第2話

つい今しがた後輩から

「もうそろそろ引退してもらえませんか? わたしとしてもこれ以上フォローしきれませんし、だいたいお母さんとあんま歳変わんない人といっしょだとやりづらいんで」

と言われた。

私はセーラー服を模したタイトな衣装を洗濯籠に放り込んだ。

素っ裸でベンチに座って扇風機をこっちに向ける。

「そうやって扇風機ひとりじめにするのもやめてもらっていいですか? 風、来なくなるんで」

2040年代生まれのルーキーは仁王立ちで私に言った。

彼女のコスチュームもすでに洗濯籠の中、キレイな裸だった。

「あのね、私だってべつに好きで疲れてるわけではないの。さっき異形と闘ったばかりで暑いから扇風機にあたってるの、わかった?」

「闘ったばかりなのは先輩だけじゃないんですけど。だいたいさっきだってわたしがいたから勝てたようなもんですからね。もうちょっと感謝してもらっていいですか」

「遅刻してきたやつがエラそうに。お前なんかいなくてもあんなザコ余裕だったわ」

「はぁ? 半泣きで大股ひろげてビルにめり込んでたくせに何言ってるんですか。わたしがいなかったら先輩今ごろこの世にいませんよ」

最初、出会ったころの眼鏡はこんなに生意気ではなかった。

「はじめまして、今日から先輩のサポートをさせていただきます日野マホリです。よろしくおねがいします!」

緊張気味のマホリはYou Tubeで私の活躍を観てこの世界に入ったと言った。

そしてエックスのフォロワーであること、私のグッズを枕元に置いて就寝していることなどを矢継ぎ早に語った。

彼女が私に憧れていることが痛いほどわかった。

それから半年、今は仁王立ちで虫ケラでも見るような目で私を見ている。

憧れだったヒロインがこんなにも弱くてカッコ悪いんだからそれもしかたがないのかもしれない。

深呼吸をひとつ、私は扇風機をマホリに向けてバスタオルで汗を拭いた。

手袋を外してブーツの紐を弛める。

そしてベンチに仰向けになってタオルで口許を覆った。

スマホを取り出してYou Tubeを再生する。

さっき闘った異形とのアーカイブ、案の定コメント欄は大荒れだった。


@pazqs・1分前

弱すぎわろたwww


@tokyla・8分前

おばはんに税金つかうな


@sfcky・3分前

もっとマホリを映してほしい


@felzh・5分前

情けなくて観てられん

引退しろ


コメントはざっと100万、そのほとんどが私に否定的な意見で溢れていた。

たしかに今の私は弱い。

特にこの1年は押し込まれる場面が増えている。

さっきだってマホリがいなければ負けていたかもしれない。

さっさと主役の座をマホリに譲って引退すべきなんだ。

37でヒロインなんてバカげている。

私はYou Tubeを閉じてスマホを床に置いた。

昔はこんなんじゃなかった。

みんな、応援してくれていたのに。

苦しい。

苦しいよ。

天井を見ると蛍光灯がチカチカと点滅していた。

もうそろそろ、新しいものと交換しなくては。

私は視線を感じてタオル越しにマホリを見た。

「何、どうしたの? 先にシャワー浴びてきな。汗くさいとヒロイン失格だぞ」

「先輩、どうして泣いてるんですか?」

驚いた。

今、私は泣いているらしい。

なぜ泣いているのか、自分でもわからなかった。

「わたしは先輩のサポートとしてここに来たのに先輩はいつもひとりで闘ってわたしを必要としてくれない。プライドでもあるんですか? 東京を、この街をずっとひとりで護ってきたプライドみたいなの。でも先輩強くないじゃないですか。ひとりで闘えるほど、もう先輩強くないですよ」

言い終わると扇風機をこっちに向けたマホリは更衣室のドアをバタンと閉めて出ていった。

そしてすぐにガチャ、とドアが開いた。

「洗濯物とりにきたよ。あーあだいぶ汚れたねぇ。キレイにしておくから、またがんばって」

洗濯係のおばちゃんだった。

「いつもありがとう」

いいかげんノックぐらいしてね。

私は満身創痍の身体を引きずって浴室にたどり着いた。

そして熱いシャワーを浴びながら何度目かの自問をつぶやいた。

「いつまで美少女戦士やるんだろ」

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