019 > 受験までのカウントダウン【side:直次郎】(その2)ー 目撃現場


「まぁまぁ、キタノクン、落ち着いて。彼女、ハイレベルAクラスの子なんだけどさ」

「ぬっ、ぬぁんだとぅぉぉぉおおおぁぁ?!?!」

「門限が早いから、つって帰るのは別だけど。同じ学校だから、来る時は一緒なんよ。気づいてなかったの、なおさんだけじゃない?」


(これが! 彼女ができた男の余裕ってやつなのかっ?! ついさっきまでおれと幸太は──滝川とは違って──男として対等だと思ってたのに!!)


 あまりに無情なジジツにおれはもう立ち上がれないと思っていると、冷たい表情でおれを見下ろす滝川の視線を感じて。おれは滝川を見た。


「た、滝川は知ってたのかっ?!」

「まぁ……幸太が来る時間、だいたい被ってるからな……」


 いつも以上に学生服の上ボタンを外している滝川が左手で首をさすりながら言う。


「な、なななななっ! きっさま~~~! 一ノ瀬幸太っ! そこへなおれ~~~っ!」

「いや、だから、なんで怒るのさ。しゅくふくしてよ、祝福」


(その余裕な態度すら憎い!! おれは! おれはぁぁあああ!!)


「っざけんなっ! おれはっ! 『彼女いない同盟3人組』で受験というカコクな死トウをタタカい抜けようとっ、おもっていたのにっっ!」

「彼女いない同盟って……」


 幸太は三角にした目をおれに向けたまま呆れヅラをして


「……死闘って……」


 表情筋が死んでる滝川は腕を組んだまま眉間にしわを寄せている。


「お前とおれはっ……! 同じ戦地に向かう戦友じゃないのかっっ!?」


「……まぁ、戦地には行かないけど」とは幸太。


「受験はするけど」とは滝川。


「「でも、彼女いない同盟には入ってない」」


(こいつら! 2人してハモリやがった!! くっそおぉぉぉぉぁああ!!!)


 あまりにも冷たく突き放されたおれは暴れたい気持ちをどうにか抑えた。

 うつむいたまま机に両手をついたシセイで、少し考えて、そして


「ちょっと待て?! もしや滝川っ! お、おおおおおおお前っ! 彼女いないよな?!」

「……必死すぎ……」


 ぽつりと漏らした滝川の声にわななくおれ。今の状況がクソ面白くないのはおれだけだ。幸太はそのうち口元に手を当てたままプルプルし始めた。


(くっそぉぉぉ!! 幸太の『こ』は小物の『こ』だとおもってたのに! 小物にっ! 先手を取られたっっ!! このおれさまがっっ!!)


 滝川が目を伏せてため息混じりに


「……いないよ、俺は」


 言った後、幸太が


「あ、でも、週2くらいの頻度で告られてるよねっ?」


 変な質問をしたから、おれの声が


「へ、ぁぁあああ?!?!」


 変な感じで裏返った。その反応を見て


「……まぁ……」


 否定しない滝川、と


「その中で付き合いたいって思う子、いなかったの?」


 なんたることか、幸太が滝川をたきつけるようなことを言いやがった。


(幸太、きさまっ! おれを置いて先に同盟を抜けやがったくせにっ! 滝川までそっちにつれていくなぁぁああっっ!!)


「興味ねぇから」


 ちらり、と滝川がおれを見た。


(よかった!! おれは1人じゃなかった!!!)


「同志よっっ!!」


 立ち上がったおれは滝川の両手をひっしとつかみ、ぶんぶん振り回した。


「これからはっ! 戦線をリダツした一ノ瀬一等兵の死をムダにすることなくっ! 戦い抜こうぜよ!」

「戦線って……」


 おれの顔を見て滝川は変な顔をした。


 インドカレー屋ではひとしきり幸太を撃しながら、カレーを食ったけど、まぁ味気ないことと言ったらない。

 腹が鳴るから胃袋にモノを突っ込んでるけど腹の虫が治まらない。居所の悪い虫がいることをあからさまにしながら美味しいはずのインドカレーを食い散らかした。


「おまえなぁ……幸太が悪いんじゃなくて、お前が勝手に不機嫌になってるだけだろう」


 珍しく所在なさげな幸太をかばって滝川までそんなことを言うもんだからおれはもう引っ込みがつかなくなっていた。


 それでもいつも通り、教室に残って3人で勉強してたが、9時を過ぎるとパラパラと他の生徒も教室を去って行く。自分のせいで空気が悪くなってるのを察した幸太がおれを気づかったのか「オレ、帰るわ。また明日な」と小声でぽそっと残して出て行った。

 教室の扉が閉まると


「はぁ~……」


 滝川がこれ見よがしにでっかいため息をついた。おれが幸太との緊張状態をゆるめたのがわかったんだろう。


「北野……幸太とやりあうなら俺のいないところでやれよ」

「っんでだよ……」


 視線がおれを小馬鹿にしてる。くそぅ……


「俺より幸太との付き合い長いくせに、なんでこんなくだらないことで」


 言いかけた言葉にかぶせるようにおれは突っ込んだ。


「くだらなくないぞ?! こんな時期に彼女ができるなんて問題ありありだろ!」

「……本人は喜んでるんだから祝ってあげろよ」

「祝えるかっ!」


 ギリギリしているおれとあまりにも違う。


(なんだお前のカンロクは? ムカつくわ!)


「お前はどうだか知らんが、童貞に彼女ができるってのは一大事件なんだからな?!」

「……童貞ねぇ……幸太もそうだったのか?」

「知らん! んだよっ! 言いたいことあれば言えばいいだろう?!」

「……まぁ、どうでもいいけどさ……」


 そう言いかけた滝川の顔色は変だった。


(赤い? 青い? よくわからんが……なんだ、どっかで見たことがあるような……)


 すると、いきなり机の上につっぷしたかと思うと


「? 滝川?」

「……わりぃ……」


 急に、ガタタっ、って音を立てて滝川のでかい身体が机から滑り落ちた。


「滝川っ?!」


 床にうずくまる滝川のそばに寄ると、息が上がってた。


(そういえば、今日、なんか暑そうにしてるな。学生服のボタンも開いて……)


「大丈夫か? 顔色悪いぞ、保健室に……」

「……まて……だ、いじょう、ぶ……おさまる……は、ず……」


 いや、大丈夫な顔じゃないだろ、それ。明らかに熱があるような顔して。


(保健室に行きたくないんだったら……)


「何か、おれにできることあるか?」


 隣にいて何もしてやれないのはツラい。だからそう声をかけたんだ。


 すると、滝川は、あろうことかこう言い放った────


「なら……俺を、犯せ……っ!」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る