スキトオルアオ

@wakumo

第1話 剣士朗

 私の家に、突然、新学期から高校に通うため、今は遠く離れた島に住む、従兄弟の剣士が下宿することになった。中学校の卒業式も終わって心機一転。これからの毎日がどうなるだろうか、戦々恐々とし、期待と不安に、何だか何をしても手に着かず浮き足立っていた春休み。

 まさか、まさか、しかもその剣士が、私と同じ高校に合格して同級生になるなんて、まるで想像もつかないことだった……

 突然、従兄弟と言われても、どんな顔してくるんだか想像もつかない。自分に従兄弟がいたことも、なんだかすっかり忘れていたくらい。それ程私たちは日頃会うこともなく遠く離れた状況で育ったのだった。

 剣士の親は、私の父さんのたった一人の妹夫婦。都会の雑踏を嫌い、この東京を離れて十年。南の孤島で、民宿をやりながら魚釣りをしてくらしている。らしい……

剣士もそこで、自由奔放に自然を合い手に山猿のように育っている。らしい……と、折に触れて親からは聞かされていたけど。五歳の時離れてからずっとそのまま会うこともなく過ぎた空白の十年間は私には長すぎる。私達はいったいどんな再会をするのだろう。

 時々、風が耳のそばを通り過ぎるように名前が聞こえて来たりしたけど……こっちは全然その気もないから聞いちゃいない。顔なんて当然覚えてない。どんな性格かもこの際わからない。そんな奴が、春休みが終わる頃。この家にやって来るらしい。

 おばさんの家は、私が幼稚園の頃、小笠原に渡ったと聞く。たしかその時、引っ越しの時に、みんなで写した、写真があったって母さんが言っていた。私はこの際、何でもいいから知っておこうとアルバムを探して物置に上がった。

「なんで家に下宿することになったんだか。しかも男だって」

 引っ込み思案の私には受け入れられないこの現実。でも、母さんなら『いいよ』と言いかねない。私や父さんと違って向こう見ずな人だから…

 久々に上がった屋根裏部屋。壁を探ってスイッチを入れると、荷物の影がくっきり浮かび上がる。いつ来ても物、物、物。この部屋には家中の昔が詰まっている。

かび臭い本の臭い、もう使わない忘れさられたおもちゃ達。

 懐かしさに浸った後、カーテンを明けて必死になってアルバムを探した。お目当てのアルバムは、私が子どもの頃使っていた整理箱の中に入ってたはず……

「あった!あった、これだ」

よっこいしょっと抱えて、下のリビングに持って降りると忙しくしていた母さんも懐かしそうにのぞきこんできた。

「へエー懐かしい、よく見つかったねえ」

 生まれて間もない頃。よちよち歩きの頃。写ってる写ってる、私と剣士の幼い頃。すごく仲よさそうじゃない。遠い親戚みたいに思っていたけどどうして仲良さそう。可愛いじゃない。

「これが剣士、可愛い!どっかのおぼっちゃまみたい」

「そうよ、親の言うこと良く聞くおとなしい良い子だったんだから」

 また隣に写ってる私が可愛い。今よりもっと大きな、こぼれそうな目をしてる。

「わあー綺麗な海。透けてるよこの海の色。これ何処?」

「それそれ、それが運命の小笠原よ!私達は気楽にね、バカンスを楽しもうとそこへ二家族一緒に行ったのに…なのにその時その海に魅せられて、遠野家は海の向こうの人になっちゃったってわけよ」

 と、なんか、サバサバと、煎餅をバリバリ食べながら母さんが言った。

「ここが、剣士の住んでいるところなの?」

「そうなのよ、たしかに海は綺麗。私だって魅せられたわよ。魅せられたけど、魅せられただけで、人間なかなか人生変えられないものよ、なのに行っちゃったのよね。あっさりと何もかも捨てて、三人でさ……」

 母さんそう言いながら、どこか羨ましそうな悔しそうな顔をした。

「小笠原、母さんそれどこにあるの?」

「何言ってんのよ、あんた知らないの?いったい学校でなに習ってるのよ。東京都よ、ここと同じ」

 私は今まで一度だって真剣に見たことの無い学校の地図帳を慌てて開いて、剣士の住んでいるという、小笠原を捜し初めた。

「どこ、どこにも無いよ」

「もっと下。ずっと、ずーっと下。そんな日本地図のページになんて載ってやしないわよ」

 え〜!剣士の住んでいる島は、なに?伝説の島かなんかなの?南海の彼方、太平洋にぽっかりと浮かんだトロピカルアイランドってやつ?

「あった……」

 ここ?なんてとこに……海の真ん中。周りになにもなくて、ひょっとしたらこれ、隣にハワイがあるんじゃないかって本気で思ってしまったくらい南の孤島。ここも日本なのかって感じ。

「へー此処か、小笠原ってこんなところにあるんだ」

 それにしても、どこか不思議な私たちの写真、何でこんななんだろう。私が寝返りをうったら、こいつも寝返りをうとうとしてる。私が座ったら、こいつももう少しで座りそう。私が、こいつが。私が、こいつが。

「ねえ、これ?」

 なんか変だなあと母さんに聞けば、

「そりゃあ誕生日一緒だもの、あんたと剣士、生まれた日同じなんだけどね。やることが少しづつあんたの方が早かったって訳よ」

 と、勝ち誇った顔で母さんがVサインした。

「本当は剣士朗っていうのよ。でも剣士、剣士ってみんなが呼ぶから、今じゃそっちが正式名になってるんじゃないの」

 って吐き捨てるように言った。

「ねえ、母さんさっきからすごく強気だけど、それって小姑だからなの?」

 おばさんの事、思いっきりいじめてたんじゃないかって心配になった。まさかそのせいで世をはかなんでこの離島暮らしに踏み切ったんじゃないかって。だって、不思議よ、まるで母さんの妹夫婦みたいな言い草じゃない?今までの全部。

「あ、私と剣士の母は同級生なのよ。子どもの時からの腐れ縁。二人とも私学のお嬢様学校のストレートだったのよ。それでずっと友達ごっこしてたわけ、それも十年前に切れたはずだったけどね」

 と、ひつこくまだ言ってる。どうりで、ただの親戚じゃないような気がした。

「あんたのおばさん、向こうでウミガメの研究してるのよ。そういえばあんたのお父さんも、昔っから勉強熱心だったな。あんた、そっちに似たのかもね」

 母さんは高らかに笑って、仕事場に消えた。

 家のお父さんは大学で歴史を教えてる。母さんは結構有名なアーチスト。作詞家をやっている。この頃、ロックとか若者向けの邦楽が多くて、少し……いや、かなり不良になってるかも。

 一人だけ家族と違う世界で、自分の部屋にこもってハードな仕事をしている。その道、十五年。そう言えば昔はもっと優しかった気がするけど、それも長年親しんだ友との突然の別れが原因だったりして。

 家族はもう一人。姉さんは、ただ今フランスに留学中。どちらかといえば母さん系(性格が)はっきりしていて言いたいことを言う。でも、詩は書かない。服飾研究のためヨーロッパに渡って二年目。いまだ還らず。

 私は、歴史とまではいかないけど、古典が好き。ゆくゆくは大学へ行って古事記とかバイブルとか人類の起源を研究したいと思っている。自分で言うのも何だけど、とっても真面目な女の子なのです。


 

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