14th Mov. ピアノとお金

 立川駅のうさぎピアノ教室。

 ここでの無料体験のレッスンが終わり、授業の回数や月謝の説明を受けて、その日は帰った。

 結先生は、そこまで熱心に入会を進めるわけではなく、レッスンが楽しかったかどうかだけを気にしていた。やり手の経営者と聞いていたから、上手くその気にさせられるのかなと少し警戒していたのだけれども、そんな素振りは全くなかった。


 むしろ、やってみたいならどうぞというスタンスで、肩透かしを食らった気がしたほどだ。


 正直、少しでも勧められたら入会してしまった気がする。しかし、それにはいくつか越えなければならないハードルがあった。


 まずは月謝。週に一回、三十分のレッスンで、月に一万円とのこと。高校生の僕にとって安いものではない。


 次にピアノ。本気でやるとかやらないとか関係なく、家にもピアノが必要となるらしい。週一の三十分レッスンだけでは、上手くなるどころか教わったことすら忘れてしまう。


 つまり、レッスンは上手くなるために指標を与えられて、それが出来るようになっているか見せる場という訳だ。それの意味するところは、家での練習が大切ということになる。だから、家にピアノが無いという状況は許されるものではない。


 それは理解出来るんだけど、問題は軍資金だ。伏見さんに聞いたところ、グランドピアノは中古で買えても、数十万円から百万円台。アップライトであっても、グランドピアノよりは安いといった程度。全く現実的じゃない。


 月謝だけなら、貯金で何とかなる。だけれども、ピアノまでとなるとどうにもならない。どっちみち親に相談しないと入会も出来ないし、どうやってピアノを入手するか情報収集をしないとな。


 母さんたちに、いきなりピアノやりたいなんて言ったら、どんな反応するだろう。当然理由を説明しなきゃならないだろう。何となく恥ずかしいし、気が重い……。



 家に帰ると、リビングには母さんだけで父さんはいなかった。

 休日だから普段は家にいることが多いんだけどな。


「母さん、今日父さんは晩御飯までに帰ってくる?」

「どうしたの? 今日は遅くならないはずだけど」


「いや、ちょっとね」


 先に話して味方になってもらおうかと思ったけど、二度も説明するのが恥ずかしくて、少し億劫だった。

 なので、リビングには入らず、自分の部屋へ直行した。

 とりあえず、先に貯金と相談しておこう。


 机の引き出しから通帳を出す。

 子供のころに作った近くの信金の口座。

 ここには、お年玉なんかの余りを少しずつ貯めていた。


 期待を込めてページをめくってみるが、予想通りくらいの金額しか書かれていない。

 それは当然なんだけど、もしかしたら安いアップライトピアノでも買えるくらいの金額が入っていないかなって思ってしまった。が、現実はそんなに甘くない。


 今の貯金額では、ピアノを一年習うのが精一杯だろう。ただ、それだと来年以降の資金が枯渇する。バイトも検討しないとな。


 ピアノのレッスンに、自宅での練習。それとバイト。高校一年生の今なら問題無いんだよな。


 だけど、両親との共通認識で、高校二年生になると、大学受験のために勉強に力を入れることになっている。具体的に言うと、塾に行かなきゃならない。

 そうなると、予定外のバイトとピアノに時間を割くのは難しい。両親に協力を仰ぐにしても、ここが障害になりそうだ。


 資金と時間を確保するとなると、夏休みとかの単発バイトでガッツリ稼ぐか……。

 いや、だめか……、二年生の頃は夏期講習があるはずだ。


 そもそも、ピアノを先に入手しなければ、うさぎピアノ教室に通い始めることすら出来ないぞ。今は五月だから、学校のある今の時期にまとめてガッツリ稼ぐのは無理だ。スマホで中古のピアノを探してみても、今の段階では手が出せそうなものは無い。


 安いアップライトというキーワードで検索すると、まとめサイトに電子ピアノにキーボードもおすすめされている。安く済ますなら、こちらがおすすめらしい。数十万円の電子ピアノもあるが、数万円のものもある。キーボードに関しては、数千円のものまで。このくらいなら何とかなりそうだ。


 両親の協力が得られないなら、安いキーボードにするしかないかもな。


 ベットに寝転びながらスマホをいじり、情報収集をしていると父が帰宅した。

 それに合わせて晩御飯の準備が出来たと、母の声が聞こえる。


 さあ、ここから気合を入れないとな。

 ピアノをやりたいと伝えないとならないし、協力を仰がねばならない。

 今まで、習い事のような大きなことで、自分がやりたいと思ったことを直訴することなんてなかった。親に進められた水泳とか公文はやってきたけど、自発的なものって無かったんだよな。


 こういう自分の気持ちを伝えるのは何だか気恥ずかしい。それに両親の反応を考えると、怖い気もする。

 笑われることはないだろうけど、驚くんだろうな。どう思われるかな。


 困った……。なんて切り出したら良いんだろうか。

 それに全然食欲が湧かないや。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る