ミステリー・ボーイズ 2nd  源平合戦編

GAYA

第1話 プロローグ

 京都市郊外。とある老舗料亭しにせりょうていの一室。


 室内から見渡せる日本庭園は、枯山水かれさんすい砂紋さもんが眩しい。


 和室を仕切るふすまの向こうで『マスター』と呼ばれる老人が軽く咳払いをした。

『オホン。時代錯誤じだいさくごと思うかもしれんが……』


 ふすまの手前には少年が三人、座布団ざぶとんに座って並んでいる。


 そのうちの一人が、さらっと茶髪をかき上げて笑う。

「珍しい口上こうじょうですネ。時代錯誤だなんてネ」


 襖の向こう側でマスターが苦笑する。

『そう言うな、勝春かつはるよ。まずは今回の任務で潜入してもらう町を見たまえ』


 マスターの指示で三人は左手に設置されたモニターに目を向ける。


 するとモニターの映像がマスターの黒塗りシルエットから衛星写真に切り替わった。

 どこの町かは分からない。


 だが、メガネの少年が「あれ?」と、首を傾げる。


 それを見て髪がツンツンした長身の少年が尋ねる。

「どうしたカズ? 何か気付いたのか?」


 カズと呼ばれた小柄なメガネの少年は呟く。

「この町……変だよ」


 彼の言葉に茶髪の勝春は肩をすくめる。

「そうかナ? 別にごく普通の衛星写真みたいだけどネ」


 カズは首を振る。

「いや。こんな町、見たことがないよ。不自然すぎる。」

 

 そこで、マスターがカズの洞察力どうさつりょくうなる。

『むう。一目見て気付くとは流石さすがだな。勝春と大志も見習いたまえ』


 マスターの言葉に長身の少年が「フン」と、そっぽ向く。


 カズが困ったような顔で長身の少年をなぐさめる。

「まあまあ、大志たいしねないでよ」


「拗ねてなどいない! で、勿体もったいぶるな。何が変なんだ?」


 大志にうながされてカズが説明する。

「良く見てよ、この町。大きな川を挟んで二分にぶんされてるんだけど、おかしな事に橋が一箇所しかないんだ」


 それを聞いて勝春が目を丸くする。

「そういえばそうだネ! これだけの規模なのに、橋が一本なんて不自然だヨ」


「でしょ」と、頷くカズの言うことは、もっともだった。


 確かにその視点で見ると、まるで川によって町が左右に分断されているように見える。

 

 マスターが続ける。

『うむ。それがこの町を象徴しょうちょうしておる。つまり、激しく対立しているという事だ』


 マスターの言葉にカズが疑問をもつ。

「でも、それが今回のミッションと、どう関係するんです?」


『それは現地に潜入してみれば直ぐに分かるだろう。これは、いわば現代の『源平合戦げんぺいがっせん』なのだよ』


「源平合戦!?」と、カズと大志が声を揃える。


『うむ。だから時代錯誤と言ったのだ。そのような状況で、君達には向かって右側の町にある平家学院へいけがくいんに転入して貰う』


 勝春が、やれやれといった風に頭をかく。

「とほほだネ。源平合戦って何百年前の話なんだか……」


 大志が大真面目な顔つきで言う。

「九百年近く前だな。いい肉作ろう鎌倉幕府の頃だ」


 すかさずカズが突っ込む。

「いい肉を作ってどうすんの? いい国作ろうだから1192年だよ」


 勝春が「頼朝よりともは肉屋かヨ!」と、笑う。


 二人に突っ込まれて大志は顔を赤らめる。

「そ、そういう覚え方もあるんだな」


 カズは補足説明する。

「けど、鎌倉時代の始まりは頼朝が幕府を設置した1185年という説が有力だけどね」


 話がれてしまったので、マスターが軌道修正する。

『むう。と、とにかくだな。君達の任務は、この『みやび市』の『平家学院へいけがくいん』に転入し、現代の源平合戦に備えることだ』


 茶髪の勝春は、おどけた調子で言う。

「ウエエ、合戦に備えろなんて、ずいぶんアバウトな任務ですネ!」


 大志は呆れ顔で吐き捨てる。

「くだらん。いくさが始まるわけでもなかろうに」


 カズは苦笑いを浮かべながら言う。

「つまり、経過を観察しながら柔軟に対応しろということですよね」


 奇妙な任務であることはマスターも自覚しているようだ。

『困難な任務である事は想像できる。まずは平家学院の校長を訪ねよ。頼んだぞ、ミステリー・ボーイズ!』


 マスターの指令に三人が「了解!」と、声を揃える。


 そして、少年達はふすまに向かって一礼した。


     *     *     *


 三人が降り立った『みやび市』唯一の駅は、川の真上にあった。


 電車を降りてカズが「この駅、鉄橋の上にあるんだね」と、感心する。

 

 大志が伸びをしながら川を見下ろす。

「それにしても、へんちくりんな所だな」


 三人が降りたったホームの両端には階段があり、そこを下ると、それぞれ改札があるようだ。


 勝春が交互にそれを眺めて首をひねる。

「アレ? どっちを下りればいいんダロ?」


 大志が「平家町方面だな。どれ……」と、案内板を見る。


 まず目に付くのが『ようこそ源氏の里へ』という大きな看板だ。

 並んで、それに対抗するかのように『こちらが平家の町です』の大看板。


 源氏の看板は右方向に進めという矢印が多数。

 平家の看板は左に進めという沢山たくさんの矢印に囲まれている。


 無数の矢印が魚の群れのように、それぞれの出入り口を指し示している。

 まるで互いの陣地に乗降客を引き込もうと必死なように見える。


 両方を見比べながら勝春が驚く。

「ひゃあ。思ってた以上だネ! すごい対抗意識だヨ」


 大志も呆れたように頭をく。

「まったくだ。美意識のカケラもない」


 カズが首をすくめる。

「これじゃ間違って反対方向に降りちゃったら大変だね」


 大志が「だな。さっさと行くか」と、大またで歩き出す。

 向かうは東口。平家の本拠地だ。


     *     *     *


 平家学院は、ちょうど町を見下ろせる山の中腹ちゅうふくにあった。


 古くも新しくもなく、南向きの三階建ての校舎に体育館が併設されている。

 この町の規模に見合った大きさの高校だ。


 まず、応接室に通された三人を校長が歓迎する。


「いやはや! 君達かね。市長が内密で手配してくれたプロの方は!」

 そう言いながら校長はハグを求める外国人のように両手を広げて歩み寄ってくる。


 校長の大げさなリアクションに三人は苦笑する。


 そして、カズが要件を切り出す。

「で、ボク達は具体的に何をすれば良いのでしょう?」


 校長は人の良さそうな商売人のおじさんみたいに恰好かっこうを崩す。

「いやはや、仕事熱心だね。君達は」


 大志が、ぶっきらぼうな態度で口を挟む。

手短てみじかに頼む。こっちは何も聞かされてないんでね」


 それを聞いて校長の表情が硬くなった。

「いやはや、漠然ばくぜんとした依頼で申し訳ないのだが、源氏高校との対決に備えておきたいのだ」


 カズが聞き返す。

「源氏高校との対決ですって?」


「さよう。我が校と源氏高校との合併をかけた対決が近々あるのだ」


 勝春が大きな目をクリクリさせる。

「エ? 合併? 対決? いまいち意味がわからないネ」


 大志が呆れたように鼻を鳴らす。

「フン。隣町同士で仲が悪いというのは聞いていたが……そもそも、そんなに仲が悪いのに合併する意味があるのか?」


「いやはや。これはもう議会で決定したことで、我々は従わざるをえないのだよ」


 校長の説明によると、三年前の市町村合併によって形の上では一つになった平家町と源氏町であるが、いまだに両者の対立は激しいという。


 何百年にも渡っていがみ合ってきた町同士であるので両者の交流は無く、警察や消防、病院、学校などの公共施設もすべて別々に設けられてきた。


 しかし、市の財政面から、これらは早急に合理化しなくてはならない。

 そこで、その第一弾として、それぞれの町にひとつしかない高校を合併しようというのだ。


「いやはや、それで議会は学校同士で対決をして敗者を廃校にすると決めてしまったのだ」

 そう言って、がっくりとうなれる校長。


 カズがなぐさめる。

「お気持ちは分かります。乱暴な話ですよね」


「いやはや、そうなのだよ。しかし、こうなってしまっては仕方が無い。我が校の存続の為に我々は全力で戦わねばならんのだ」


 大志が、なるほどといった表情で呟く。

「俺達は、その助っ人ってわけか」


 勝春は、やれやれといった風に首を振る。

「でもネ。目立つのはまずいんですよネ。オレ達」


「いやはや、それはわかっておる。君達の存在は極秘。なので君達には源氏のスパイ活動や妨害工作からこの学校を守ってもらいたいのだ」


 それを聞いてカズの目の色が変わる。

「スパイ、妨害……すでにそんな動きがあるんですか?」


 校長が真剣な顔つきで頷く。

「いやはや、それはさだかではない。ただ、今回の対決は町ぐるみの対決といっても過言かごんではないのだよ」


 統廃合をかけた学校対決。

 どうやら今回のミッションも一筋縄ひとすじなわではいかないようだ……。

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