第三章 夏の記憶

君と僕

25th Mov. 夏休みと図書館

 一学期の期末テストが終わると、あっという間に終業式を迎える。

 ピアノを始めてから、日々過ぎ去っていく時間が早くなった気がする。

 たぶん、それだけじゃないな。伏見さんや神田さん、中野といった友達と過ごす時間が増えて、暇を潰すというより、時間を楽しむという風に変わったからだろう。


 日々楽しいだけじゃなくて、彼らとの勉強会のおかげで、テストの出来も良かった。一学期の僕の成績は中の上くらいになったかな。中野たちに感謝である。


 彼らには勉強会の効果が無かったようで、中間テストの順位と変わらず、学年5位が中野、学年8位が神田さんという結果だった。

 全員が成績維持、もしくは上がっていれば良かったのだけどれも、伏見さんだけは少し順位が下がって、僕の定位置と入れ替わる結果に。


 伏見さん……、きっとピアノのレッスンで頭がいっぱいだったんだろうな。勉強会もおやつをご褒美に頑張ってたのに。

 本人はそこまで気にしていないようだから、雰囲気はいつも通りだったんだけど……。


 気になるのは、中野と神田さん。

 何となく二人の話し方がぎこちない。無視している訳じゃないんだけど、会話が続かないし、あんまり目を合わせていない。心当たりがあるとすれば、この前の勉強会後に中野と通信アプリでやり取りしたメッセージのこと。そこに書かれていた神田さんを遊びに誘うという文言。


 もしかすると、それが上手くいかなかったのかもしれないし、個別メッセージでケンカしてしまったのかもしれない。ちょっと心配なんだけど、僕に出来ることは多くない。


 中野に「なんかあった?」と聞いても、「全然問題ねえよ!」と笑って答えるばかりで埒も明かず。かといって、神田さんに「なんかあった?」なんて聞ける訳でもなく。


 そんな雰囲気だったので、終業式が終わった後というのに遊びに行く話も出ず、自然解散となった。


 これから夏休みなんだな。

 教室から駐輪場までの道のりで汗が噴き出てくる。


 セミは盛大に鳴いているし、暑くてベタつくアスファルトが僕の足取りを重くする。

 太陽も己の存在を強く主張していて、すでに夏本番。

 こんな暑い中を通学しなくて良くなるし、クーラー全開でのんびり出来る。去年までの僕だったら、快適な生活を満喫できる一大イベントが来たと、喜んでいたはずなのに、今の僕の心は曇り空だった。


 ※


 夏休み二日目の夜のこと。

 スマホにメッセージが届いた通知音がして確認してみると、伏見さんからだった。


『こんばんは! ピアノの練習順調? そうそう、ちゃんと宿題やってるかな??』

『こんばんは。最近は、結先生にアーティキュレーションを意識しろって言われて、四苦八苦しているところ。意識するところが増えて、演奏がめちゃくちゃになちゃうんだ。宿題は昨日から予定通り消化中だよ』


『おぉ! さすが野田君! ちゃんと宿題やっていてエライね! ピアノはもう三か月目かぁ~。そろそろ音を鳴らすだけじゃなくて、音楽になるようにする段階ってところかな。これからもっと楽しくなるね!』

『僕には難しい段階になってきたなって思ってる。けど、楽しくなるのなら頑張れそうだよ。それと、聞いて良いのか分からないけど、中野と神田さんが変な感じだったの大丈夫かな? 中野に聞いても大丈夫ってしか言わなくて』


『まあ、あそこまで態度に出ちゃうときになるよね! 大丈夫、悪い話じゃないから! 私から言っても良いんだけど……。ううん、やっぱり本人たちからの方が良いかな。そのうち話があると思うよ! それとさ、私、家だと宿題が全然手に付かなくて……。図書館で勉強しようかなって思ってるんだけど、一緒にやらない?』


 てっきり、中野と神田さんのことについての相談かと思っていたら、宿題を一緒にやらないかというお誘いの連絡だった。

 僕としては、どこでやっても変わらないし、遊ぶ予定も無くて、寂しく思っていたところだったので渡りに船だった。


『良いよ。いつにする?』

『明日でも明後日でも! 時間が経つほどに手遅れになっていくので……』


 夏休みの宿題が手遅れになるとは……。

 そんなに重要案件だっただろうか。


『そんな重大なことかな……。僕は明日でも明後日でも大丈夫だよ』

『じゃあ明日! 涼しいうちの方が良いから午前中とかどうかな?』


『おっけーです。行くなら中央図書館かな? あそこだと開くのは10時みたいだね』

『うん! あそこが一番広くて大きいから! 開館時間を調べてくれたのかな? ありがとう! それじゃあ明日の10時に!』


 何となくぎくしゃくした友人たちのこともあり、予定が無いままに突入した夏休み。

 短期アルバイトを入れようかと本気で考えていたところに一つ嬉しい予定が立った。


 相変わらず、いつものグループでの遊びの予定が無かったけれど、状況は悪いわけではないらしい。そのうち中野たちから入るみたいなので、彼からの連絡を待つことにしよう。


 僕は僕で、宿題とピアノ、それとアルバイトをこなしていくとなると、それなりに忙しくなりそうだ。もしみんなで遊びに行くことになるのなら、アルバイトを早めに入って軍資金を貯めておかないとな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る