第23話 聖女とは
「司祭様!」
「お久しぶりですな、アンナ嬢」
手を胸の位置で組んで深々とお辞儀をする司祭様に、アンナも慌てて立ち上がって同じようにお辞儀をする。
司祭様とは胃袋のピューレができそうなくらい緊張した初対面のとき以来である。
その司祭様の後ろから、今日のぶんの解呪を終えてキューティクルがさらにパワーアップしたイェルド様がひょこっと顔を覗かせた。司祭様との二人きりの緊張感極まるお茶会が始まるのかとひやひやしていたアンナは、イェルド様の登場にほっと息をついた。
いや、イェルド様も本来なら男爵家の小娘ごときが手を繋いでお茶をできるような身分ではないのだが。
イェルド様が「結界をお願いします」と言って手を差し出してくるのを当然のように受け止めてしまった自分に驚きつつ、さらに初めて隣り合って座った時よりも近い距離に座ったイェルド様に緊張しない自分に戦慄した。
慣れとは恐ろしい。
「アンナさんの妹さんの結婚式の話ですよね?」
「さようです。アンナ嬢は参列者がいないのではと心配しておられるようで……お優しいですなあ」
イェルド様に勧められて正面の席に座った司祭様の、干しぶどうのような深い紫色の瞳がアンナを見る。頬がじわっと熱くなった。
両親との話し合いの日に護衛をしてくれていた近衛騎士たちやスサンナさんから、「髪を守る会」の偉い人たちにはアンナの事情は筒抜けだろうとは思っていた。ただ面と向かって労わりの視線を向けられるといたたまれない。
「そうでしょう。アンナさんは世界一優しい人だと思います」
満足そうに言うイェルド様に、司祭様はなぜか深くうなずき返した。
「〝聖女〟として認定するに足る好人物で我々としても嬉しいことですな!」
しんみりとセーデン男爵家の恥を噛みしめていたアンナは、司祭様のとんでもない言葉に喉が引きつった。
「おおおおお待ちください! せ、聖女とは?!」
目をくりっとまたたかせて、司祭様が小首を傾げる。
「聖女とは社会や神に対してその身を捧げ大きく貢献した慈悲深く敬虔な女性が、神からいただく地位であり尊称ですぞ。昨今では神の代理として神殿から授けることにはなりますが」
それはもちろん存じ上げておりますけれどもぉ! と、アンナは心の中で悲鳴を上げながらぶんぶん首を振った。
「なぜ私のような田舎娘がそんな大それた……あ、もしかして私がその、結婚とか実家のことで落ち込んでいるのを励まそうと、冗談をおっしゃったんですね!」
そうですよね?! 司祭様に縋り付きそうになったアンナを止めたのは、手を繋いでいたイェルド様である。
「滅亡の呪いから世界を守っているのはアンナさんです」
と、司祭様の祭服に負けないくらい真っ白い笑みを浮かべてイェルド様は続けた。
「このまま無事に呪いが解けたら、妹と一緒に聖女認定することを検討されていました。そして先日、呪いから世界を守った聖女と、呪いを解いた聖女の誕生が正式に決定したのだそうですよ」
同じように眩しい笑みを浮かべた司祭様が、イェルド様の後を引き継ぐ。
「アンナ嬢が控えめな性格であることはわかっておりますから、大それた式典などは致しません。しかしこれから先の生活と死後の安寧を神殿は補償いたしますぞ。聖女手当というものが出ますでな!」
少し前には失業と手持ちのお金ゼロの恐怖にあえいでいたというのに、とりあえずは路頭に迷うことはなくなった。ということだけは喜ばしかった。
聖女?
エレオノーラ様はわかるけど、なぜ自分が? と、後のことは脳が理解することを拒んでいる。
書類を持ってきましたので、サインをお願いいたしますぞ。と、司祭様がテーブルに書類を置いた。
そこには我が国の国王陛下、諸外国の王様をはじめ救世の英雄たちや国内外の有力者たちのサインが綺麗な字でびっちり並んでいる。
とてもじゃないが拒否できるような感じではなかった。
紙面からにじみ出る覇王の圧で消し飛びそうなアンナである。
じょうだんじゃなかったんだなあ……と、アンナは二人に言われるがまま、書類の一番下にへろへろの線で自分の名前を書いた。
そしてこれが呪いの解呪後にしかるべき場所で一般公開される予定と聞いて、アンナはイェルド様の手を握りしめたまま、眼球が白目をむきたがるのに耐えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます