第8話 3日目 - 2

 攻撃を受けた希来里は、予想していたとばかりに素早く反応する。

 そのまま、自分のスキル【ガスト突風】で体を三階まで飛ばすと、目の前には自分と変わらぬ年齢の男性”口田 忠雄”がいた。

 希来里は【ガスト突風】で、自分を忠雄の方へと方向転換する。

 焦る忠雄は柱の陰に移動しながら、希来里に向けて自分のスキル【アイシクル氷柱】を放つが、希来里は回避しながら追ってくる。

 直線的な攻撃しか出来ない【アイシクル氷柱】は、近距離から中距離の戦いには向かない。

 忠雄自身も分かっていたことなので焦りながら、希来里から逃走を選択した。

 【ガスト突風】を解除して走って、忠雄を追う。

 細かい操作が出来ないので、狭い場所で【ガスト突風】を使用すれば、建物に激突してしまうからだった。

 逃げている忠雄は、二階から上がってきた蓮華と鉢合わせする。


「くそっ、仲間だったか‼ 卑怯者め!」


 蓮華に怒りをぶつける忠雄。


「ふざけるな! 誰が仲間だ‼」


 かつて虐められていた相手”希来里”と仲間だと思われた不快感が、蓮華の怒りがさらに増す。

 忠雄は蓮華に向かって【アイシクル氷柱】を放つが、その前に蓮華の【バーニングウィップ炎鞭】が忠雄の体を捕らえる。

 今まで拘束することしか出来なかった【バーニングウィップ炎鞭】だったが炎が刃のように変化して、忠雄の体は切り刻まれる。

 忠雄も自分が燃やされて切り刻まれたことを知ることなく絶命した。

 昨夜、蓮華が念じれば【バーニングウィップ炎鞭】の炎の大きさや、形状が変化することに気付いた新しい攻撃方法だ。

 目の前に表示された『駆逐数:六(ポイント:十四)』を無視しながら、希来里の所へと急ぐ。


「相馬ーーー‼」


 対面と同時に希来里の名を叫ぶ。

 自分の名を叫ばれた希来里は一瞬、戸惑い体が硬直していた。

 この世界ディストピアに自分を知っている者がいる。

 蓮華は【バーニングウィップ炎鞭】を叩きつけるが、希来里も【ガスト突風】で後方へと飛び、蓮華の攻撃を回避する。

 遠目で攻撃をして来た相手を睨みつける。

 親しい人間であれば、いきなり攻撃はしてこない……はずだという思いがあった。


「……紅林?」


 恰好こそ違うが、見覚えのある顔に体型。

 なにより、虐めの対象として見ていた相手なので、真剣に見れば間違えるはずがない。


「久しぶりね、相馬」


 いつも怯えていた蓮華の姿は既にない。

 自分の知っている蓮華にマウントをとられている! と感じた希来里は、負けじと言い返す。


「紅林。誰に向かって喋っているんだ。お前が勝手に自殺したせいで、こっちは迷惑しているんだよ」

「自業自得って言葉を知らないの?」


 蓮華の馬鹿にした態度に希来里の怒りが爆発する。


「強がっているようだけど、お前のスキルは炎みたいね。私の風で吹き飛ばしてあげるわ」

「馬鹿なの? 風は炎をより大きくするのよ」

「紅林‼」


 希来里を馬鹿にし続ける蓮華に向かって、希来里は【ガスト突風】で一気に突っ込んでくる。

 蓮華は先程まで興奮していたのが嘘だったかのように、冷静に希来里の攻撃を見ていた。

 そして、それが風の力を推進力に変えるスキルだと希来里のスキルを見抜く。

 突進してくる希来里に向かって【バーニングウィップ炎鞭】を水平に振り抜く。

 回避を試みる希来里だったが、回避できる方向は天井との僅かな空間しかなかった。

 しかし、天井とのすき間を敢えて空けておいたのは、希来里を誘い出す蓮華の作戦だった。

 上手く制御が出来ない希来里は引き戻した【バーニングウィップ炎鞭】に左足を斬られる。

 斬られた箇所は燃えているため、血が止まり断面は焼け爛れていた。

 痛みに叫ぶ希来里は右足を抑えようとする。

 燃えたままの右足に触れることもできず、必死に転げまわって炎を消そうとしていた。

 蓮華は間髪入れずに、残った左足も【バーニングウィップ炎鞭】で切断する。

 転げまわる希来里を見ながら、蓮華は大声で笑う。

 叶わないと思っていたことが、まさか叶ったことへの喜び。


「無様ね」


 見下ろす蓮華に恐怖を感じた希来里は怯えていた。


「虐めていたことは謝るから、だから……」


 必死で許しを請おうとする希来里を見て、蓮華は面白いことを思いつく。


「私が死んだ後のことを教えてくれたら、考えてあげてもいいわよ」

「本当! 約束よ」


 希来里は助かるために蓮華が死んだ後のことを、苦痛に顔を歪めながらも早口で話し始めた。

 蓮華は自分が思っていた以上に復讐できていることを知り、希来里の話を楽しく聞いていた。


「こ、これで全部よ」

「そう、楽しい話だったわ。それで、他の連中も、この世界ディストピアに来てるの?」

「それは、知らないわ。私だって……」


 こんなはずじゃなかったとでも言いたいのか、すがるような目で見つめている。

 生前の傲慢で勝ち誇ったような目ではない。


(自分も、こんな目をコイツ等に向けていたのか……)


 生前の自分と重なり、苛立っていた。


「じゃあ、そろそろ死んでくれるかしら」

「えっ、助けてくれる約束じゃ……」

「私は考えてあげるって言っただけよ」

「そ、そんな……」

「あなたたちが私に何度も言った言葉を、今度は私が使っただけよ。そうでしょう?」


 話し終えた希来里は安堵の表情をしていたが、蓮華の言葉で一気に失意のどん底まで落とされた。

 蓮華を虐めていた時に助けると思わせて、心をへし折る言葉だった。

 希来里の目から輝きが無くなると同時に、蓮華は希来里の首を刎ねた。


(思っていたよりも、何も感じないんだ……)


 同級生を殺したことで感傷的になるかもと期待したが、感じたのは満足感や高揚感だった。

 蓮華は自分が壊れ始めていることに気付く。

 だが、その考えは間違いだ。

 壊れていたのは自殺する前からだったと、すぐに考えを改めた。

 そして、自分を虐めていた他の二人や見て見ぬふりをしていた同級生に、担任などの教師たち。

 もしかしたら、そのうちの何人かが、この世界ディストピアに参加しているのか……と考えていると、蓮華は自分でも気づかずに笑っていた。

 表示された『駆逐数:七(ポイント:十五)』を見て、希来里が一人も殺さずに逃げ続けていたことを知る。


(所詮は、宇佐美の腰巾着ね)


 灰と化した希来里を「覚悟がない人間の末路」だと、蓮華は自分の考えは間違いでなかったと確信する。

 希来里は攻撃力が弱いと感じた自分のスキル【ガスト突風】を逃げるためにしか使って来なかった。

 しかし、今朝の放送で逃げられる範囲が狭まって行くことを知り、覚悟を決めた初めての戦闘だった。


(あと三人か……)


 蓮華は誰よりも先に十人を達成して、特別ボーナスを得るために行動を再開した。

 まず、手に入れた地図で自分の現在位置などを確認する。

 地図は東京都の形をしているが、規模はかなり小さいのだろうと推測する。

 なぜなら、今朝の放送で半径二十キロメートルの世界と魎呼が言っていたからだ。


(中心地を目指した方が、いいってことね)


 とりあえず行き先を決めて役所を出ようと歩き始めるが、外から気配を感じて柱の陰に隠れる。

 向こうも警戒しているにか、建物の中に入ろうとはしなかった。

 既に戦闘をした痕跡があるので、容易に建物内に入るのを躊躇っているのだろうと、蓮華は様子を伺う。


「どうする?」

「とりあえず、報告だけするか」

「そうだな」


 男性二人は、扉から役所の中の状況を確認すると、そのまま姿を消した。

 その様子に蓮華は疑問を感じていた。

 生き残るために戦っているのに仲間で行動していることが、不可解でしかなかったからだ。

 多勢に襲われれば蓮華も勝てる見込みがない。

 男性たちに気付かれないように、暫く待機をして役所から移動することにした。

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