第18話 お風呂

「お母ちゃん、たくさん売れたよ!」


 市場で稼いだお金をお母ちゃんに渡した。あと、豚肉もね。


「どんだけ売れたんだい? そんな大したものなかっただろうに」


 矢での遊びがウケたことを説明したら、何とも言い難い顔をした。


「……そうかい。まあ、よかったね。稼いだ金はあんたらで使いな。そのうち必要になるだろうからね」


「いいの? うち、大丈夫?」


「大丈夫だよ。そこまで貧乏じゃないし、二人がよく働いてくれるからね。好きなものを買いな」


 お母ちゃんがそう言うのでティナと山分けとする。


「ボク、よくわからないからキャロルが持ってて」


 まあ、何か買うってこともないし、欲しいってものもないので、わたしが預かることにした。


「明日は泥煉瓦を焼くとしましょうか」


 まだ秋の収穫には早い。それまでにお風呂を作っちゃいますかね。


 次の日から泥煉瓦焼きを始め、焼き上がるまでは矢作りをし、ティナは狩りに出かけた。


 焼き上がった煉瓦を並べ、接着剤として泥と灰を混ぜたものを使い、丁寧に組んでいった。


 二人用のお風呂なので泥煉瓦を二百個以上必要とし、また川に粘土を集めに行かなくちゃならなくなってしまった。


 水が漏れないよう内側を塗りたくり、中で火を焚いて乾燥させる。


「随分と大きい竃だね。鹿でも煮込むつもりかい?」


 お母ちゃんが来てそんなことを言ってきた。


「お風呂だよ。お湯を沸かして入るの」


 説明したじゃない。お風呂に入る文化がないから奇妙な顔をされたけどね!


 約十日のがんばりにより、お風呂が完成した。


 サバイバル動画で数回観ただけなので、これでいいのかはわからないけど、下から火を焚けば沸くはず。ダメなときは石を焼いて水に入れたらいいわ。


 ボタン一つでお湯が出ない時代はこんなにも大変なのね。やる気と根気がなければ最初の一日で挫折していたでしょうね。


 井戸から水を汲み、湯船に溜めるだけで汗だくだく。夏にやったら死ねるわ。


 お風呂に入る前に水浴びをするとはこれ如何に。一休さんでも説破せっぱは出ないでしょうよ。


「あー気持ちいい」


 誰もいないし、恥ずかしがる体でもないのですっぽんぽんで涼み、体が冷めたら服を着た。


「服も作らなくちゃならないか」


 麻のシャツに麻のスカート。革の靴。貫頭衣のようなものよりマシだけど、質素なものには違いない。これで山に入ったりするのは心もとないわ。お金を貯めて冒険者のような装備にしないとね。


「──裸で何しているの?」


 おっと。ティナが帰って来ちゃったよ。


「あはは。汗かいたから水浴びしてたの。今から水を沸かすね」


 急いで服を着たらお風呂に薪を入れて火を起こした。


「ちゃんと沸くかな?」


 泥煉瓦を燃やして水を沸かす。動画では観たけど、実際、これでいいのかはわからない。煉瓦を組み立てるのも接着したのもうろ覚えだ。これで失敗したら笑い話だわ。


 まあ、わたしの人生は始まったばかり。失敗するのもまたよし。成功するだけが人生ではないわ。


「そう言えば、狩りはどうだったの?」


 毎日のように鳥を狩ってきたのに今日は手ぶらじゃない。いなかったの?


「ポロプが生ってたから狩りは止めて、こっちを採ってた」


「ポロプ?」


 ってなんぞや? って見せてもらったら黄色い果実だった。


「実は酸っぱいけど、蜂蜜に漬けると美味しい」


「蜂蜜はどうするの? 買うの?」


「巣を採って搾る」


 まさかの現地調達でした!


「さ、刺されるんじゃないの?」

 

 この世界の蜂がどんなものか知らないけど、刺されたら死んじゃうんじゃないの? アナなんとかで?


「大丈夫。採り方は知っているから。キャロルは壺と布を用意して」


「わ、わかった。あとで詳しく聞かせて」


 まずはお風呂だ。


 お湯が沸いたらすのこを入れる。直接は熱いかもしれないからね。


「ティナ。先に入っていいわよ。あ、でも、入る前に体を洗ってからね」


 ちゃんと洗うとき用のすのこも用意しておりまっせ。


 お互い、体を拭き合っているので恥ずかしいもない。ティナがスッポンポンになったら桶でお湯をかけてあげ、藁タワシに石鹸をつけて背中を洗ってあげた。前は自分でやってもらいます。


「はい。お湯に入っていいよ」


 さっき水浴びしたけど、火を焚いて煙たくなった。この日のために石鹸を作り、お風呂を作ったのだ、入らないって選択肢はないわ。


 服を脱ぎ、お湯をかけて石鹸をつけた藁タワシでゴシゴシと洗った。


 ……自分で洗うなんていつ以来だろう……?


 前世のわたしが死ぬ一年前からお風呂には入れず、ずっと看護師さんに拭いてもらう日々だった。こうして体を洗うだけで楽しいわ。


「背中、洗うよ」


 ティナが湯船から出てきてわたしの背中を洗ってくれた。


 背中の洗いっこ。漫画ではよく観たけど、こうして自分で体験すると体の奥がくすぐったいものよね。


「はい、終わり」


「ありがとー。じゃあ、次はわたしがティナの髪を洗ってあげる」


 石鹸での洗いになっちゃうけど、灰で髪を洗うよりはマシだ。やはり輝きが違うのよね。


 本格的に洗うと体が冷めちゃうので、さっと洗って湯に浸かった。


「お風呂、いいものだわ」


「うん。ボク、お風呂好きかも」


 夕暮れ時。二人で太陽が山に隠れるのを眺めながらお風呂を堪能した。

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