と桐玻、お前と槐斗の双子組み合わせでもいいだろう。


 そう異議を唱えそうになったところを寸前で押し留め、柳義は盛大に溜息を吐いて渋々了承した。


「……分かった。今回だけはお前の言う通りにしてやる」

「今回だけはって何だ!」


 獣のように歯を剥き出しにする要梅を余所に、柳義は桐玻の方に向き直る。


「桐玻。悪いが要梅と一緒にここを任されてくれるか?」

「勿論です」


 柳義は頷いて、槐斗に目配せした。


「槐斗、行くぞ」

「うん」


 柳義と槐斗が踵を返して大鬼門の方へ向かおうとすると、


「柳義さん、槐斗さん!」


 李の呼声に引き留められた。

 振り返れば、沈痛な面持ちで深々と首を垂れる総監の姿が。隣に控えていた荷風も叩頭している。


「こんな事になってしまったのは全部うちの責任です。ほんまに申し訳ありません。どうか、よろしくお願いします……!」

「総監直々の命、確かに拝命しました。お任せください」


 柳義はそのまま一礼し、颯爽と広間を去っていく。槐斗も小さく頭を下げてから兄の背を追った。


 顔をあげて二人を見送った後、李は腰をあげる。


「要梅さんらに任せっきりにするわけにはいかへん。うちも戦います!」


 しかし、要梅はかぶりを振って李の加勢を拒否した。


「ここはアタシらだけでいい。アンタは早くバカな弟取っ捕まえて結界の再構築に努めろ」

「で、でもっ……」

「アタシらを誰だと思ってんだ。〈四天王〉だぞ」


 不敵に笑む要梅。そして、隣で応戦していた桐玻も自信に満ちた微笑を浮かべていた。

 部下とはいえ、その実力は彼女たちの方が遥かに上だ。自分も戦おうとすれば、むしろ要梅たちの足手まといになるかもしれない。


「……分かりました。お願いします!」


 己の力不足を悔やみつつも、この場は姉妹に任せることにして、李は荷風に問いかける。


「荷風、今天雷たちは?」

「敷地外の森林や近隣地域を当たっています」

「そうやんな。でも、あの子もうちも央殿以外に行くとこは……」


 途端、李が何か思い出したかのように言葉を噤んだ。


「李様?」


 荷風の呼声が耳に入らず、李は一人思案する。


 ——基本うちらは央殿を出えへん。央殿の社殿主も兼ねてる以上、指揮系統を崩すわけにはいかへんし、結界のこともある。でも……


 そこで、李は何かに気づいて目を見開き、口元に手を添える。


 —— 一か所だけあった! うちと桃也が、敷地外で唯一行ったことある場所……! でも、もしそこに桃也がおるんやとしたら……。

 

 咄嗟に青ざめた李が叫ぶ。


「あかん! すぐにあの子を連れ戻さんとっ‼」

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