第68話 魔法の鞄

「……冒険でこんなに充実した食事は初めてだよ……」


 朝、シチューを作って出したらルイックさんがしみじみと呟いた。


 冒険稼業も大変よね。大体が数日に及ぶもので、人のいないところに行かなくちゃならない。食料も最小限にならざるを得ないわ。とてもシチューなんて作れるわけもないでしょうよ。


「魔法の鞄か」


 エルフのアルジムさんがわたしを見て呟いた。


「魔法の鞄ってよくあるものなんですか?」


「否定はしないんだな」


「たぶん、そういうものなんだろうな~って思っていましたから」


 七人分(+一匹)を賄えるだけの食材を鞄から出してたら隠しようもない。それなら秘密にするほうが怪しくなるわ。


「どこで手に入れたものなんだ?」


「うちの物置小屋です。じいちゃんが使ってたみたいです。見つけたわたしが使っているんです」


 ウソは言ってない。鞄はじいちゃんのものだしね。


「じいちゃんは、何者なんだ?」


「お母ちゃんの話では大工だそうですよ。わたしが小さいときに死んじゃったのでうっすらとしか記憶にありませんけど」


 本当にうっすらとじいちゃんの姿を記憶している。ばあちゃんはわたしが産まれる前に死んだそうよ。


 ……寿命が短い時代なのね……。


「魔法の鞄を持っていると危険ですか?」


「そうだな。望む者は多いだろう。わたしたちも大金を出しても欲しいくらいだ」


 やはりか。マリー様も懸念してたものね。


「じゃあ、買ってもらえますか? わたしたちが持っていても守り切れませんし」


 そろそろ新しい鞄が欲しかったのよね。買ってくれるならありがたい限りだわ。


「いいのか!?」


 びっくりするサナリクスの皆さん。欲しいから言ったんじゃなかったの?


「構いませんよ。たくさん入るのはいいんですけど、誤魔化すのが大変なんですよね。それなら大容量の鞄を使ったほうが楽ですからね」


 リュックサックみたいなのがいいわ。細かいのはポーチとかに入れればいいんだからね。


「キャロルは魔法の鞄の貴重性を理解しているのか?」


「まあ、貴重なのはわかっていますよ。いろいろ助けられましたからね。でも、貴重なのなら持っているほうが危険です。それなら信頼出来る人に適正で買ってもらえるほうがいいですよ」


 魔法の鞄の適正値段とか知らないけど、リュードさんなら騙したりしないでしょう。わたしもそう法外な値段をつける気はないわ。大金をもらっても怖いだけだしね。


「あ、でも、中にたくさん入っているのでうちに来てもらえます? 中身を出したら譲るので」


 結構入れてあるからね。それを出してからにしてください。 


「……本当にいいのか……?」


「はい。リュードさんたちが使ってくれるならそちらに目が行くでしょうからね。わたしたちは気兼ねなく冒険が出来ます」


 魔法の鞄があるとウワサになるならまた魔法の鞄があると耳にしても今のように騒がれたりしないでしょう。他にも魔法の鞄を広めたほうがいいかもしれないわね。いくつかあるならウワサ話も拡散するでしょうよ。


「まあ、帰るまで決めてください。リュードさんたちが買わないのなら知り合いの商人に売るだけですから」


 こういうとき信頼出来る商人に知り合いがいるって強いわよね。ローダルさんも高く買ってくれるでしょうからね。


「そう、だな。おれたちもまさか売ってくれるとは思わなかったから皆と相談してから決めるよ」


「あ、わたしたちに冒険者としての心構えや技術を教えていただけるなら安くしますよ。今のわたしたちにはそっちのほうが価値がありますからね」


 冒険の学校があるわけじゃない。ベテランから教えてもらえるなら魔法の鞄より価値があることだわ。


 目で語り合うサナリクスパーティー。これは買う方向に傾いているわね。


 まあ、それはともかくシチューを作り、堅パンを出して皆に配った。


「今日もここに泊まります? 泊まるなら猪の肉で料理しますけど」


 いつの間にか猪を狩って来て、いつの間にか捌いて木に吊るしてあった。どんだけ匠なんだか。引退したら肉屋を開業出来るんじゃない?


「青実草はこの辺に咲いているのか?」


「高い山に行けば咲いていると思う」


「アルジム。わかるか?」


「それならわかる。ここからなら昼前には着けると思う」


 リュードさんたちの足なら、ってことでしょうね。


「ティナ。案内してあげて。わたしは残って猪を料理するから」


 わたしの足では付いて行くのは無理でしょう。明るいうちに帰って来れるなら残っていたほうがいいわ。


「ルイックとアルセクスは残れ。おれたちで行く」


 あら、二人も残すの? 足の速い人たちで行くってこと? ルイックさんなら足速そうだけど?


「了解。薪をたくさん集めておくよ」


「なら、わたしはお嬢ちゃんの手伝いをするか」


「ルル。留守番を頼む」


「にゃ~」


 何だかわたし抜きに決まっちゃってるけど、まあ、わたしに異論はないのだから構わないか。皆が帰って来る前にたくさん料理を作るとしましょうかね。


 朝食が終わり、少し休んだらティナ、リュードさん、ナルティアさん、アルジムさんで青実草を採りに出発した。

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