第7話 王宮武芸大会①

 「ほら、腰が退けてるっ。そんなへっぴり腰で敵に勝てるかっ」


 スカーは、目茶目茶に剣を振りまわす若者たちを眺め、短く息を吐く。

 城下町から、西に下った海岸の近く。グラン・パープル島に停泊した、サライの住民たちは、そこを野営地にしていた。


 人数的には50人は集まったが、にわか作りの軍隊もどきじゃ、やはり駄目なのか……

 サライ村から10名、これは火薬、トラップ等の扱いには問題なし。グラン・パープルからは40名弱。意気込みはあるんだが、剣はおろか木刀だって握った事のない奴らもいる”


「全然ダメじゃん。スカー、お先真っ暗だね」


 突然、背後から聞えてきたココの声にスカーは、頬の傷をゆがめる。


「お前は黙ってろ。まったく、邪魔ばかりしやがって」


「へへっ、何ことっ?」


「ゴットフリーを捕らえていた鎖の鍵をあけたのは、ココ、お前だな。奴を助けて、お前に何の得がある。それとも、警護隊長のファンクラブでも作ったのか」


「作るか、そんなもん。でも、建国記念の本祭まであと二週間だよ。あんな戦力でエターナル城を落とせるの」


「落とせるさ……」


 その言葉を無理に吐き出して、スカーは苦い笑いを浮べた。


 作戦面では、俺とサライのメンバーで完璧なシナリオが仕上がっているんだ。しかし、王宮の近衛兵に対抗できるだけの兵隊がいない。島で腕っぷしのいい奴をラピスに集めさせたが、実戦経験もない、剣の指導が出来る奴もいない。畜生!ガルフ島では、最強の警護隊が島を守っていたからな。俺たちは戦闘なんぞしたこともねえ。

 

「ゴットフリーに頼んでみたら? あいつら、戦いに関してはプロじゃん」


「馬鹿をいうな。頼んで、素直に“はい”と言う相手か。たとえ、そう言ったとしても、いいように利用されるのは目に見えている」


 騙そうとするから騙されるんだ。きっと、ゴットフリーって、ガルフ島で思ってたほど残忍な奴じゃない。


 ココが口を尖らせた時だった。


「何なら私が力を貸しましょうか」


 背後から響いてきた、さらさらと流れるような美声。だが、この声には有無をいわさぬ力があった。


BWブルーウォーター! 何でここに……」


 風変わりな緑の髪、ほとんど色のない切れ長の瞳。


「警護隊長から聞いたでしょ。私はレインボーへブン欠片 ”紺碧の海” 。海の近くで内緒話はしないことです。波音は私に、その秘密を余すところなく伝えてきますからね」


 BWは端正な顔立ちを更にひき立てるかのように、鮮やかに微笑んだ。


「スカー、あなたの優秀な頭の中に、どんな壮大な計画があるのかは想像もできませんが、何を血迷ってこの国で騒ぎを起こそうとしているんです」


「ふん、青二才が偉そうに……、この国の豊かさの下で、苦しんでいる下層階級の住民たちの暮らしを見たか?こき使われるだけ使われて、利益は金持ちばかりに吸い取られて。まるで、ガルフ島での俺たちと同じだ。こんな道理に合わない仕組みには、俺は我慢がならないんだよっ」


 スカーは吐き出すように言った後、訝しげにBWの顔を見た。


「……で、お前、どこまで知ってやがる」


「あなたが、この国で計画している。その為にエターナル城の下に掘っている……等などですかね」


 ちっ、何もかもお見通しってわけか。だが、BW……こいつがレインボーヘブンの欠片?

 確かにサライ村の住民は幾度となく、この男に助けられたが、未だに敵か味方か、判断ができねえ。……だが、仮にもあの警護隊長の参謀だった男だ。それに、俺たちが、このまま闇雲にことを起こしても失敗するのは目にみえている。


「……わかった。そこまで知られているのなら、戦力面はBW、お前に任せる。ただし、ゴットフリーには一言も漏らさねえと約束しろ。もし、そんなことをしやがったら、


「そんなことをしたら、どうなるんでしょう」


BWの余裕たっぷりの笑顔にスカーはぐっと息を飲み込んだ。BWを脅すネタが少しも浮かばない。


「……お前の脳天に電極突っ込んで、海の中で感電させてやる!」


「ふっ、感電ですか、了解しました。なかなか面白い趣向ですね。じゃ、さっそく聞かせてもらいましょうか……あなたが思い描いているグランパス王国への“クーデター”のシナリオを」


 舌戦では、どうあがいてもBWには勝てそうになかった。スカーは、無駄な努力はやめたとばかりに自分の計画について、話し出した。



*  *


 年に一度、建国記念の祝祭日のみ、民間人に開かれるエターナル城の城門。それが、王宮武芸大会。

 この日、グラン・パーブルには、島内外から力自慢の豪傑たちがぞくぞくと、集まってきていた。


「見物人の頭ばっかしで、城門がどこにあるか見えないぞ」


 ジャンは、タルクの腕につかまりぴょん、ぴょん背伸びをして、前方をうかがう。


「グラディウス、スコーピオン、バトル・アックス、なかなか賑やかな顔ぶれじゃないか」


 反対にタルクは見物人の頭の上から、悠々と参加者を見渡して言う。


「ちぇっ、でかい奴はこーいう時にいいよな。でも、グラディ……とかって、何なんだよ」


「グラディウスは剣、スコーピオンは長槍、バトル・アックスは斧だ。どれもこれも使いこなせば、相当な殺傷力をもつ武器ばかりだ。どうするタルク? お前、勝つ自信はあるのか」


 珍しく快活にゴットフリーが笑う。

 人出が多いのは好きではないが、これだけの数の豪傑と武器を目の当たりにしては心が踊らぬはずがない。武芸大会に参加する気などさらさらないが、彼も並々ならぬ剣豪の一人なのだから。


「参加者の登録を打ちきるぞ。希望者はさっさと済ませて城門に入れ! 見物人の入口はここじゃない。別門にまわれ!」


 王宮の衛兵が大声で叫ぶ。


「待て、待て! 俺も参加者だ。登録してくれ」


 人垣をなぎ払いながら、進み出たタルクの風貌に感嘆の声があげる。


「すげえ大男が来たぞ。それにあの長剣の長さを見ろよ」


 だが、その背の後ろに隠されていたリュカの姿が現われた途端、人々の声はため息に変わった。


 きらめく白銀の髪、透き通った玉の肌、吸い込まれそうに済みきった青の瞳。


「ありゃ、何者だ……地上に天使が舞い降りたみたいじゃないか」

「ソード・リリーも綺麗だけど、桁が違う。神々しいっていうのか……あの娘は」


 そして、リュカの後ろにはジャンが。


“ちぇっ、僕には目もくれないのかよ”


 奥底に壮大な力を秘めているとはいえ、見かけだけでは、ジャンはただの少年にすぎない。

 つまんないぞと、後続のゴットフリーに声をかけようとして、ジャンは思わず苦笑した。


 黒装束に黒い帽子を目深にかぶった姿は、ある意味、タルクやリュカより存在感を示していた。空気の色が違う……彼が通る道を、人々は無意識のうちに開けてしまう。知らず知らずのうちに感じ取る畏怖の思い。頭を垂れよと命令しているかのように上からのしかかってくる重力。


「と、登録用紙は?」


 衛兵は目立ち過ぎる一行に、かなりたじろいで言う。


「登録用紙ぃ? そんなまどろこしい物がいるのか」

「事前に配布があっただろう。用紙がないと、城門の中へは入れないぞ」


 その時だった。


「これ、忘れもんっ」


 ひゅっと、音をたてて城門に一本の矢が突き刺さる。それにくくりつけられたタルクたちの登録用紙を手にとって、衛兵はむっつりと射手をにらみつけた。


「ラピス! お前の弓の腕前はよく知ってる。でも、城門に穴をあけるなっ。登録用紙は手で持って来いっ」

「人が多すぎて、そんな所までたどり着けるか。俺はこれから仕事なの。武芸大会の真似をして決闘する馬鹿がいるからな。そいつらを看ろってさ」


 がんばれよ!とラピスはタルクに手を振ると、あちらこちらからかけられる声(主に女の子)に愛想を振りながら、人ごみの中に消えていった。


「あいつ、本当に見えてないのか。信じられんな」

「でも、この島では顔が広そうだね。それに、けっこう女の子には人気がありそうだ」


 ジャンがタルクに笑いかける。


「あのツンツン立たせた銀髪がいいのか。それとも、あの変な裾のズボンが今風だって言いたいのか。盛場の兄ちゃんって感じじゃねえか」

と、タルクは不満顔だ。


 そんな彼らに衛兵が声を荒らげる。


「おい、さっさと行かないかっ。城門を閉じるぞ!」


 最後に城門に入って来たゴットフリーを急かせて、彼と目をあわせた衛兵は、一瞬、びくりと身をすくめた。目深にかぶった帽子から垣間見える灰色の瞳。心の底まで見透かされているような鋭い眼光。


「城門を閉じるんじゃなかったのか。人を急かしておいて、動作ののろい奴だ」


 な、なにをっ、偉そうに。


 衛兵はそう思いながらも、ゴットフリーに命じられたかのように、そそくさと城門を閉めはじめた。とても、言い返すことはできなかった。ゴットフリーが怖かった。


 城門は閉められた。


 王宮武芸大会 開催!


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